第2話【不死身の姫君】
殺したはずの女性警官から逃げたユーシアとリヴは、裏社会でひっそりと経営している喫茶店に飛び込む。
喫茶店のマスターがコーヒーのカップを磨きながら、ダイナミックな来店をしたきたユーシアとリヴを睨みつける。睨んだだけで特に何も言及することなく、再びコーヒーカップ磨きに戻った。
裏社会にある喫茶店なだけあって、ここも色々と事情を抱えているのだ。脱税とか暴力団組織の密会に使われていたりとか、その他色々と明るみに出ない方がいい話がたくさんある。
ユーシアとリヴは店の奥にある席に座ると、メニューで顔を隠しながらヒソヒソと声を潜めて会話する。
「ねえ、あれどうなってるの? 生き返るなんて聞いてないよ?」
「確かに殺したのですが、生き返るメカニズムが分かりません。ちゃんと喉を裂いた瞬間を見ましたよね?」
「見たよ、ちゃんと見た。記憶にも残ってるよ」
リヴが鮮やかに女性警官の喉元をナイフで引き裂いた瞬間は、ユーシアもきちんと目撃した。鮮血が噴き出して倒れるところまでしっかりと見届けたはずだ。
なのに、彼女は生きている。今もなお平然と生きて、歩いて、呼吸をしている。
殺したはずの人間が生き返る方法なんて、たった一つしかない。
おとぎ話から作られる魔法の薬【DOF】を服用したことにより、異能力を獲得した存在である【OD】となったか。
だとすれば、次の疑問だ。
「じゃあ、あの女性警官は一体何の【OD】なの? シンデレラ?」
「それはリリィでしょう。そもそもシンデレラの【OD】であれば、死んでから夜の〇時にならなければ生き返りませんよ」
シンデレラの【OD】も広義的に見れば生き返ることの出来る異能力の類だが、あれは死体を元の状態に時を戻すのだ。健康な頃まで戻ってしまうので、死んだ時の記憶すらリセットされてしまう。
あの女性警官の記憶は、リセットされなかった。つまりシンデレラの【OD】ではない。
考えられる可能性とすれば、FTファミリーで唯一の生き残りである【OD】だ。
「かぐや姫かな……」
「その線が非常に高いかと」
ユーシアとリヴは揃って「うへぇ」と顔を顰める。
「ここで出会うのはまずいよ、リヴ君。弾丸だって消耗しちゃうし」
「僕も簡単に殺せない相手を殺す技術はありませんよ。どうせ爆破してもケロッと生き返るでしょうし」
「最悪だね、俺たちと相性が悪い」
「最悪ですね」
その時、カランカランというドアベルの音を聞いて、ユーシアとリヴの心臓が跳ねる。
そっと振り返ってみれば、喫茶店へやってきたのはあの女性警官だ。
胸元が自分の血でベットリと汚れてしまっているが、何故か傷口はないし平然と動いている。こんなところで再会するなど、最悪以外の言葉が見つからない。
リヴへ視線をやれば、彼は真っ黒な雨合羽のフードを目深に被り直していた。殺して隙を作ってから逃げる気満々である。
「リヴ君」
「何でしょう」
「拳銃持ってない?」
「持っていますよ」
彼にはユーシアのやることが分かっているし、ユーシアもまた彼のやりたいことを理解している。
もう付き合いもだいぶ長くなった。こうして何も言わずに理解してくれる相棒の存在に、ユーシアは胸中で感謝する。
自動拳銃の弾倉を確認して、ユーシアは安全装置を解除した。
「あ、そこにいましたね!! 逮捕しま――」
「永遠に黙って」
店内にユーシアとリヴの姿を発見した女性警官がツカツカと歩み寄ってくるが、すかさずユーシアが彼女めがけて自動拳銃をぶっ放す。
ガァン!! と銃声が響き渡る。
ユーシアにしか見えない幻想の少女は女性警官を守るように彼女の頭を抱え込んでいるが、弾丸は少女を貫通して女性警官の眉間に突き刺さる。的確に、容赦なく、寸分の狂いすらなく。
女性警官は膝から崩れ落ちると、そのまま喫茶店の床で規則正しい寝息を立て始めた。喫茶店のマスターが、床で寝転がる女性警官を物凄い形相で睨みつける。
「お客さん、困るんですけど」
「そいつ捨てておいて。焼却炉に」
「必ず焼却炉ですよ。そうでなければ生き返りますからね」
安らかに眠っている今がチャンスとばかりに、ユーシアとリヴは急いで席を立つ。
眠る女性警官の横を通り過ぎて、喫茶店から出ようとした矢先のことだ。
背後で、誰かが起き上がる気配を感じ取った。「ふあぁ」などと健康的な欠伸をして、永遠に眠らせたはずの女性警官が夢の世界から帰ってきたのだ。
ユーシアが得た異能力は眠り姫――撃った相手を強制的に眠らせ、夢の世界へと誘うものだ。眠りの深さは自在に操れ、仮眠程度に眠らせることから永遠に目覚めない眠りまでユーシアの好きに出来る。
自動拳銃をぶっ放した時、ユーシアは確かに永遠に眠るように力を込めたはずだった。それなのに起き上がるのはおかしい。
女性警官は今にも逃げる寸前の悪党二名を寝ぼけ眼で見やると、
「――――あ!! 待ちなさい!!」
「もう一回ぐらい寝てて!!」
「おやすみグッナイ永遠に。もう二度とその面を見ないことを祈りますよ」
ユーシアは振り向きざまに女性警官の眉間へ再び銃弾を叩き込み、リヴと共にさっさと喫茶店から立ち去った。
もうこれで出会わないことを祈るばかりだ。
☆
急ぎ足で帰路を辿りながら、ユーシアとリヴは今後のことを話し合う。
話題はもちろん、あの不死身の女性警官だ。
どれだけ殺しても、どれだけ眠らせても、あの女は起き上がってピンピンした様子で追跡してくる。どうにかして殺さなければ、地獄の底まで追いかけてきそうだ。
あんな賑やかな女に、地獄の底まで追いかけられるのは嫌である。
「でもさぁ、どうにも出来ないよ。俺の異能力でもダメだったじゃん」
「木っ端微塵にしてもすぐに生き返りそうですよね」
「やだよ、肉片が、こう、ゾゾゾゾゾと集まってモコモコって人間の形に戻ってくの。ああいう演出嫌いなんだよね、素直に気持ち悪い」
「おや、シア先輩は集合恐怖症ですか? 意外と気持ち悪いですよね。僕は平気ですが」
「リヴ君は怖いものなさそうじゃん」
「僕は饅頭が怖いです」
「じゃあ今度リリィちゃんに饅頭を作ってもらおうかな」
「シア先輩は本気で僕のことを殺すおつもりで……?」
リヴがジロリと睨みつけてくるが、ユーシアは知らんぷりを決め込んだ。
劇薬生成達人のスノウリリィによる愛情たっぷりの手料理を何度か事故で食べても奇跡的に生きているのだから、どうせ今回も無事だろう。
まあ「ピンク色の象が空を飛んだ」と宣った時は、さすがに精神科か脳神経外科の予約をするところだった。保険証も持ち合わせていないので闇医者に頼ることになるし、リヴの頭部がロボットになって帰ってきそうだ。
そこで、ユーシアに妙案が浮かぶ。
「リヴ君。俺さ、最悪なことを思いついたんだけど」
「奇遇ですね、僕もですよ」
どうやらリヴも同じことを考えていたらしい。
「リリィちゃんの料理を食べさせればいいんじゃないかな?」
「パイ投げですね、分かります」
「食べ物を無駄にするのはどうかと思うけど、捕まるぐらいならマシだよね」
「ですね。僕もまだ生きていたいですし」
それから二人して互いに顔を見合わせると、
「問題はどうやってリリィちゃんに料理をさせるかって話なんだけど……」
「普段から『台所接近禁止令』を出していたのがまずかったですね」
「どうするかな。普通に料理を頼んでも警戒されるだけだもんね」
普段はあまりにも料理が下手でもはや別の生命体を生み出してしまうことから、スノウリリィには台所に接近しないように言い渡しているのだ。
唐突に「料理をしてほしい」と頼み込んでも、勘のいい彼女はきっと自分の料理が悪しきことに使われると気づくだろう。そうなると素直に作ってくれなさそうだ。
ならば、こうしよう。
「リヴ君」
「何ですか」
「俺、明日の朝ご飯作んなくていい?」
「仕方がありませんね」
夕食の支度は高確率で怪しまれるが、朝食であればユーシアが寝坊した時によく事件が起きるので確率は高い。
よし、この作戦で行こう。
何やら決意した表情で頷くユーシアとリヴは、あの女性警官が出てこないうちにさっさと家へ帰った。
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