第8話【たまにはしょっぱいものを】

 燃え盛る階下の様子を眺めれば、黒焦げになった死体が三つほど転がっていた。


 どれもこれも動く気配はない。

 おそらくあの三匹の子豚の【OD】どもだろうが、FTファミリーの誰かが回収して生き返らせるという手段も考えられる。【DOF】という魔法のお薬が世の中に出回っているので、死者蘇生薬もありそうだ。


 ユーシアは純白にカラーリングされた対物狙撃銃をライフルケースから持ち上げると、薬室に弾丸を送り込む。照準器を覗き込み、炎の中に置き去りとなった黒焦げの死体を狙う。



「……よう、エリーゼ。久しぶり」



 死体となった相手でも義兄に撃ってほしくないのか、ユーシアにしか見えない幻想の少女は両手を目一杯に広げて射線上に入り込んでくる。


 それでも、ユーシアは撃った。躊躇いも戸惑いもなく、お前は偽者だと言わんばかりの潔さで。

 射出された弾丸は幻想の少女を貫通し、見事に黒焦げの死体の腹部に突き刺さった。焦げた死体がボロリと崩れ、修復が不可能な状態となる。


 二人目、少し小さめの三人目を同じ手法で仕留めて、ユーシアは排莢しながら一息吐く。



「多分あれで死んだでしょ」


「そうですね」



 ユーシアがトドメを刺していく姿を間近で眺めていたリヴは、



「じゃあ帰りましょうか。どこかのハンバーガー屋に寄ってください、甘いものばかりを見ていたらしょっぱいものが食べたくなりました」


「いいねぇ。俺も久々にしょっぱくて脂っこいものが食べたいよ」


「ネアちゃんとリリィにも食べたいものを聞きましょう」


「ネアちゃんはどうせラッキーセットだと思うし、玩具の番号だけ聞こうか。リリィちゃんは何がいいかな? ソイミートのハンバーガーにしてみる?」


「あれでいて健康志向ですもんね。作り出す料理は劇薬のくせに」



 本日の夕食はハンバーガーに決め、ユーシアは携帯電話を取り出す。


 慣れた手つきで相手に電話をかければ、明るく弾んだ声で電話に応じた。

 どうやら電話相手も今日の夕食メニューに大賛成の様子で、とても嬉しそうにメニューのリクエストを告げる。その内容は、ユーシアとリヴの予想通りとも言えた。



 ☆



「ぱんけーき♪ ぱんけーき♪」



 ハンバーガー屋に売っている子供用メニューのパンケーキを頬張りながら、ネアは満面の笑みを浮かべる。

 ペラッペラなパンケーキの上には安っぽい生クリームと蜂蜜がふんだんにかけられ、見た目も本場のパンケーキと比べると見劣りする。それでも精神年齢が退行した少女にとって、この安っぽい子供用パンケーキこそパンケーキなのである。


 チーズバーガーにかぶりつきながら、ユーシアは「美味しい?」と何気ない質問を投げかける。



「おいしいよ!!」


「コブタさんのお菓子は?」


「まずい!!」



 即答だった。考える隙もなかった。


 プラスチックのフォークでペラペラなパンケーキを突き刺し、ネアはニコニコの笑顔で口に運ぶ。生クリームと蜂蜜による歯が溶けそうな勢いの甘さに「んー♪」と唸る。

 子供用メニューなのでユーシアは食べられないが、残念ながら食べようとも思わない。そこまで甘いものは得意でなく、あれほどの生クリームと蜂蜜をかけられれば胸焼けがしそうだった。


 その隣ではソイミートのハンバーガーをリスのように頬張るスノウリリィが、



「たまにはこういう食事も悪くありませんね」


「リリィもついに堕ちましたか。さあ、ハンバーガーは素敵な食べ物と讃えるのです」


「あなたが開発した訳ではないでしょう、リヴさん」



 それと、とスノウリリィは言葉を続ける。



「あまりにも巨大すぎませんかね、そのハンバーガー!!」


「メガバーガーなんですから当たり前でしょう。テイクアウトが出来るとは感激でした」


「リヴさんって痩せているのに、どこにそんな巨大ハンバーガーをしまう余裕があるんですか!?」


「胃袋ですかね。この程度であれば問題ありません、絶賛動き回ったのでお腹がペコペコなんですよ」



 見上げるほど背の高いハンバーガーを上のバンズから順繰りに解体していくリヴは、余裕の表情でそんなことを言う。これまで三度も巨大ハンバーガーを完食しているので、今回も食べ切ることが出来るだろう。


 もういっそのこと、大食い選手権にでも出てみたらどうだろうか。

 途中で参加者か司会者か観戦客を殺しそうだが、これだけ巨大なハンバーガーを食べ切ることが出来るのであればいいところまで行きそうだが。


 萎びたポテトを箸休めとして口に運ぶユーシアは、巨大ハンバーガーを順調に解体していくリヴに言う。



「リヴ君さ、大食い選手権とか出てみたら?」


「シア先輩と出会う前、一度だけ出たことありますよ」


「出たことあるんだ」


「いやぁ、あの時もちょうどお腹が減っていたもので。あの時は巨大なピザでしたが、余裕で完食しました」



 ちょっと自慢げに言うリヴは、



「諜報官時代もわんこ蕎麦選手権で優勝してますからね」


「何それ?」


「ひたすら蕎麦を食べ続ける選手権ですね。年末の余興みたいなものでしたが、五回連続で優勝を掻っ攫ったら殿堂入りしました。残念です」


「うわ、凄いなぁ」



 何枚目か分からないパティを消化するリヴは、雨合羽レインコートのフードの下にある黒曜石の瞳に興味を滲ませて逆に問いかけてきた。



「シア先輩はそこまで食べませんよね」


「食べないね」


「だからそんなに細いんですか?」


「まあ多分それもあるだろうけど、俺の年齢を考えて言おうね。もうすぐ三十路なんだよね」



 そもそも軍人時代ではブロック型のバランス栄養食品しか食べずにいて、義母と義妹からしこたま怒られた。

 特に幼い義妹はぷりぷりと怒りながら「食べなきゃ死んじゃうんだよ!!」と訴えてくるものだから、ちゃんと食べるようにしたのだ。まあ、今では別の人物が三食きちんと食べさせてきそうだが。


 もうそろそろ三十路な為か、胃袋が脂っこいものを受け付けなくなっているのだ。何故だろう、若い時はまだ食べられたはずなのに。



「大丈夫ですよ、シア先輩。食べれば元気になりますから」


「話聞いてた?」


「そうですよ。ユーシアさんは細くて今にも死んじゃいそうなので、もっと食べたらいいと思います!!」


「リリィちゃんまで何言ってんの?」


「おにーちゃん、ねあのぱんけーきたべる?」


「ネアちゃん、それはお前さんのものだ。ちゃんと食べて大きくなってね」


「ほらシア先輩、こちらどうぞ。あげますので」


「たまに見せるリヴ君の優しさなのに何故だろう、全然嬉しくないんだけど。まあ貰っておくよ、ありがとうね」



 リヴから押し付けられたパティとトマトとレタスとその他の具材を食べかけのチーズバーガーに加え、ユーシアは豪華になった安いチーズバーガーにかぶりつくのだった。



 FTファミリーも残すところあと一人。

 さあ、高みの見物を決める女王陛下の首まであと少しだ。

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