第7話【子豚の最期は丸焼きに】

 エレベーターに飛び乗ったユーシアとリヴは、とりあえず最上階を目指すことにした。


 逃げ場があるのは地上の方だと思うが、地上に逃げれば警察やらお菓子に狂った社員やらが待ち構えていると思うので、最上階に逃げる方が得策だと判断したのだ。

 もしあの何でも食べる太っちょの子供――ヘンリーに腕でも齧られたら大変だ。無事では済まない。闇医者に駆け込めば、間違いなく腕が二本ぐらい増やされる案件である。


 エレベーターの壁に背中を預けて、ぜえはあと肩で息をするユーシアは、操作板と移動するランプを睨みつけたまま微動だにしないリヴに問いかける。



「ど、どうする? このままだと確実にやばいよねぇ」


「何でも食べるというのであれば、僕のナイフも食べられれば無事では済みませんしね」


「俺の弾丸も食べちゃうのかな。やだな、そんなの」


「殺す方法……殺す方法ですか……」



 あの太っちょ三兄弟を殺す方法を考えるリヴは、真っ黒な雨合羽レインコートのフードに隠された瞳を輝かせる。



「そうだ。いっそ燃やしませんか?」


「燃やす? リヴ君にしては単調だね」


「丸焼きですよ、丸焼き」



 清々しいほどの笑みを浮かべて、リヴは言う。



「豚は丸焼きにした方が美味しそうじゃありません? 一度やってみたかったんですよね、豚の丸焼き」



 まあ、確かに彼の言う通りである。


 物体なら何でも食べられてしまいそうであり、食べられない方法ならもう自然現象に頼るしかなくなってくる。

 彼らを殺す方法は火炙りが一番適していると言えるだろう。三匹の子豚の物語では最後に狼が茹でられてしまったが、この物語では三匹の子豚は仲良く揃って丸焼きにするのが得策だ。


 さて、それでは準備を始めよう。



「シア先輩。以前ユーリさんから貰った魔法のお薬はありますか?」


「あるよ。前に追加で買ったからね」


「それをいただけませんか?」


「いいけど、燃やすんだよね? どうするつもりなの?」



 砂色の外套のポケットから透明な液体の入った小瓶を取り出しながら、ユーシアは悪いことを企む相棒に問いかける。


 透明な液体の入った小瓶を受け取り、リヴは雨合羽のフードの下で綺麗に微笑む。

 近年稀に見る、本当に清々しいほどの笑みだった。何故かとても嫌な予感がした。



「ちょっとそこまで、です」



 どこかで聞き覚えのある台詞を言って、リヴは後ろ手に操作板のボタンを押す。

 彼の指が押し込んだのは、最上階の一つ下の階だった。


 エレベーターは命令通りに止まり、ゆっくりと扉が開く。

 扉が開かれた先に待ち受けていたのは、伽藍とした様子の事務所だった。おそらく社員たちが新作商品の会議をする為の部屋なのだろうが、明かりも落とされている影響で物寂しい気配が漂う。


 悠々とした足取りでフロアに降り立ったリヴは、



「ではシア先輩、屋上で待っていてくださいね。くれぐれも安全な場所に」



 エレベーターの扉が閉まる。


 取り残されたユーシアは純白の対物狙撃銃を抱え直すと、苦笑しながら呟いた。



「安全な場所ってどこよ……」



 ☆



 とりあえず屋上へやってきたユーシアは、テントハウスの上で待機することにした。


 鉄柵で周辺を囲っただけの無骨な屋上で、隅の方に横倒しとなった灰皿が置かれている程度だ。喫煙者の憩いの場所だっただろうが、お菓子に狂ってしまった今では必要のない代物だろう。

 強風が吹き荒れて、ユーシアのくすんだ金髪を容赦なくボサボサにする。テントハウスの上で腹這いになり、純白の対物狙撃銃を三脚で支えて、目的の人物が訪れる瞬間を待つ。


 すると、バタバタと足音が近づいてきていた。一歩踏み出しただけで地震が起こせそうなほど重量のある足音である。



「ここかあ!!」



 長男だか次男だか分からない太っちょの男が、勢いよく屋上の扉を開いてやってくる。


 樽のように突き出た腹を揺らし、太っちょの男は血走った目で屋上を見渡す。あとからやってきた太っちょの男と太っちょの弟も、目的の人物を探しているようだった。

 長男と次男の名前など、とうの昔に忘れた。三男だけが何故か妙に覚えている。豚というより馬鹿な犬っぽくて忘れることが出来なかった。


 ユーシアは純白の対物狙撃銃に取り付けた照準器を覗き込み、まずは奴らの足元を狙って一発。



「はいよっと」



 太っちょの男を守るように立ち塞がる幻想の少女を無視して、ユーシアの撃った弾丸は屋上の床を穿つ。


 対物狙撃銃で撃っているので、人間相手以外には絶大な破壊力を発揮する。盛大に抉れた足元に驚いて、太っちょ三兄弟は仲良く揃ってひっくり返った。

 あの体型でひっくり返ると、まともに起き上がることが出来るのだろうか。起き上がれなかったらいい的になるだけだが。



「なッ、おま、お前ッ。そんなところで卑怯だぞ!!」


「卑怯もクソもないよ。狙撃手ってのは絶好の狙撃ポイントを取った方が勝ちなの」



 ひっくり返った拍子に目が合ってしまい、太っちょな兄の方が顔を真っ赤にしながら訴えてくる。


 卑怯などという言葉は、ユーシアたちにとって褒め言葉である。

 今までどれほどの卑怯な手段で人間を殺してきたと思っているのだろうか。恨みつらみだけなら、この地上で生きる人間の誰よりも買っていると思う。


 屋上に転がったまま起き上がることの出来ない無様な豚どもに照準し、ユーシアは引き金に指をかけながら話しかける。



「あのさ、街中に流通してるお菓子はお前さんたちの【OD】としての異能力なの?」


「そ、そうだ」


「どうせだから見せたらどう? ほら、待っててあげるから」



 ユーシアは気になっていたのだ。


 あのクソ不味いお菓子は、果たしてどうやって作られるのかと。

 今回、この太っちょ三兄弟が殺される理由など、クソ不味いお菓子を世の中に解き放った罪と不味い菓子を食わされた八つ当たりである。どうせならどうやってお菓子が作られるのか知っておきたい。


 まあ、そこは工場なり何なりで作っているのだろうと軽く予想していたが、現実は違っていた。



「うむ、いいだろう。先程ヘンリーが手榴弾を食ったしな」



 太っちょ三兄弟はようやく起き上がると、長男だか次男だか分からない男が最も幼い弟に命じる。



「ヘンリー、吐け」


「うん。分かったよ、兄ちゃん」



 ヘンリーは自分の口の中に指を突っ込むと、



「――あが、えッ、おえッ」



 吐いた。


 彼の口から転がり落ちたのは吐瀉物ではなく、色とりどりの飴玉だった。

 コンコン、コロコロと飴玉が屋上の床に数粒ほど転がり、ヘンリーはぜえはあと呼吸を整える。それからドヤ顔で吐き出した飴玉を摘むと、テントハウスに腹這いの状態でいるユーシアに向かって掲げた。


 まさか、今まで食っていたのは彼らの吐瀉物で、狂ったように子供たちが食べていたあのお菓子も――?



「このお菓子は【DOF】の劣化版。まあ、成分はただの麻薬と何ら変わらないのである」



 太っちょの男は自慢げに鼻を鳴らすと、



「誰もがこのお菓子に夢中なのである。凄い発明である」



 その答えを聞いたユーシアが取った行動は、至ってシンプルなものだった。

 彼は懐から携帯電話を取り出すと、慣れた手つきで液晶画面を順繰りにタップしていく。『通話』というボタンを押してから、即座に応答した人物に向かって懇願していた。



『もしもし、どうしました?』


「リヴ君お願い、今すぐこのデブ三兄弟を爆破してぇ!!」


『状況が読めません。理由をお聞かせ願えませんか?』


「俺たちが食べてたあのお菓子!! クソ不味かったあのお菓子!!」


『はあ』



 いまいちピンと来ていない様子のリヴに、ユーシアは泣きながら訴える。



「あのお菓子、デブのゲロだったぁ!!」


『おえッ』



 電話越しにリヴも吐き気を催していた。



『つまり、あれですか。何かを食べて吐いたら、それがお菓子になって出てきたと……』


「さすがリヴ君!! 理解が早くて嬉しいよ!!」


『ご希望通りまであと三〇秒ほどお待ちください。もうすぐそちらに行きますね』



 電話を切ってからきっかり三〇秒後、屋上の扉が控えめに開かれると真っ黒なてるてる坊主がふらりと現れる。


 太っちょな兄弟たちは彼の姿を認識するなり、太めの指を突きつけて「あーッ!!」と叫ぶ。

 それを見たリヴは「あ?」と破落戸ゴロツキを想起させる対応をして相手を怯えさせ、それからいそいそとテントハウスの上までやってきた。



「お待たせしました。いい場所を選びましたね」


「待ってたよ、リヴ君。あいつらを殺すにはどうするつもり?」


「こちらをご覧ください」



 リヴが雨合羽の袖から取り出したものは、何かのスイッチのようなものだった。筒状の台座に赤いボタンが飛び出ていて、馬鹿なら押したくなるようなボタンの作りだった。


 首を傾げるユーシアに、リヴはフードの下で満面の笑みを見せる。

 とても清々しい笑みを保ったまま、邪悪なてるてる坊主はボタンを押した。迷いなく押し込んだ。


 その時、ボカン!! と屋上の床が破壊される。あの太っちょ三兄弟を乗せた屋上は、ものの見事に砕け散った。



「びきぃ!!」


「ぷぎぃ!!」


「ぷぎゃあ!!」



 三兄弟はそれぞれ豚のような悲鳴を上げて、屋上に開いた穴へ転がり落ちる。


 その先で待ち構えていたのは、ごうごうと燃え盛る炎だ。

 太っちょ三兄弟は瞬く間に業火の中へ放り出され、ぎゃあぎゃあと喚きながら逃げ回る。



「熱い、熱い!!」


「あ、非常階段もしっかり閉まってやがる!!」


「熱いよぉ兄ちゃん!!」


「助けて!!」


「助けてください!!」


「助けてぇ!!」



 三兄弟は炎の中で叫び、あろうことか敵であるはずのユーシアとリヴに助けを求めてきた。


 しかし、残念である。

 彼らはゲームルバークで最も凶悪な犯罪者だ。そんな彼らに助けを求めても、助けてもらえるとは思わないでほしい。



「ゲロを食わせておいて助けてくださいなんてよく言えるよね」


「本当ですよ。はい、トドメっと」



 ポンとリヴが放り入れたのは、蓋の開いたスキットルである。スキットルの口からは透明な液体が零れ、それを受けた炎はさらに勢いを増す。


 太っちょ三兄弟の悲鳴がより一層甲高くなるが、やがて静かになっていった。逃げ場もなかったので死んだだろうか。

 まあ、あとで死体を確認した上でもう一度ぐらい殺しておくのもいいだろう。


 ユーシアは純白の対物狙撃銃をライフルケースにしまいながら、



「リヴ君」


「何でしょう?」


「未成年はお酒を飲んだらダメだよ」


「飲みませんよ。工業用のアルコールです」



 リヴはしれっとそんなことを言い、



「いつか裏社会に蔓延るアル中に振る舞ってやろうと思って持ち歩いていたんですが、ここで役に立つとは思いませんでしたね」


「相変わらずだなぁ」



 通常運転な相棒に、ユーシアは苦笑するのだった。

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