第6話【お菓子狂いな子豚たち】

 ゆっくりと開いたエレベーターの扉の向こうには、お菓子を貪る太っちょの子供が立っていた。



「…………」


「…………豚みたいですね」


「リヴ君、思っても口に出しちゃいけない言葉ってあると思うんだ」



 反射的に素直な感想をポロリと漏らしてしまったリヴの口を手で塞ぎ、ユーシアはむしゃむしゃとチップス菓子を貪る太った子供を見下ろす。


 ネアのものとは比べ物にならないぐらい脂でギトギトになった金髪とまん丸な顔立ち、太々しそうな態度でユーシアを見上げる瞳の色は空を流し込んだかのような色合いをしている。

 シャツにベスト、半ズボンという裕福な家庭の子供と想像できる格好をしていて、薄汚れた靴下と履き潰した革靴を合わせている。全体的に薄汚い。


 口の周りを食べカスでいっぱいにした子供は、



「おじさんたち、誰」


「誰がおじさんですか」


「ぎゃッ」



 ユーシアによる口の拘束を振り解き、リヴの膝蹴りが子供の顔面に容赦なく炸裂する。


 彼の守備範囲は身内と可愛いロリだけで、野郎は対象外なのだ。

 何故かユーシアだけは「ショタになっても守備範囲です」と豪語していたが、あれは聞かなかったことにしている。聞いてないったら聞いていないのだ。


 膝蹴りをモロに顔面で受け止めた太っちょの子供は、呆気なく吹き飛ばされて背中から床に転がった。蹴飛ばされた顔面を押さえて、まるで豚のような鳴き声を上げながら床を這いずり回る。



「ぶひ、ぶひぃ……痛いよぉ、痛いよぉ」


「ブヒブヒ鳴いていいザマですね。手っ取り早く殺しますので、ほら、こっちを向いてください。あ、やっぱり向かないでください」


「どっちなのよ、リヴ君」



 一瞬で矛盾した発言をするリヴに、ユーシアは軽いツッコミを送った。


 ユーシアとリヴが降りた六階は、どうやら社員たちが事務作業をするフロアらしい。ノートパソコンやデスクトップパソコンが事務机に置かれ、さらに書類の山が築かれている。

 書類にはお菓子の新商品の情報が記載されているが、どれも不味いことをユーシアとリヴは知っている。どれほど大安売りされていても絶対に買うまい。


 黒い雨合羽レインコートの袖から大振りのナイフを滑り落としたリヴは、床を這いずって逃げようとする太っちょの子供の首根っこをむんずと掴んだ。



「まずはその贅肉を削ぎ落としましょう。そうすれば少しはマシになるのでは?」


「ぶ、ぶひ、ぶひぃぃぃ」



 つぶらな空色の双眸に涙を浮かべる太っちょの子供は、



「ぶひいいいいあああああああい!! に、兄ちゃん助けてえええええええ!!!!」



 天井を振り仰いだと思ったら、唐突に汚い悲鳴を轟かせた。


 すると、そんな子供の悲鳴に反応してドドドドドドという足音が聞こえてくる。

 純白の対物狙撃銃を構えるより先に、横合いからすっ飛んできた肉の塊に体当たりされてユーシアとリヴは簡単に吹き飛ばされてしまった。まるでトラックに衝突されたような感覚だった。


 リヴの手から解放された子供は、駆けつけたらしい兄に泣きつく。



「ぶひ、ぶひいいいいい、怖かったよぉ兄ちゃん!!」


「よしよし、安心しろ我が弟よ。我らが来たからにはもう安心だ」



 弟とは違って豚らしさは一切ない喋り口調。


 体当たりの衝撃からようやく回復したユーシアとリヴは上体を起こし、とりあえず何が起きたのか状況だけ確認する。

 いや、もう確認しなくても色々と分かっていた。分かっていたが、ちょっと現実を受け入れたくなかった。


 太っちょの弟によく似た太っちょの男が二人、ブヒブヒ鳴いて――失礼、泣いている弟を抱きしめて慰めている。

 双方、顔立ちが非常に似ていた。一卵性双生児なのだろうか、顔立ちも体型も脂ぎった金髪も何もかもが似通っていた。もはや瓜二つである。



「…………シア先輩、ハムが増えましたね」


「あれってハムなのかな。ケバブの肉に出来るんじゃないの?」


「あの肉でケバブは不味くないですか? 肉も硬そうだし、骨も筋も多そうですよ」


「言われてみれば確かにそうだね」



 不穏な会話を聞いた太っちょ三兄弟が、顔を真っ赤にして怒鳴る。



「よくも可愛い弟を虐めたな!! 許さんぞ!!」


「可愛い弟を怖がらせた罪は、そのもやしみたいにヒョロヒョロな身体であがなってもらうぞ!!」


「へへーん、兄ちゃんたちは強いんだぞ!!」


「末弟は全く頼りになりませんね」



 軽やかに立ち上がったリヴは、ナイフを雨合羽の内側にしまい込む。相手があまりにも太っているので、さすがにナイフの刃が内臓にまで届かないことを危惧したのだろう。


 ユーシアもまた対物狙撃銃を構え直し、太っちょ三兄弟に照準を合わせる。対物狙撃銃であれば首など簡単に吹き飛ばせるが、ユーシアは他人を殺すことが出来ない【OD】なので、どこを狙ったって同じである。

 太っちょ三兄弟を照準すれば、ユーシアにしか見えない幻想の少女が小さな両腕を広げて三兄弟を守ろうとする。まるで、これ以上の罪を犯してほしくないような雰囲気さえあった。



「で、誰がどれなの? 手っ取り早く全員同じように死んでもらえる?」


「む。これはすまんかった」


「急な来客だったものでな、名刺を忘れてしまった」


「スリーピッグの名前を知らないとか、おじさん遅れてるね」


「そこの末弟だけは今すぐ殺してもいいかな?」



 子供だからって言っていいことと悪いことの区別ぐらいつくはずだ。先程から「おじさん」と分かりきったことを何度も言いやがって。泣いて謝っても許さないどころか殺してやる所存だ。


 ユーシアとリヴの殺意を受け取った太っちょな末弟は、上擦った悲鳴を漏らすと兄たちの背中へ隠れた。

 兄たちは弟を助けるかと思いきや、弟を無視して挨拶をしてくる。先程までの美しい兄弟愛はどこに行ったのだろうか。



「長男のジギーだ」


「次男のマギーだ」



 よろしく頼む、と巨体の上にチョコンと乗っかった頭を同時に下げる兄たち――ジギーとマギー。どっちがどっちかもう分からない。



「そしてあの喧しいのが末弟のヘンリーだ」


「弟だけちょっと名前の雰囲気が違うのは何でなの?」


「よくあると思いますよ」



 最後に残った太っちょの子供――ヘンリーはブスッとした表情で立っていた。兄に無視されたのが苛立ったらしい。


 まあ、名前が明かされただけで行く先は変わらない。

 年齢に性別も関係なしに、彼らを八つ裂きにしてこの世から退場させるのだ。不味いお菓子を生み出した上に、それをゲームルバークに流通させた罪を身体で贖わせてやる。


 自己紹介も済んだところで、さあ三匹の汚い豚どもを殺そう。



「盛大にお肉料理がいいかな。脂肪を削ぎ落としてケバブ」


「ケバブにこだわりますね。食べたいんですか? 帰りに買いますか?」


「あったっけ、ケバブ屋って」


「あったと思いますよ。まともな肉を削いで売っているのかどうか微妙ですが」


「裏社会系統だとまともな肉を扱っていない可能性もあるしねぇ」



 ユーシアは純白の対物狙撃銃を構え、リヴは雨合羽の袖から手榴弾を滑り落とす。黒いパイナップルをポンポンとお手玉のように弄ぶ邪悪なてるてる坊主は、まずは牽制とばかりに手榴弾を投げつける。


 放物線を描く手榴弾。

 今まさに床へ叩きつけられて盛大に爆発しようとしたその瞬間、相手が太っちょの割に素早く動きやがった。



「いただきまぁす」



 それは、食事の開始を告げる挨拶。


 末弟のヘンリーがデブのくせに弾丸の如き速度で落ちる黒いパイナップルに駆け寄り、それを口で受け止める。

 それから彼は、ムシャァと手榴弾を食らったのだ。胃の中でボンと手榴弾が弾けても、ヘンリーは平気で口の中に残る手榴弾を咀嚼して飲み込む。


 ユーシアとリヴは、手榴弾を美味そうに食べたヘンリーを見つめて思考停止する。



「え、食べた?」


「手榴弾ですよ? 食べ物じゃないですよね?」


「僕は何でも食べるよ」



 ヘンリーはその見た目の年齢に似合わず狂気的に笑うと、



「だからぁ、おじさんたちも食べたら美味しいかな?」



 あ、これはやべえ。


 二人揃って命の危機を察知すると、くるりと身を翻してエレベーターへ駆け込んだ。

 追いかけてくる太っちょ三兄弟から逃げるようにエレベーターのボタンを連打して、とりあえずフロアの移動を試みる。


 仕切り直しだ。

 やはり【OD】なだけあって、頭のおかしな連中である。

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