第4話【甘いものに狂わない大人】
「シア先輩、肝心の【OD】なんですが」
「アテはないなぁ」
賑やかな表社会とは打って変わり、ゲームルバークの裏社会は驚くほど静かだ。
それもそのはず、今はまだ陽のある時間帯である。夕方とはいえ、裏社会で生きる悪党たちにとっては、まだ活動時間ではない。
殺人鬼が通行人を品定めするように見下ろし、詐欺師は観光客を相手に話の花を咲かせて裏社会へと引き摺り込み、
まあ、ユーシアとリヴには朝も夜も関係ないのだが。
彼らは殺したい時に殺して、必要な時に奪うことを良しとする悪党だ。最悪も最悪、出会ったら命乞いなんて無駄である。殺人が彼らの気分でなければ見逃されるが、いつ地雷を踏むか分かったものではない。
さて、肝心の【OD】の話だ。
「そもそも【OD】は絶対的に数が少ないですからね」
「そうだねぇ。基本的に頭の螺子がぶっ飛んじゃってるから死ぬのが早いし、俺たちも数え切れないぐらいに殺してるからね」
のほほんと会話を交わしながら、静かなゲームルバークの裏側の世界を歩くユーシアとリヴ。
彼らが求めている【OD】は、圧倒的に数が少ない。通常の麻薬でラリった薬物中毒者とは違い、魔法のお薬による弊害を乗り越えて異能力を獲得しなければならず、そのハードルが非常に高い。
異能力に憧れた馬鹿な若者が魔法のお薬【DOF】に手を出して、薬が見せる幻覚に耐えられず自殺を選ぶ事件が多発した時期がある。残念ながら異能力を獲得するには【DOF】を過剰摂取しなければならず、幻覚症状に耐え抜いた者だけが異能力を手にすることが出来るのだ。
この【OD】だが、幻覚症状をあらゆる手段で乗り越えちゃったものだから、当然ながら頭の螺子が何個か抜けている。そんなもので、ぽっくりと死んじゃったりするのだ。
ちなみにユーシアとリヴも何人か【OD】を殺しているので、ただでさえ少ない【OD】の口減らしに一役買っているのである。嬉しくない事実だった。
「どうします? 一般人を捕まえて【OD】に仕立てますか?」
「時間がかかるよ。俺だって【OD】になるまで一年近くかかったよ」
「おや、シア先輩はその程度なんですね」
「あれ、リヴ君は?」
「僕は二年と半年です。それも錠剤だけではなく点滴なども使いました。なので幻覚の症状も桁違いですし、異能力も身体に影響のあるものになりました」
「なるほどね」
こんなところで新事実が発覚するとは思わなかった。
この【DOF】とは飲み続けて幻覚症状を乗り越えれば異能力が獲得できるが、服用期間も影響があるのか。知れば知るほど不思議な薬である。
そもそも素材がおとぎ話の絵本なので、メルヘンなのか不気味なのか分からない。――いや、メルヘンではないのか。
静かな裏の世界を歩く二人だが、
「……というか、これだけ大声で会話していても寄り付かないとは思いませんが。誰もいないんですかね?」
「俺たちが怖いのかな。まだ何もしてないのに」
「そうですね。まだ何もしてませんね」
ピタリと歩みを止めて、ユーシアとリヴは周囲を見渡す。
伽藍とした様子の雑居ビルが建ち並ぶ裏側の世界だが、何人かこちらの様子を窺っているような気配がある。
相手が裏社会を牛耳る『FTファミリー』に真っ向から喧嘩を売った指名手配犯のユーシア・レゾナントールとリヴ・オーリオであることに気づき、行動を観察しているのだ。下手に手を出せば自分の命が危ないと判断しているのだろう。
適当な雑居ビルを見上げれば、薄暗い部屋の中から人通りのない道を見下ろす誰かが見えた。視線が合った途端に、部屋の中に引っ込んでしまった。
「どうしようか、リヴ君」
「引っ張り出してきましょうか?」
いつでも実力行使なリヴは、適当な路地裏へ視線をやりながら言う。
そこには身を寄せ合いながらユーシアとリヴを睨みつける、幼い兄弟がいた。彼らは兄弟で摺師なのか、隙を窺っているところだろう。
まあ隙など見せる訳がなく、もし見せれば間違いなく兄弟は死に至る。少なくともリヴが摺りなど許さない。
狭い場所に身を隠す兄弟を一瞥したユーシアは、
「あの子たちは【OD】じゃないでしょ。目的は【OD】なんだから」
「残念です」
真っ黒な
ユーシアが「じゃあお願い」などと言おうものなら、あの兄弟は真っ先に犠牲となっていたことだろう。目的が【OD】なので、幸運なことに彼らは命拾いをしたことになる。
とはいえ、彼らが【OD】だった場合には見逃せないが。
「どこかにいないですかねぇ」
「どこかにいないかねぇ」
「本当に誰でもいいんですよねぇ」
「誰でもいいんだよねぇ」
「少し実験に付き合ってもらいたいだけなんですけどねぇ」
「お菓子を食べてもらいたいだけなんだけどねぇ」
「…………お菓子ィ?」
なんか聞こえた。
何気ない会話をしながら【OD】を探すユーシアとリヴの背後で、誰かが立つ音を聞いた。
振り返れば、そこに立っていたのは見覚えのある金髪と純白のエプロンドレスを纏った少女である。可憐な手には身の丈を超える巨大なティースプーンが握られ、スプーンの先端はギザギザと尖っている。
その少女の姿を認識したユーシアの脳裏に、嫌な記憶が蘇る。
引き裂くような笑顔でティースプーンを振り回し、家族を肉片にして殺した残虐非道な【OD】。本人はすでにこの世から退場してしまったが、【OD】の異能力は巡るのだ。
目の前に立つのはユーシアの本来の仇ではなく、誰かがあの忌まわしき【OD】の異能力を発現させた姿なのだ。
アリス――不思議の国のアリス。
目の前の【OD】はそう呼ばれている。
「――――ッ」
吐き気を催したユーシアは口元を押さえ、身体をくの字に折り曲げる。
あの時の記憶は彼の深い部分に根を張り、今もなお爪痕を残している。殺しただけでは物足りず、不思議の国のアリスの【OD】となった人間は片っ端から殺したくなる。
湧き上がる殺意の衝動に耐えられず、背負っていたライフルケースを足元に落とすと、その中に横たわった純白の対物狙撃銃を拾い上げた。距離はそれほどない。照準しなくても当てられる。
「シア先輩」
「ぁ……」
「ダメですよ。せっかく相手から出てきてくれたんですから」
ユーシアが構える対物狙撃銃の銃身を掴むリヴは、アリスの【OD】へと歩み寄った。
「こんにちは。ご機嫌いかがですか?」
「最高よ。でも少し甘いものが食べたい気分なの」
「そうですか。ちょうどいいですね、今たくさんお菓子を持っているんです。よければどうぞ」
あらかじめスーパーからくすねておいたスリーピッグ社製の棒付きキャンディを雨合羽の袖から滑り落とし、リヴはアリスの【OD】へと手渡す。
身体に悪そうな素材で作られた紫と青色のぐるぐるキャンディを受け取り、アリスの【OD】は包装紙ごと飴へ噛み付いた。
バリバリと音を立てて飴玉を咀嚼する少女だが、次の瞬間、何の予備動作もなくキャンディを吐き捨てた。
「おえぇ、不味ッ」
「やっぱりですか?」
「酷いよ!! こんな不味いお菓子を食べさせるの?」
「僕たちも不味いと思ったので大丈夫ですよ。それでは」
リヴは次いで雨合羽の袖からナイフを滑り落とし、
「さようなら」
アリスの【OD】の首へ、そのナイフを突き刺した。
対応し切れずにアリスの【OD】は首を掻き切られて死んでしまう。
糸が切れた操り人形のようにその場へ崩れ落ちた少女は、そのままピクリとも動かなくなってしまった。色鮮やかな青い瞳からは光が消え、音もなく鮮血が流れて血の池を作る。
あっさりとアリスの【OD】を殺害したリヴは、血糊をアリスのエプロンドレスで拭ってからユーシアへ振り返る。
「殺しましたよ。これはアンタの獲物じゃないですから」
「……そうだね。ありがとう、リヴ君」
「いえ。問題ないです」
それよりも、これで確証は得られた。
スリーピッグ社製のお菓子は【OD】にのみ不味く感じられ、一般人には麻薬にも似た中毒性を発揮する。
これはもう異常だ。【OD】の異能力から作られたお菓子と表現する以外に、言葉が見つからない。
「それでは、そろそろ乗り込みますか?」
「そうだね」
「「スリーピッグ社に」」
二人の悪党が足を向けた先は、表舞台。
これより一番人気のお菓子メーカーを破壊し、その社長を血祭りに上げるのだ。
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