第3話【血走る客の目】

 さて、スーパーはどんな状況だろうか?


 ユーシアとリヴがよく利用するスーパーは変わらず賑やかさを見せているが、お菓子売り場のコーナーに差しかかると喧騒が一気に増える。

 見れば大量に陳列されたスリーピッグ社製のお菓子が、飛ぶように売れていた。猛スピードで駆け寄ってきた子供たちが陳列棚からお菓子を強奪し、少しでも取り分を増やすべく他の子供たちから強奪する騒ぎになっていた。


 甘いお菓子を巡って血みどろな戦争が起きるとは、果たして誰が思うだろうか。



「うわぁ……」


「あらぁ……」



 ユーシアとリヴは買い物カートを押す手を止めて、その血で血を洗うような激しい喧嘩を傍観していた。


 純粋無垢な印象を持つ子供たちが、軒並み目を血走らせてお菓子を奪い合っているのだ。

 中には会計を済ませていないにも関わらずお菓子の袋を開けると、そのままむしゃむしゃと一心不乱に頬張り始めた子供もいた。慌てた様子の母親が子供からお菓子の袋を取り上げるが、お菓子に目が眩んだ子供は母親の腕にかじり付いてまでお菓子を取り戻そうと躍起になる、


 一体何が子供たちを魅了して止まないのか、非常に気になるところではある。


 正直な話、あんなクソ不味いお菓子が飛ぶように売れているのが問題だ。よくもまあ訴えられずに会社を存続させられる。

 こんな時間が起きれば麻薬の類がお菓子に混ぜ込まれているのではないかと疑ってしまうが、拒否反応を示すのはユーシアやリヴたちだけで、他は狂ったようにお菓子を求めるだけだ。



「一体何が魅力的なんでしょうね、あんな不味いお菓子」


「だよねぇ。食べられたものじゃないのにさぁ」



 ユーシアもリヴも、あのお菓子の不味さを体験しているので断言できる。


 あの不味いお菓子を好んで買う方が異常なのだ。

 おそらく味覚に障害が出ているか、脳味噌が溶けておかしくなっているのかの二択だ。そうでなければ、あれほどお菓子に群がらない。


 そんな彼らの会話内容が聞こえていたのか、今までお菓子を奪い合って激戦を繰り広げていた子供たちの動きが一斉に止まった。

 まるでDVDを一時停止した時のようにピタリと全ての動きを止めたと思いきや、ぐるーりと首だけをユーシアとリヴへ向ける。


 血走った眼球が、揃ってユーシアとリヴに注目している。幼き彼らの目には殺意がこれでもかと滲んでいて、無垢な声で言葉を紡ぐ。



「つみだ」



 責めるように。



「つみだ」


「つみだ」



 叱るように。



「おかしがおいしくないわけない」


「おかしはとてもおいしいものだ」


「それをまずいだなんていうな」


「おまえたちはつみだ」


「「「「「おかしをまずいというおまえたちをゆるさない」」」」」



 最後の一言だけ揃った瞬間が、一番恐ろしかった。


 一種のホラー映画でも見ているような気分である。

 恐ろしい悪魔に魂を売った子供たちが、大人たちに襲いかかるホラー映画。一昔前にそんな内容の映画が流行した気がする。


 ユーシアは「うわぁ」と口元を引き攣らせ、



「どうするよ、リヴ君」


「ロリまで混じっているので、爆発は出来ませんね。ここのスーパーはよく利用しますし」


「俺も出来るなら爆発は避けてほしいなぁ。ここのスーパーって品揃えがいいし、タイムセールの時がめちゃくちゃ安いんだよね」



 導き出した答えは一つだった。



「逃げよう」


「ですね」



 牽制の為に買い物カートを蹴飛ばして子供たちを轢き、ユーシアとリヴは身を翻してスーパーの出入り口めがけて駆け出す。



「にがすな」


「おえ」


「ころせ」


「ころせ」


「ころせ」



 お菓子を批判したことがそんなに悪いのか、スリーピッグ社製のお菓子に狂う子供たちはユーシアとリヴを追いかける。


 背後から迫ってくる足音が、恐怖心を増長させる。

 この場にネアとスノウリリィがいなくて心底よかった。彼女たちをこんな状況に巻き込めない。



「嫌あああああああッ!? 何あの子供たち、全員してパルクールでも取得済みなのぉ!?」



 ユーシアの情けない悲鳴が、スーパーにこだました。


 二人を追いかける子供たちは、陳列棚をまるで地面のように駆け抜けたり、障害物を飛び越えたりと想定外の身体能力を披露する。

 アクション映画並みの身体能力は、もはや世界を狙えるレベルだ。いっそ体操で世界一位を目指せ、それか動画でも撮影してネットに載せろ。


 常人ではあり得ない動きを見せる子供たちを観察するリヴは、



「僕も出来ますよ。やりましょうか?」


「張り合わなくていいんだよ、リヴ君!!」



 涙目のユーシアが相棒の真っ黒てるてる坊主へツッコミを入れたところで、目的地の出入り口が見えてくる。


 あと少しで脱出できると思ったが、彼らの動きを読んでいた子供たちが出口へ先回りしていた。

 待っていました、とばかりに出入り口の脇から数人の子供たちが姿を見せる。こちらを狙う雰囲気が、もうすでに子供のものではない。



「邪魔!!」


「ですよ!!」



 しかし、相手が悪かった。


 相手はユーシア・レゾナントールとリヴ・オーリオである。

 子供だろうが、敵として立ちはだかるのであれば容赦はしない。必要ならば殺すし、必要でなくても殺す。


 立ち塞がる子供たちを思い切って蹴飛ばし、ユーシアとリヴはスーパーを脱出する。

 背後から悲鳴が聞こえてきたが、立ち止まるはずがなかった。子供たちが心配だからと立ち止まれば、今度はこちらの命が危ない。



「やば、やばいリヴ君、疲れた、走れな、ゲホッ」


「ひ弱ですね、シア先輩。ほらもっと気合い入れて、足を動かしてくださいよ」


「無理ぃ、狙撃手に走れとか無理ぃ」



 割と本気で運動不足をどうにかしないとまずい気がしてきた。



 ☆



 スーパーから逃げてきたユーシアとリヴは、路地裏にてスリーピッグ社製のお菓子について議論を交わす。



「おそらくですが、何か共通点があると思います」


「きょ、つう、てん?」



 ぜえはあ、と肩で息をするユーシアは、額に滲んだ汗を拭った。



「シア先輩、大丈夫ですか?」


「大丈夫に見える?」


「手足が無事で頭があるなら大丈夫ですよ」


「外見は大丈夫に見えても中身は大丈夫じゃないんだよね」



 深呼吸を何度か繰り返して心臓を落ち着かせ、ユーシアは「それで?」と話を促す。



「共通点って?」


「はい。僕とシア先輩、ネアちゃんとリリィはあのお菓子を不味く思いましたよね?」


「そうだね」


「あのチンピラに食べさせた時は『食べたい』とお菓子を求めましたよね?」


「そうだね」


「僕たちとあのチンピラの違いって【OD】か否かだと思うのですが」



 なるほど、とユーシアは合点がいく。


 あのお菓子を死ぬほど求めて、血で血を洗うような激しい戦いを繰り広げていた子供たちは【DOF】という魔法のオクスリには無縁の存在だ。

 一方でユーシアたちは【DOF】を過剰に摂取して【OD】という異能力を獲得した存在であり、あの純粋無垢な子供たちとは真逆の位置に立っている。お菓子よりも【DOF】を求める人間である。


 しかし、リヴは雨合羽レインコートのフードの下で難しい表情を浮かべていた。



「でも、それだとおかしいですね。ユーリさんも不味いと感じたんでしょう?」


「ユーリさんも【OD】だよ」


「そうなんですか?」


「そうって聞いた。どんな異能力か知らないけど、確かシンデレラに出てくる魔女の【OD】だってさ」


「なるほど。それなら僕の推理も正しそうですね」



 それでは次の検証だ。


 他の【OD】は一体どう感じるだろうか?

 もしユーシアたちと同じように不味いと感じれば、スリーピッグ社製のお菓子は【OD】だけに不味く思える代物だと判断できる。だんだんと推理小説めいてきて楽しくなってきた。



「じゃあリヴ君、手っ取り早く他の【OD】を捕まえようか」


「はい。――ところでシア先輩」


「何かな、リヴ君」


「ユーリさんって何で【OD】になったんですかね?」


「【DOF】を作った魔法使いに弟子入りして薬を作っていくうちに、自分で実験的に飲み続けていたら【OD】になってたんだって。俺やリヴ君よりも【OD】歴は長いよ」


「幻覚が見えてるんですかね?」


「そこの部分は教えてくれないんだよね」



 何でもない会話を交わしながら、ユーシアとリヴは路地裏へ消えていく。

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