Ⅵ:業火に惚れたマッチ売り
第1話【放火魔の噂】
『おはようございます、ニュースの時間です』
ナチュラルメイクが特徴の女性キャスターが、ニュース原稿を淡々と読み上げていく。
どこぞで殺人事件が起きたというゲームルバークではよく聞く内容のニュースを聞きながら、ユーシアは朝食の準備を進めていく。
目玉焼きの焼き加減には注意をしなければならない。同居人はそれぞれ故郷が違うので、好みの焼き加減が違うのだ。ユーシアは硬めが好きで、リヴは半熟が好みで、ネアはスクランブルエッグが好きで、スノウリリィは硬めと半熟の中間という見極めが難しい状態が好きなのだ。
パチパチと油が弾ける音を聞きながら、ユーシアはつけっぱなしになっているテレビを一瞥する。
『続いてのニュースです。――相次ぐ放火事件に進展がありました』
「お」
コンロの火を止めて、目玉焼きを白い皿に移し替えながらユーシアはニュースの内容に反応を示す。
近頃、ゲームルバークで放火事件が相次いでいることはユーシアも知っている。
新聞でも何度か取り上げられていた内容で、何の関係性もなくあちこちの建物が火事の被害にあっているらしい。小洒落たレストランが被害に遭ったかと思ったら、今度は嵐に見舞われれば吹っ飛びそうなホームレスの根城となっているボロ小屋が燃えたりと、犯人も手当たり次第に建物に火を放っているようだ。
SNSでも割とその話題で盛り上がっていて、中には『ユーシア・レゾナントールとリヴ・オーリオが放火魔ではないか?』という憶測まで飛び交っている。
その記事を見た時、ユーシアはリヴと一緒に笑い転げたほどだ。
ユーシアとリヴは大量殺人鬼であるが、放火魔と呼ばれるような事件を起こしたことはない。いや、まあスノウリリィの元職場を火事にしたのは二人だが。
「犯人が分かったのかねぇ」
ぼんやりとそんなことを考えていたユーシアだが、
『放火事件の犯人はユーシア・レゾナントールとリヴ・オーリオの二人組である可能性が非常に高いと、警察関係者は発表しました』
「はあ!?」
いやいや、そんな訳がない。
テレビに齧り付かん勢いで駆け寄ったユーシアは、ツンと澄ました表情の女性キャスターに向けて叫んでしまう。どう足掻いても彼女にはユーシアの声など届かないのに、だ。
「ちょっと、それ本気で言ってるの!? 俺たちは他人を殺して強盗もやるけど、放火事件を起こすような変態じゃないからね!?」
「一体何の騒ぎです?」
「あ、リヴ君。おはよう」
「おはようございます」
浴室を根城にしている真っ黒てるてる坊主――リヴが、テレビを掴んでガタガタと揺するユーシアへ変なものでも見るかのような視線をくれてくる。
実に心外な扱いを受けたユーシアは、テレビでニュース原稿を変わらず読み続ける女性キャスターを指差して「酷いんだよ!!」と訴えた。
「最近さ、ゲームルバークで放火事件が起きてるじゃない」
「そうですね」
「その犯人、俺とリヴ君だって」
「はあ?」
リヴは眉根を寄せて、
「心外ですね。必要に駆られれば放火にも手を染めますが、建物が燃えた程度で人間が殺せるはずないじゃないですか。確実に殺した上で証拠隠滅の為に建物を燃やすならまだしも」
「そうだよね。リヴ君ならそうやるよね」
「もっとも、僕は建物なんて面倒なので燃やしません。ガソリンや灯油を手に入れるのだって苦労しますし、いっそ爆発させた方が早くありません? 人も死にますし」
「そうだよね。リヴ君なら考えられるよね」
リヴの言う通り、必要に駆られれば放火にも手を出す所存のユーシアだが、基本的に建物を燃やすのは反対だ。
建物自体を燃やすのに手間暇がかかり、さらに大勢の注目を浴びるので余計に面倒くさい。
それならいっそ爆破してしまった方がマシだ。まあ、こっちの方が注目を浴びることになるのだが、それでも確実に対象を殺すことが出来る。
ユーシアはやれやれと肩を竦めると、
「色々と罪を着せられるのは迷惑なんだけど」
「どうせ高みの見物を決めている白雪姫の女王陛下でしょう。とっとと殺した方がいいかもしれませんね」
「本当だよ」
残りの御伽話はあと三人。
かぐや姫、三匹の子豚、マッチ売りの少女だ。
この放火事件に合致しそうな【OD】は、マッチ売りの少女ぐらいのものだろう。今回の敵は悲劇の御伽話の代表作とも呼べる、マッチ売りの少女か。
「あの悲劇の代表作とも呼べるマッチ売りの少女が、実は放火魔でしたなんてオチは笑えないな」
「笑えるような死に方をさせましょうか」
「例えばどんな?」
「そうですね……」
朝食の席に着いたリヴは、綺麗に微笑んでこう答えた。
「自分で自分を燃やすとか、ですかね?」
「それは面白いね。頭がイカれちゃったのかな?」
「【OD】はどいつもこいつもイカれてますよ」
軽い調子でそんなやり取りをしている最中にネアとスノウリリィも起きてきて、四人揃っての朝食が始まる。
放火事件など他人事のように、いつもの狭い部屋での生活が幕を開けた。
――かのように思えた。
☆
「じゃあ、行ってきますね」
「いってきまー!!」
ネアとスノウリリィを送り出したユーシアとリヴは、遠ざかっていく黒い車が見えなくなるまで手を振っていた。ユーリが運転する車なので、まあ安全性は信用に値する。
さて、これで彼女たちの無事は確保できた。
ユーシアは隣に立つリヴを一瞥し、
「リヴ君や」
「どうしたんですか、シア先輩」
「引っ越そう」
「ええ」
即決だった。
そして、二人とも分かっていた。
どうせアレなのだ。
マッチ売りの少女の【OD】が探しているのはユーシアとリヴの二人で、居場所を炙り出す為に連続放火事件などというふざけた事件を起こしているのだ。絶対にそうだ、経験的に予想して。
急いで部屋に取って返した二人は、出来る限り荷物をまとめて車の中に放り込んでいく。もちろん、車はあの偽物宝石を売り捌いたことで財を成したサラーヴ・アラジン氏のところから強奪してきた高級車である。
「女性陣の洋服や下着はどうします?」
「目を
「了解です」
「……ごめん、後半部分は冗談なんだけど。洗濯物とかやるから慣れちゃってるし」
「冗談という部分も含めて了解しています。ちなみに頭に被るのはアリですか?」
「それをやったら引っ叩くよ」
「シア先輩のはダメですか?」
「リヴ君、ちょっとそこに立ってくれる? 大丈夫、俺の弾丸は誰も傷つけないから。七時間ぐらい眠ってもらうだけだから」
リヴは「冗談ですよ」などと言っていたが、しっかりユーシアの下着を握りしめていた瞬間は見逃さなかった。おそらく本気で被るつもりだったのだろう、絶対に許さないが。
使えそうな調理器具と貴重品を段ボールに詰め込み、ユーシアは部屋の外へ運び出す。載せられるだけ荷物を乗せ、
「トラックでも強奪するべきかなぁ」
「運転できますよ。あとで適当な場所から奪いますか?」
「載せられそうならこのままで」
「了解です」
自分の商売道具とオタ活の戦利品は
親指姫の【OD】の異能力は自分自身を含めて触れたものを親指サイズにまで縮めるので、非常に便利な異能力だ。その分、【DOF】は多めに摂取する必要があるが。
ユーシアも自分の荷物は最低限まとめて、最後にライフルケースを背負う。改めて考えると、自分自身の私物があまりにも少ない。
「じゃあ、行こうか」
「ええ」
二人して家を出て、車に乗り込む。
車を発進させれば、何でもない引越しで古い住居から遠ざかっていく男二人組だ。
だが、次の瞬間。
申し合わせたように、ユーシアとリヴが住んでいた部屋から火の手が上がる。
「……あと数秒遅れてたら丸焦げだったね」
「そうですね」
バックミラーでごうごうと燃え盛る自宅を観察しながら、ユーシアとリヴは揃って苦笑するのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます