第2話【次の住処はどこにしよう?】

「どうしよっかぁ」


「どうしましょうか」



 路肩に自動車を停めたユーシアとリヴは、二人揃ってため息を吐いた。


 まさか自宅が燃えるとは思わなかった。

 せっかくホテル住まいから自宅に戻れたのに、指名手配中の身では心休まる場所がない。警察署に自首をすれば確実に死刑が待っているし、ゲームルバークで休まる場所なんて見つからない。


 もう無事な場所が車の中しかないのだが、これ如何に。神様とやらはどこまでもユーシアとリヴに試練を与えてくるものである。



「とりあえず、住むところを探さないとお話にならないよ」


「ですよね。まずは住処探しですが……」



 ハンドルに額を押し付けるリヴは、



「アテはありますか?」


「あると思う?」



 あのボロアパートだって、不動産業者を介入せずに入居したものだ。

 ゲームルバークには所有者不明の建物があちこちにあるので、裏社会で生きる人間の根城になりやすい。またの名を、不法占拠である。


 ユーシアとリヴも、あの建物は空いていたから使っていただけだ。

 まともに不動産屋を通せば、確実に警察署へ突き出されるので勝手に占拠した方がいい。元より『なければ他人から奪う』ことを良しとするので、不法占拠しても心は痛まない。


 とにかく、次に住む場所を探さなければ。



「ネットで調べてみてるけど、結構やばいものばっかりだね」


「やばいものって何ですか? すでに誰かが住んでいるとかですか?」


「うん」


「殺せばいいのでは?」


「多分、リヴ君でも無理だと思うよ」



 携帯電話の液晶画面に指を滑らせるユーシアは、少し難しげな表情で表示されている不動産関係のサイトを眺めている。


 ゲームルバークにある所有者不明のアパートが掲載されたサイトだが、それらにはどれもこれも可愛らしくデフォルメされた幽霊マークが載せられている。

 これは、いわゆる事故物件であることを意味している。この部屋で誰かが殺されたとか、この部屋で事件があったとか、そのせいで幽霊が出ますよと言われているのだ。


 先住民の存在というのが、この幽霊である。ユーシアが「リヴ君でも無理だと思うよ」と言ったのは、相手が実態の掴めない幽霊だからだ。



「あー……なるほど」



 ユーシアの携帯電話を横から覗き込むリヴは、納得したように頷いた。



「確かに、殴っても殺せませんね」


「だよね。さすがに俺も、見えないものは撃てないしさぁ」


「掃除機で吸い取ればいいのでは?」


「そういう問題?」



 真面目な表情でリヴがそんなことを言うものだから、ユーシアは思わずツッコミを入れてしまった。


 幽霊を相手に掃除機だけで立ち向かうとは、なんとも間抜けな絵面である。どこぞの幽霊を題材にしたコメディ映画を彷彿とさせる。

 でも、本当に掃除機で撃退できるのであれば、この世に幽霊など存在しないのだ。世の中とは簡単にいかない。


 しばらく液晶画面を操作してアパート情報を検索していくと、ユーシアは「お」といい建物を見つけた。



「見つかりました?」


「まあね」



 ほら、とユーシアはリヴに建物の情報を見せる。


 所有者不明と謳われる建物の割には、随分と綺麗な建物だ。

 築年数もそれほど経っておらず『中央区画セントラル』にある建物ではないのに、やたら綺麗な外観をしている。罠を疑うだろうが、こっちは住処がないのでなりふり構っていられない。車中泊は嫌だ。


 ユーシアとリヴは互いに顔を見合わせると、



「どう? 罠だと思う?」


「思いますね」


「でもまずいよね、家がなくちゃ」


「僕たちだけなら住むのも吝かではありませんが、ネアちゃんとリリィの奴がいますからね。焼死体になられでもしたら、FTファミリーの連中を皆殺しにしてもまだ足りませんよ」


「まあ、リリィちゃんは生き返るだろうから、問題はネアちゃんなんだよなぁ」



 これが二人であれば罠でも飛び込んでいけたが、ネアとスノウリリィがいる以上、確実な安全性が保障できないと難しい。


 あの放火魔野郎の件も気になる。

 まだニュースになった放火魔は捕まっておらず、今後もユーシアとリヴを追いかけて無差別放火を繰り返すに決まっている。


 きっと、ユーシアとリヴが死ぬまで延々と。



「もうマッチ売りの少女の【OD】を殺すしかないな。安全性を確保する為にもね」


「どうします? 誘き寄せますか?」


「とりあえず、ネアちゃんとリリィちゃんはユーリさんのところに押し付けよう。荷物もね」


「また泣かれますよ。ご機嫌取るんですか?」


「今回のはちゃんと理由があるから、ネアちゃんも分かってくれるよ」



 ユーシアはアパート情報が掲載されたサイトを消して、次に電話帳を呼び出す。


 慣れた手つきである番号を呼び出し、通話ボタンをタップ。

 三度の呼び出し音のあと、すぐに目的の相手が電話に応じてくれた。



『おう、ユーシア。どうした? また何か事件か?』


「ネアちゃんはいる? スピーカーフォンにしてくれると嬉しいんだけど」


『……お前、まぁたお嬢ちゃんたちをこっちに押し付けようって魂胆じゃねえだろうな?』


「お、ビンゴだよユーリさん。さすがだねぇ」


『前回の件、反省してねえだろ。お前凄え怒られてたじゃん』


「今回のはきちんとした理由があるから大丈夫」



 電話口で応じるユーリは『本当かよ』と最後まで疑っていたが、言われた通りにスピーカーフォンにしてネアとスノウリリィを電話口まで呼ぶ。


 ドタドタと騒がしい足音のあと、ネアが『もしもし!!』と元気よく応じた。

 その後ろではスノウリリィが、やや控えめに『お電話変わりましたよ』と言う。電話相手の耳にダメージが入らない親切さである、ありがたい。



「実はネアちゃんとリリィちゃんは、ユーリさんの家にお泊まりしてほしいんだよね」


『やだ!!』


「はい、分かってたぁ。知ってたぁ」



 予想通りの展開に苦笑するユーシアは、



「ネアちゃん、よく聞いてくれる? 今回は前と違って、ちゃんとした理由があるんだ」


『…………なぁに?』



 間があったので、ちゃんと聞くことにしたのだろう。


 相変わらずいい子なネアに感動を覚えながら、ユーシアは「実はね」と話を切り出す。



「お馬鹿な犯罪者のせいで、お家が火事になっちゃったんだ」


『かじ?』


「燃えてなくなっちゃったんだよ」


『わあ、たいへんだぁ』


「そうなんだよ、大変なんだぁ」



 その後ろではスノウリリィが『火事!?』と驚いていたが、まあいつもの反応なので流しておく。



「それで、新しいお家を見つけたんだけど」


『うん』


「そこにね、幽霊さんが出るんだ」


『ええ!?』


「だからね、おにーちゃんとりっちゃんはこれから幽霊さんを退治する為に、新しいお家に泊まることにしました。ネアちゃんとリリィちゃんは、安全なユーリさんのお家にお泊まりしてくれる?」


『うん、わかった!!』



 よし、納得してくれた。

 ユーシアは小さなガッツポーズを作り、その隣ではリヴが必死に笑いを堪えている。


 前回は危ないので強制的に眠らせてユーリに押し付けたが、今回は事故物件のことを引き合いに出せば簡単だった。

 ネアは幽霊や怖い話が苦手で、テレビでもホラー映画が放送されると必ずと言っていいほどユーシアとリヴを盾にするのだ。ちなみにユーシアもリヴもホラー映画は別に平気なので、死に方とか映画の展開などにツッコミを入れながら見てしまう。



「じゃあ、お荷物をこれから届けに行くから待っててくれる?」


『うん!! おにーちゃん、りっちゃん。おばけさんたいじ、がんばってね!!』


「頑張るよ。任せてね」


『うん!!』



 そう言って、ユーシアは通話を切った。


 運転席を見れば、相棒はハンドルに顔面を押し付けたままプルプルと肩を震わせている。笑い声を上げないように、必死に我慢している様子だった。

 そんな相棒の努力を嘲笑うかのように、ユーシアはこう言う。



「幽霊退治だよ、リヴ君。腕が鳴るね」


「やめて……ッ、やめてください、シア先輩……ッ。幽霊退治なんて面白いこと、本気で取り組める訳ないじゃないですか……ッ!!」


「放火魔なお化けさん退治だよ」


「ふぁーッ!! もう無理です、シア先輩の口から『お化けさん』は無理です!!」



 車のシートに背中と後頭部を強打してもなお笑い続けるリヴだが、彼の笑いの沸点はどこへやら。コメディアンがネタを披露しても全く笑わないのに、何故この時だけはゲラゲラ笑うのか謎だ。


 ユーシアは笑いのツボにハマったリヴの脇腹を小突くと、



「ほら、さっさと車出して。運転できないなら俺が代わるよ」


「だ、出します。出しますのでちょっと待って」


「リヴ君の笑いのツボが分からないんだけど、俺」



 ユーシアはやれやれと肩を竦め、リヴが落ち着くまで待つことにした。


 ちなみにこの真っ黒てるてる坊主はたっぷり一〇分以上は笑い、そのあとにようやく車を発進することが出来た。

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