第9話【幼女にごめんなさいを】
「むー……」
とある喫茶店の一角で、行儀悪くボコボコとジュースに空気を送り込みながら膨れっ面をする金髪の少女がいた。
彼女のすぐ側には、申し訳なさそうに縮こまる銀髪のメイドが紅茶を黙って啜っている。
何かを発言する雰囲気ではないことは、普段こそ空気の読めない発言ばかりを繰り返す彼女でも察していた。「誰か助けてほしい」と青い瞳が訴えている。
本当は完全に部外者である黒髪の男も、コーヒーを飲みながら苦い表情を浮かべていた。コーヒーが苦い訳ではなく、この場の空気があまりにも悪いので「今すぐ帰りたい」と全身で表現している。
「むー……」
金髪の少女――ネアは、対面に座って反省の姿勢を示す二人の悪党を睨みつけていた。
片方は金髪で無精髭を生やした、
どちらも、このゲームルバークでは有名な悪党である。もっと言っちゃえば指名手配もされている。数え切れないほどの悪党や一般人を殺しに殺している、大量殺人鬼として。
凶悪な殺人鬼二人だが、少女を相手に頭を下げるしかなかった。
「えーと……ネアちゃん、本当にごめんなさい」
「反省してます。どうか怒りを鎮めてください」
他人を殺しても謝らない自由奔放な殺人鬼のユーシアとリヴは、ネアに「ごめんなさい」と謝罪する。
対するネアは、やはり頬を膨らませたまま「むー……」と唸る。
置いて行かれたことがよほど気に食わないのだろう。彼女を怒らせる手段だと重々承知していたが、まさかここまで本気で怒らせることになるとは。
「ね、ネアさん。お二人もこうして謝っていることですし、許してあげてはどうですか……?」
スノウリリィが助け舟を出すが、ネアは「りりぃちゃんは、おしずかに」と言う。幼女の言葉で表現されているが、マイルドになった「お前は黙れ」である。
「おにーちゃん、りっちゃん」
「はい……」
「はい」
それぞれ名前を呼ばれた二人の悪党は、静かに反応を示す。
「ねあは、とってもしんぱいしました」
「重々承知しております……」
「ええ、それはもちろん」
「おかねがないなら、おはなしするのも、たいせつだとおもうます」
「そうですね、はい……」
「ですよね」
自分よりも年下の少女に怒られるとは、これ如何に。
リヴならまだしも、ユーシアは年の離れた兄妹と呼べるぐらいに年齢が離れている。しかも大勢の客の目線に晒された状態で、見た目だけは立派に成長した可愛い美少女に叱られているのだ。
なんか、もう、死刑になるより恥ずかしい罰だと思う。
「おかねがないなら、もうおうちにかえりたい」
「でも、あの家はもう特定されてるし……」
「かえるの!」
ネアはしっかりと大きな声で、自分の意見を主張する。
「ほてるばっかりいるから、おかねなくなるんだよ! だからかえるの! かえっておにーちゃんのごはんたべて、りっちゃんとあそぶの! ねあはそれがいいの!」
それから、また彼女は「むー」と頬を膨らませてユーシアとリヴを睨みつける。
ここまで主張されれば、二人も強くは出られない。
ユーシアとリヴは互いに顔を見合わせると、頬を膨らませて完全にご機嫌斜めな状態のネアに提案する。
「じゃあこうしよう」
「なに」
「昼間は、リリィちゃんと一緒にユーリさんのところでお仕事してて。夕方になったら迎えに行くから」
「えッ」
完璧に巻き込まれたユーリは、寝耳に水だと言わんばかりの反応をする。口の端から垂れたコーヒーを慌てて拭うと、すぐさまユーシアに突っかかった。
「ちょ、おいおいおい。何で俺のところに預けんの!?」
「それがいいですね。安全ですし」
「おーい、誰かここには他人の話を聞けるいい子はいねえのか!?」
冗談じゃねえ、と頭を抱えるユーリを無視して、ネアは最終的な決断を下す。
「うん、それならいいよ」
「うええ、マジかあ」
自分の意見など丸無視の状態で話が進められ、ユーリは大いに嘆いた。
ネアと悪党二人が和解した瞬間を黙って見届けたスノウリリィは、あーだこーだと嘆くユーリに同情の視線を送るのだった。
☆
さて、久々の我が家である。
思いの外、部屋の中は荒らされてなかった。
嵐がやってきたかの如く荒れ果てているのかと予想していたが、ユーシアたちが部屋を飛び出したままの状態が維持されている。そこまで頑丈な造りをしていただろうか、このボロアパート。
大量の荷物を運び込むネアがいの一番に部屋へ駆け込み、
「ただいまぁ!」
「はい、ただいま」
「ただいま戻りました」
「ただいまです」
四人それぞれ
「いやー、しばらく留守にしていたから懐かしい感じがするなぁ」
古びたソファに「よっこいせ」と腰かけ、ユーシアはしみじみと呟く。
自室の代わりにしていた浴室の状況を確認し、色々と無事だったことに安堵したリヴが「そうですね」などと返してくる。
「僕のアニメDVDもポスターも無事でしたし、大満足です。よくまあこの状態が維持できたものです」
「ホームレスも住んでいないみたいだしね」
「あれですかね。指名手配中の悪党が住んでいる家なんて誰も住みたくないんじゃないですか?」
「それもあるかもね」
ユーシアは苦笑しながら、テーブルの上で放置されていたリモコンを手に取った。
電源を入れれば、液晶画面にニュースが表示される。テレビも無事な様子だ。
ナチュラルメイクを施した女性キャスターが、手元にあるニュース原稿を読み上げている最中だった。今は「大統領が云々」と語っているが、本当に呑気なものだ。
退屈そうに欠伸をするユーシアは、
「あ、そういえば買い物に行ってないなぁ」
「じゃあ行きます? 表は歩けませんが、裏ならどうでしょう」
「今日の晩ご飯で人肉が並ぶのは嫌なんだけど」
「人肉はさすがに並ばないでしょう。せいぜいぼったくり価格で売られている萎びた野菜くらいですよ」
「それもやだなぁ」
かと言って、ここで料理をサボれば天才劇物製作者のスノウリリィが何かをしでかしそうだ。
ユーシアは諦めたようにソファから立ち上がり、冷蔵庫の中身を確認する。
残った食材は、どれもこれも賞味期限がギリギリなものばかりだった。これらをまとめて使ってしまえば、今日は買い物に行かなくてもいいかもしれない。
賞味期限が切れそうな食材を吟味していると、テレビに映る女性キャスターが『続いてのニュースです』とニュース原稿を読み上げる。
『依然として足取りが掴めていないユーシア・レゾナントールとリヴ・オーリオについてですが――』
「やれやれ、まぁたニュースになってるよ」
しかも、依然と足取りが掴めずにいるらしい。
ゲームルバークの警察も、無能な連中ばかりだ。
肉の塊を冷蔵庫から取り出したユーシアは、やれやれと肩を竦めた。どうせロクなことは言わないのだから、放っておくに越したことはない。
「シア先輩、テレビ見てますか!?」
「どうしたの、リヴ君。そんな興奮気味に」
「『恋して☆えんじぇう、すーぱーもぅど』と時間なんですよ!! リアルタイムで観なければファンとして失格です!!」
「相変わらずだねぇ」
久々のオタ活に精を出すリヴに、ユーシアは苦笑する。唯一の寝室からネアも飛び出してきて、真っ黒てるてる坊主と金髪の美少女が並んで幼女向けのアニメ番組を見始めた。
ようやく、日常に戻れた気がする。
いや、まだ指名手配されている段階だが。
「ユーシアさん、何か手伝うことはありますか?」
「洗濯物を頼める? こっちは晩ご飯の準備をするよ」
「分かりました」
劇物しか作れない料理家のスノウリリィをキッチンに立たせないように、ユーシアは料理とは関係のなさそうな家事をスノウリリィに依頼する。
昼間はユーリのところに押し付けたが、彼女には料理を作らせないようにと言っておかなければ。
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