第8話【強盗完了】
「これ、どうします?」
リヴが掴んだものは、ぐーすかと眠り続けるサラーヴ・アラジン氏の黒い髪だった。掴み方に容赦はなく、そのまま髪の毛が抜け落ちて円形脱毛症のようになってもいいと言わんばかりだった。
何故だろう、別にこれと言って同情するつもりはないが、掴み方はどうにかならないのだろうか。
むんずと髪の毛を掴んだまま荷物のようにズルズルとサラーヴ・アラジン氏を引きずるリヴに、ユーシアは提案する。
「殺しちゃえば? どうせ起きないし」
「そうですね」
しっかりと頷いたリヴは、ずるりと黒い
本気で思うことだが、一体そんな道具を
いや、彼の場合は地獄か。嫌な世界が
ヴィーン、とチェーンソーを起動させたリヴは、
「何か勘違いしていませんか、シア先輩?」
「え、まさか本当にリヴ君の
「シア先輩、僕が一人にしたばっかりに頭がおかしくなってしまったんですね。大丈夫です、一緒に病院に行きましょう。僕が入院していた病院の先生は、脳味噌を付け替えるのが得意みたいですので」
「リヴ君、俺の頭は常にいつも通りだよ。あと脳味噌を付け替えるって何? 付け替えられないんだよね、脳味噌って!!」
その身体的な重要機関は付け替え可能としているものではなく、一人につきたった一つしか持ち得ないものだ。入れ替えれば別人になるどころか、来世へ旅立つ羽目になってしまう。
良い子のみんなは、脳味噌の付け替えなどという馬鹿な真似に手を出さないようにしよう。それは死んでも生き返ることが出来る保証があってからだ。
閑話休題。
ヴィーン、というチェーンソーでサラーヴ・アラジン氏の身体がバラされる音を聞きながら、ユーシアは部屋を物色する。
社長が使うだろう執務机をガタガタと漁り、金庫の鍵がないかと探る。見つかるのは契約書だか領収証だか、様々な書類ばかりだ。
紙束をベラベラとめくりながら、ユーシアは相棒に呼びかける。
「リヴくーん」
「何ですか?」
「アラジンの身体ってもうバラしちゃった?」
「はい、見ての通りです」
紙面から顔を上げると、大理石の床に転がるサラーヴ・アラジン氏は見事にバラバラの状態にされていた。
腹は引き裂かれて臓物がこぼれ落ち、綺麗な床は真っ赤に濡れている。リヴは血に塗れたチェーンソーを担ぎ、開きになったサラーヴ・アラジン氏の死体を踏みつけている。
臓物がこぼれ落ちているのならばちょうどよさそうだ。もしかしたら、胃の中にあるかもしれない。
常人なら吐き気を催してもおかしくない死に様を晒すサラーヴ・アラジン氏を指で示し、ユーシアは「ちょっと胃の中も見てみて」と言う。
「もしかしたら飲み込んでるかもしれないから」
「了解です」
チェーンソーを側に置いたリヴは、
胃液によってドロドロに溶かされた内容物を掻き分け、リヴの指先が摘み上げたものは小さな鍵だった。
カードキーやら電子認証やらが最先端のセキュリティを謳っているにも関わらず、それら最新技術など一切無視した小さな金属製の鍵だった。
酸っぱい臭いを纏わせる小さな鍵をユーシアに手渡すリヴは、
「金庫はどこにあるでしょうね?」
「そりゃもちろん、決まってるでしょ」
ユーシアは指先を足元にやる。
その先にあるのは大理石の床だが、彼が示したのはそのさらに下だ。
つまり、
「地下だよ」
☆
エレベーターに乗り込んだユーシアとリヴは、その鍵の使いどころが理解できた。
操作盤の下部に、鍵穴を差し込む部分がある。
吐瀉物が僅かに付着する金属製の小さな鍵を差し込むと、難なく施錠は外れた。カチャンという音と共に、操作盤の下部が扉のように開く。
扉に隠されていたものは、地下へ続くボタンだった。リヴが「三連打です」などと言いながらボタンをカチカチカチと三回連続で押し込むと、エレベーターはゆっくりと動き始める。
「どれぐらい貯め込んでますかね」
「袋ってあったかなぁ」
「いい車ありますかね」
「オープンカーは止めてね。寒いから」
「気分的にですか? 気温的にですか?」
「両方」
一気に最上階から地下へ向かうユーシアとリヴは、他愛のない会話を交わす。先程まで残虐に人間を殺していたとは思えないほど、緩やかな会話の内容だった。
しかし、よくよく聞いてみると物騒だと分かる。良い子のみんなには聞かせられない内容だ。
重たいライフルケースを背負い直すユーシアは、
「リヴ君、本当に大丈夫なの?」
「何がです?」
「怪我。あんなに撃たれてたでしょ。奇跡的に内臓は無事だった様子だけど」
エレベーターから降りてきた黒スーツどもによって、リヴは何発も銃弾を喰らったのだ。奇跡的に内臓は無事だったけれど、最悪の場合は死に至っていたかもしれない。
自分には「僕の為に生きてください」と言っておきながら、彼はユーシアの為に死のうとしたのだ。ひどく矛盾していないだろうか。
リヴもユーシアの言いたい内容を察したのか、肩を竦めると「おかげさまで」と返す。
「悪運は強い方と自負していますので、タダでは死にませんよ」
「……俺には死なせないし殺させないって言っておきながら?」
「いやー、すみませんね。置いて逝くような真似をして」
リヴはユーシアを軽く小突くと、
「安心してください。アンタを置いていくようなことはしませんから」
「本当? 自己犠牲の精神はスノウリリィちゃんだけでお腹いっぱいなんだからね」
「自己犠牲の精神は極東人の美徳ですが、僕はクソ喰らえなので大丈夫ですよ」
そんな会話を交わしていると、ポーンという音がエレベーター内に響いた。
最上階から地下へ向かっていたエレベーターが止まり、ついに大量の財宝を貯め込んだ地下フロアに辿り着いたのだ。
ゆっくりと扉が開かれ、その先にある地下フロアが露わになる。
「扉かぁ」
「扉ですねぇ」
地下フロアにあったものは、扉だけだった。
しかもご丁寧なことに、扉には厳重なロックがかかっている。
あの呑気なアラジンも、強盗を相手に大金を与えてやるつもりはなかったようだ。食えない男である。
ユーシアは「よっこいせ」とライフルケースを開き、純白にカラーリングされた対物狙撃銃を構える。
「やりますかぁ」
「やっちゃってください」
銃口を扉に向けると、ユーシアは引き金を引いた。
人間が相手であれば傷つけられないが、相手が無機物であれば容赦なく破壊できる。
今回も入口を破壊した時と同じように扉が呆気なく吹き飛ばされ、その向こうに眠る大金を晒す。紙幣に金貨に銀貨、色とりどりの宝石たちは売れば金になりそうだ。
これがFTファミリーの財源だと考えると、使い切れないほどの大金が目の前に存在していた。これは夢だろうか?
「シア先輩、これって夢ですかね? 一周して悪夢に見えるんですけど」
「殴ってあげようか?」
「大丈夫です。痛みはもう十分です」
とりあえず、目的はこれで達成したという訳で。
ユーシアとリヴは持てるだけ金銀財宝を掻き集めながら、逃走手段について考える。
もちろん、車は大破してしまったので、自然とサラーヴ・アラジン氏のところから車を拝借するしかない。拝借と言っても、死ぬまで永遠に借りっぱなしだが。
「ネアちゃんのご機嫌取りもどうします?」
「ケーキでいいかな?」
「どうでしょう。僕が病院から飛び出す時、凄い不機嫌でしたよ」
「……ごめん、今から胃が痛くなってきた。土下座で許してもらえると思う?」
「おっさんの土下座よりも、兎のぬいぐるみでも追加で買っていきましょうよ」
「酷いことを言っているように聞こえるけど、実は的確なんだよなぁ」
強盗が成功したのはいいが、肝心のネアのご機嫌取りにユーシアは頭を悩ませるのだった。
いくら悪党でも、弱い部分はあるのだ。
彼らの場合、女――それも中身だけは幼女に弱かったのである。
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