第6話【呑気な砂漠の宝石商を狙え】

 ポーン、という音がユーシアの耳に触れる。


 電光掲示板に表示された数字は一五とある。

 目的の階層である一五階に到着したようで、エレベーターの扉がゆっくりと開かれていく。


 ユーシアは純白にカラーリングされた対物狙撃銃を構えると、



「よいしょっと」



 引き金を引く。


 ほんの少しだけ開いた扉から対物狙撃銃の弾丸が射出され、目の前の壁を盛大に抉る。そしていくつかの悲鳴じみた声も聞こえてきた。

 扉の向こうで待ち構えていたのは分かりきっていたので、ユーシアの初手に驚いた様子だ。その一瞬が命取りである。


 一人分の隙間が空いた扉をこじ開けて飛び出すと、相手の銃弾が叩き込まれるより先に壁の後ろへ滑り込む。薬室から空薬莢を排出し、新たな弾丸を対物狙撃銃へ叩き込む。



「四人かな」



 壁が崩れたことによる粉塵が廊下に充満するが、ユーシアには粉塵の中で咳き込む四人の姿が見えていた。


 誰も彼も軽機関銃を武器として装備し、黒いスーツを身につけている。

 FTファミリーの下っ端で間違いないだろうが、いつもよりも多い気がする。FTファミリーにとって重要な施設なのだろう。資金も期待できそうだ。


 照準器スコープを覗き込み、ユーシアにしか見えない金髪の少女が標的を守るように立ち塞がる。本来であれば邪魔でしかないそれは、今だけは立派な目印となっていた。



「まずは一人目」



 タァン、という銃声。


 射出された弾丸は金髪の少女を貫通して、その後ろに守られていた標的の脇腹を射抜く。

 強制的に夢の世界へ旅立たせられた標的は、そのまますやすやと規則正しい寝息を立て始めた。その手から滑り落ちた軽機関銃が床に叩きつけられて、ガシャンと耳障りな音を奏でる。


 空薬莢を排出し、新たな弾丸を対物狙撃銃に込めると、すぐ側を軽機関銃の弾丸が通り過ぎた。弾丸は床を抉り、確かな殺意を突きつける。



「それだけで慌てるような悪党じゃないよ」



 元々ユーシアは、ほとんど人間を辞めた敵と戦っていたのだ。


【DOF】を飲み続けて得られる異能力の中には、奇抜なものが多くある。漫画やアニメでよく見られる、魔法みたいな異能力を発現させた【OD】もいた。

 そんな敵と比べれば、銃弾など大した脅威ではない。戦場にいた経験が、ユーシアに度胸を与えた。


 照準器スコープを覗き込み、粉塵を掻き分けて出てきた二人目を仕留める。



「がッ」



 標的の口から変な声が漏れ、ドサリとその場に膝から頽れる。


 三人目と四人目は、二人目がやられた時点で焦りを感じているようだった。

 手当たり次第に発砲して、壁の後ろに隠れるユーシアを殺そうと躍起になる。狙いがろくに定められていないので、弾丸は壁の端を抉るばかりだ。


 とはいえ、相手は軽機関銃である。三〇発も撃てば、自然と弾丸はなくなる。



「あ、ああ……あああああ!!」


「わあああああああああ、ああああああああああああ!!」


「わあお」



 カチンと銃弾が切れた軽機関銃を掲げ、三人目と四人目が同時に突進を仕掛けてくる。とうとう頭をおかしくしてしまったようだ。


 彼らの勇気ある特攻に敬意を表し、ユーシアも隠れていた壁の後ろから飛び出す。

 得物の銃身を握りしめ、まるでバットよろしく振り抜いた。頑丈に作られた純白の銃把が、三人目の側頭部にぶつかる。



「ゔぁッ」



 変な声を上げて倒れた三人目。軽い脳震盪でも起こしたのか、すぐに動けない状態となった。


 遅れて突っ込んできた四人目は、三人目が早々に離脱をしたことで速度が緩んでしまう。最後の最後でユーシアに殺される恐怖心を実感したのか、躊躇してしまったのだ。

 戦場では僅かな時間さえも敗因となる。判断を誤ればそれまでだ。



「ほいっとぉ!!」


「ぶげえッ」



 四人目の腹部に強烈な蹴りを叩き込めば、呻き声と共に膝をついた。


 口から吐瀉物を吐き出す四人目は、苦しそうに喘ぐ。体術が苦手なユーシアでも、その力はやはり未だ健在だったようだ。

 手から滑り落ちた軽機関銃をブーツの爪先で蹴飛ばし、ユーシアは四人目の横を通り過ぎる。すでに三人目と四人目の軽機関銃は残弾がないので、他の人物の武器を使う。


 つまり、一人目と二人目が持っていた得物だ。


 床に落ちた軽機関銃を拾い上げ、ユーシアは残弾を確認する。

 最初に仕留められただけあり、彼らの銃はどちらも使用可能だった。残弾も問題ない。



「最期に何か言いたいことは?」



 軽機関銃の銃口を四人目の額に押し当て、ユーシアは何気ない質問を投げかける。


 口の端から唾液と吐瀉物の残りを垂らす四人目は、血走った目でユーシアを見上げていた。

 ぜえ、はあ、と肩で呼吸をする彼は、カサカサになった唇を動かして掠れた声を絞り出す。



「死んじまえ」


「お前さんがね」



 軽い口調で言い、ユーシアは引き金を引いた。


 ぷしゅん、と射出される弾丸。

 的確に相手の眉間をぶっ叩くが、ユーシアの異能力は問題なく発揮される。額に赤い跡が残ったが、まあその程度だ。


 がーがーといびきを掻く男を見下ろし、ユーシアはため息を吐いた。



「疲れたなぁ」



 それでも、お金がないので進まなければならない。

 なければ奪えばいいじゃない、とどこかの偉い人間も言っていたような気がする。言っていなかっただろうか?


 ユーシアは肩を竦めると、重たいライフルケースを背負い直す。銃弾が残った軽機関銃を一瞥すると、



「そういえば忘れてた」



 すでに脳震盪のうしんとうで気絶している三人目へ銃口を向け、容赦なく引き金を引く。


 放たれた弾丸が心臓の位置を穿つが、やはり傷一つない。

 撃たれた三人目は「んがッ」と声を漏らすと、そのまますやすやと夢の世界へ旅立った。これで起きることはなくなる。


 ユーシアは廊下に転がる四人の黒スーツどもに「おやすみ」と告げ、その場から立ち去る。



「えーと、最上階はどこかなっと」



 伽藍ガランとした廊下をアテもなく歩き回りながら、ユーシアはさらに上層へ向かう為のエレベーターを探す。


 部屋の扉を片っ端から開けようと試みるが、残念ながらどれもこれも鍵がかかっているようだ。

 対物狙撃銃で壊しても問題ないだろうが、銃弾がもったいない。同じように鍵のかかった扉がいくつあると思うのか。


 ガチャガチャとドアノブを捻りながら、ユーシアは「開かないなぁ」とぼやく。



「やっぱりお金は最上階かな?」



 その独り言に対する反応はなく、何だか虚しくなってくる。


 この場に相棒のリヴがいれば、軽口を交わしながらエレベーターを探せたのだが、一人だと退屈すぎる。

 一人分しかない足音を響かせながら黄金のビル内を彷徨うユーシアは、ついに目当てであるエレベーターを発見した。



「あ、見つけた」



 一人だから独り言も多くなる。


 エレベーターはガラス製の柵で覆われていて、金属探知機を思わせるゲートが設置されている。ゲートの側には見張りを立たせておけばいいのに、不思議と周囲には誰もいない。

 ゲートだけで強盗を防げるのだろうか。こんなもの、壊してしまえば簡単に通り抜けられてしまうのに。


 対物狙撃銃をライフルケースにしまい、ユーシアは軽機関銃をエレベーターに向ける。



「よし、いないね」



 エレベーターの周囲に人間の姿はなく、エレベーターが動く気配もない。


 ゲートではなくガラス製の柵に歩み寄ったユーシアは、軽機関銃でガラス製の柵を破壊する。

 防弾ガラスにすらなっておらず、柵は呆気なく粉々になってしまった。ゲートの意味も、ガラス製の柵の意味もない。何の為に設置されたのだろうか。



「ええ……」



 このビルの持ち主であるアラジンは、随分と呑気なものだ。


 あまりの防犯性の低さにドン引きしながらも、ユーシアはエレベーターのボタンを押す。

 ちょうど一五階で待ち構えていたらしいエレベーターの扉が開き、乗り込んだユーシアは最上階のボタンを押した。ゆっくりと扉が閉まると同時に、エレベーターが動き出す。



「お金を奪ったらケーキ買っていかないと。リヴ君は……自業自得だよね。適当に選んじゃお」



 敵陣のど真ん中だと言うのに、ユーシアが心配しているのはネアのご機嫌取りについてだった。

 とりあえず帰りにケーキを買っていくことは決定しているので、お金を奪ったらスノウリリィに連絡をしよう。きっとネアは怒っているだろうから出てくれないはずだ。


 やがてエレベーターは目的の最上階へ到着し、ポーンという音を奏でる。ゆっくりと扉が開かれていき、まずは先手必勝とばかりに軽機関銃を構えるユーシア。



「いらっしゃいませ、強盗さん!! お待ちしておりました!!」


「――――は?」



 満面の笑みを浮かべた優男が盛大に歓迎してきたので、ユーシアは拍子抜けするのだった。

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