第5話【砂漠の宝石商に眠りの荊を】
闇医者に担ぎ込まれたリヴは、一命を取り留めた。
奇跡的に弾丸は全て貫通していて、なおかつ内臓を傷つけていない状態だった。死んだかとヒヤヒヤしたものだが、相棒の真っ黒てるてる坊主は悪運が強かったようだ。
白いベッドに寝かされた相棒の青年を見下ろし、ユーシアは安堵の息を吐く。
「よかった……本当によかった……」
もしこれで彼が起きたその時は、本格的に説教の時間である。
自分には死ぬことも殺されることも許さないと言っておきながら、リヴは平気でユーシアの為に命を投げ出そうとしたのだ。
いくら自己犠牲が美徳のお国柄とはいえ、ユーシアはそういう別れ方は好まない。むしろリヴが死んだら、その場で後追い自殺でもするつもりだ。
本当に、柄にもないことをする。
「全く、これで死んだら許さなかったからね。丁重に埋葬してやるんだから」
そういえば、リヴの故郷である日本は火葬が主流だったか。
まあ、どうでもいい。死人に口なしである。どんな葬儀でも、死んでしまったら文句さえ言えないのだから。
正確に鼓動を記録する機械を一瞥すると、ユーシアはゆっくりとパイプ椅子から立ち上がる。
部屋の隅に置かれたライフルケースを背負い、リヴが眠る病室から静かに立ち去った。
他の病室からは「ぎゃああああああ」とか「止めてくれええええ」などの悲鳴や断末魔が聞こえてくるが、おそらく闇医者の実験台になっているのだろう。哀れな患者である。
「お連れ様のお見舞いはよろしいのですか?」
悲鳴と断末魔が聞こえてくる病室が並んだ廊下を突き進むユーシアに、機械音声の如く平坦な女性の声が投げかけられた。
ふと視線をやれば、そこには看護師が立っていた。
血で汚れたナース服に、左腕は鋼鉄製の義手となっている。やや冷たい印象のある美貌に張り付けられた表情は、恐ろしいまでの無だった。
ナースキャップに同じく血で汚れた金髪を押し込み、医療道具を乗せたカートを押す彼女は淡々とした口調で言う。
「お目覚めになられた時、貴方がいないと心配なさると思いますが」
「じゃあ、もし暴れでもしたらこう伝えてくれる?」
人形の如き無表情を貫く看護師に、ユーシアは笑顔で告げた。
「自業自得」
「承りました」
看護師はペコリとお辞儀をして、リヴの寝かされた病室とはまた別の病室にカートを押しながら入っていく。
引き戸を開けた途端、ユーシアの鼓膜に「嫌だあああああああああああああッ!!」という患者の絶望に満ちた悲鳴が突き刺さる。
看護師はユーシアが病室を覗くより先に扉を閉めてしまったので、この引き戸の向こうで何が起きているのか不明だ。多分、患者にとってはよくないことだろう。
正直なところ、これ以上は関わりたくない。
ユーシアは早々に踵を返すと、闇医者の病院から立ち去った。
「リヴ君、大丈夫かなぁ」
車に乗り込みながら、ユーシアはポツリと呟く。
怪我が治るまでは絶対安静にしなければならないので、彼はこのまま入院コースまっしぐらだ。ユーシアが言いつければ大人しくしていると思うので、病院から脱走するという馬鹿なことは考えないだろう。
問題は、この病院が改造馬鹿の闇医者のものだということだ。
「少し目を離した隙に改造手術を施されて、サイボーグとかになってないよね……?」
サイボーグと化したリヴを、果たして相棒と呼べるだろうか。
いや、サイボーグになったところでリヴはリヴだと思うが、全く別の性格になってしまったらどうしよう。今までと同じように接する勇気がない。
ユーシアは少しだけ考えて、携帯を取り出した。
液晶画面に指を滑らせて、ある電話番号を呼び出す。通話ボタンに触れて携帯電話を耳元に押し当てると、すぐに通話は繋がった。
『はーい、もしもし』
「どうも、ユーリさん。ネアちゃんとリリィちゃんは元気?」
『お姫様はドチャクソお怒りですよ』
「だよね」
ユーシアは苦笑した。
スノウリリィはともかく、精神年齢が五歳児と同等であるネアは怒りに怒っていると思ったが、やはりその通りになったか。
これはご機嫌取りが大変そうである。ケーキだけで宥められるかどうか。
電話口で対応するユーリは何かを察知したようで、
『で、電話してくるってこたァ何かあったか?』
「リヴ君が入院したんだ。心配だからついててくれる?」
『へ? あの真っ黒てるてる坊主君だよな?』
電話の向こうにいるユーリは、非常に驚いたような口振りで言う。
『あの撃たれても死ななさそうな、お前のやべえ相棒だよな。どうしたんだよ、一体?』
「確かに撃たれても死ななかったけどさぁ」
『え、マジで撃たれたの? ウケる』
「アラジンより先にお前さんを殺しに行こうかな?」
冗談めかした口調で言えば、ユーリは『ごめんごめん』と軽い調子で謝ってきた。
『それで? 心優しいお前は、撃たれて入院しちゃった相棒が心配だから見ててくれって? 本当にどこまでも優しいのな、お前』
「まあね、俺の半分は優しさで出来てるから」
『寝言は寝て言えよ』
「ツッコミが辛辣すぎて泣きそうなんだけど」
おそらくリヴも同じようなツッコミをしてくるだろうが、彼の場合はまだ温かみが感じられる。きっと「頭大丈夫ですか? 寝言ですか?」となるに違いない。
――何故だろう、ユーリの言葉よりも辛辣な気がする。
実際に言われていないのに、リヴの辛辣な言葉を思い出して泣きそうになるユーシアは、
「とにかく、お願いね」
『お姫様たちはどうする?』
「事情を話してくれてもいいよ。お前さんに預けた方が、現状は安全だからね」
『お前はどうするんだ?』
ユーリの何気ない質問に、ユーシアは「決まってるでしょ」と当然のように返す。
「アラジンをぶっ殺してくるよ」
『一人でか?』
「もちろん」
『それを知った相棒君、絶対に暴れるぞ。身体を引きずって、お前のあとを追いかけるぞ』
「それをどうにかして食い止めてよ。何の為に呼ぶのさ」
『…………お前、死なねえよな?』
「言ったでしょ」
ユーシアは車のエンジンをかけながら、
「リヴ君が生きてる限りはまだ生きるよ。俺は、あの子の為に生きるって約束したんだから」
今のユーシアを生かしているのは、リヴの「僕の為に生きてください」という懇願によるものだ。
だから、彼が生きている間は死ぬ訳にいかないのである。リヴとの約束を破れば、何をされるか分かったものではない。
ユーリにリヴの見張りを頼んだユーシアは通話を切ると、静かに車を発進させる。
☆
リヴのように凄まじいドライビングテクニックを持っていないユーシアは、普通に車を運転して『
悠々と運転しながら、ユーシアは再び趣味の悪い黄金のビルにやってきた。
対物狙撃銃で吹き飛ばした入り口には、チャチなカラーコーンが設置されて入れないようになっている。そんなもので果たして通行禁止を強制することが出来るのか。
車を一時停止させたユーシアは、
「よーし、やっちゃお」
どうせ車の前部分は、ぺちゃんこになってしまっている。
本当ならリヴがいい車を強奪するはずだったが、肝心の相棒は病院のベッドから起き上がることが出来ない。
ならば、ユーシアが車を選んでもいいだろう。大金と車を強奪して、とっととリヴの眠る病院に戻ろう。
ユーシアはギアを上げると、
「はい、お邪魔しまーす」
アクセルペダルを全開まで踏み、車ごとビルの入り口に突っ込んだ。
ぐわっしゃーん!! という轟音と共にガラス扉が今度こそ粉々になる。もう原型すら留めていなかったものを、さらに破壊する形となった。
ビルの入り口に突っ込んだ車から降りたユーシアは、ライフルケースを背負い直して意気揚々とエレベーターへ向かう。
「さあて、アラジンは最上階かな?」
徐々に一階へ降りてくるエレベーターを眺めながら、ユーシアはライフルケースを開く。
箱の中に横たわっていた純白の対物狙撃銃を拾い上げると、その銃口をエレベーターの分厚い扉へ突きつける。
あの時は敵がエレベーターで降りてきて、リヴが犠牲になったのだ。もう同じ轍を踏む訳にはいかない。
ゆっくりとエレベーターから離れると、かろうじて生き残っている観葉植物の影に隠れた。対物狙撃銃はそのままエレベーターに向けたまま、
ややあって、ポンとエレベーターが一階に到着する音が、ユーシアの耳朶に触れる。
ゆっくりと開かれた扉からは、予想通り機関銃を構えた黒服どもが三人ほど降りてくる。その銃口を荒れ果てたロビーに巡らせて、
「おい、誰もいないぞ」
「車が突っ込んでる」
「あの中か?」
車に残っていたら、エレベーターなど呼べないだろうに。
ユーシアはロビーに突っ込んだ車に歩み寄る黒服どもへ照準し、まずは一発目。
タァン、という銃声で気づかれるのは想定内だ。射出された弾丸は的確に黒服の一人を眠りの世界へ強制的に旅立たせ、残りの二人がこちらに気づいた時点でユーシアは次の行動に移っていた。
観葉植物の影から飛び出すと、対物狙撃銃の銃把を黒服の側頭部に叩きつける。
力が抜けた人間ほど重たいものはなく、二人目に押し潰されるように三人目は仰向けで床に転がる。「くそッ、邪魔だ」と仲間を押し退けようとする三人目に、ユーシアは対物狙撃銃を構える。
「やあ、こんにちは」
顔を引き攣らせる三人目の顔面に、ユーシアは対物狙撃銃を鈍器よろしく振り下ろした。
ゴッ、ガッ、ガッ、ガッと何度も何度も叩きつける。
顔の形が変わろうと、目玉が飛び出そうと、歯が弾け飛ぼうと、ユーシアはぶん殴ることを止めなかった。相手が死ぬまでやり続けた。
呻き声すら聞こえなくなり、やがてピクリとも動かなくなった黒服を見下ろして、ユーシアは対物狙撃銃を持ち直す。
「本当はこんなことに使うものじゃないんだけどねぇ」
リヴがいてくれれば、もう少しスマートに終わったのに。
やれやれ、と肩を竦めたユーシアは対物狙撃銃に弾丸を込めて、二人目と三人目も眠りの世界へ旅立たせてやる。死んでいようが生きていようが、念の為という奴だ。
しっかりと三人に銃弾をくれてやったユーシアは、いそいそと無人のエレベーターに乗り込む。エレベーターが到達する一五階までのボタンを押し込むと、エレベーターはゆっくりと動き始めた。
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