第4話【アンタが大切だから】
でっかかった。
目の前に
車を停めたユーシアとリヴは、死んだ魚の目で黄金に輝くビルを見上げていた。こんな趣味の悪いビルを建てたのは、本当にあのアラジンなのか?
巨大な黄金のビルを前に、ユーシアはポツリと呟く。
「リヴ君、爆破してって言ったらやってくれる?」
「それがシア先輩の望みなら」
黒い
こんな趣味の悪いビルに強盗へ入るぐらいなら、焼け落ちたビルから無事な金品を拾った方がまだマシな気がしてきた。
いや、火事で焼け落ちたビルから拾えるものなどタカが知れている。ユーシアとリヴの目的は金品であり、いつものように快楽を優先した殺人ではないのだ。
今回ばかりは、確実に金品を手に入れたいところである。
「よし、リヴ君。俺は腹を決めたよ」
「押し入りますか?」
「そうしよう。どうせろくでもないことが待ち受けているんだろうけど、それでも今回は金品が目的だからね」
確実に大金を手に入れなければならないので、今回は理性を働かせよう。殺人はなるべく避ける方向で。
リヴはユーシアの意見へ全面的に賛成な様子で、ビルの入り口に足音もなく歩み寄る。出入りにはカードキーが必要になるらしく、ビルの入り口には電車の改札に似た機械が置かれていた。
無理やり押し入れば、きっと警備員が飛んでくるに違いない。それでも真正面から乗り込む以外の作戦は、面倒なのであまりやりたくない。
なので、必然的にこうするしかなかった。
「よいしょ」
ユーシアは純白の対物狙撃銃を構えると、その銃口をビルの入り口に向ける。
眠り姫の【OD】であるユーシアは、他人に対物狙撃銃を向けても傷つけられない。対人に向けることは禁じられた対物狙撃銃を突きつけても、相手が人間であれば絶対に傷つかずに眠りを与える。
しかし、向ける対象が建物の壁などの無機物であれば、本来の役割を取り戻す。誰も傷つけられないが、物であれば破壊できる。
至近距離であれば、照準をしないでも十分に狙える。
長い銃身を三脚で支え、車の天井に乗せる。本当はボンネットに乗せるべきなのだろうが、あいにくボンネットが潰れてしまっているので天井を使うしかない。
「破壊するだけなら得意だよっと」
遠くもなく近くもない位置にあるビルの入り口へ対物狙撃銃を照準し、ユーシアは引き金を引く。
タァン、と響く銃声。
射出された弾丸が、ビルのガラス扉を吹き飛ばして改札にも似た機械を破壊する。
ガラス扉と改札みたいな機械をまとめて吹き飛ばした対物狙撃銃の威力に、リヴは「ひゅう」と下手くそな口笛を吹いて称賛する。
「さすがですね。シア先輩の対物狙撃銃、威力強すぎません?」
「生家に代々伝わるものだよ。凄いでしょ」
「そもそも純白にカラーリングした対物狙撃銃なんて見ませんもんね」
「本当だよ。両親に聞いておけばよかったなぁ、この対物狙撃銃ってどこで手に入れたのか」
とりあえず、凄いスキルが付与されているとか、そういう漫画的なアレはなさそうだ。いや、漫画的なスキルが宿っていたら怖いが。
「では、行きますか」
「そうだね。行こうか」
破壊された機械の残骸を蹴飛ばしながら、ユーシアとリヴはついに黄金のビルの内部へ足を踏み入れた。
ビルの受付部分もまさに絢爛豪華の言葉がふさわしく、磨き抜かれた大理石の床はまるで鏡のようだ。受付には女性が座っているが、ユーシアが対物狙撃銃で入り口を吹き飛ばしたにも関わらず、彼女はそこに座ったままだ。
不審に思ったリヴが受付に座る女性に近寄ると、彼女は唐突に喋り始めた。
「いらっしゃいませ。ご用件をお伺いします」
「――シア先輩、これロボットですね。受付嬢ロボットです」
「よく出来てるね。今の技術って凄いや」
「飲み続けると常識を失う代わりに異能力を手に入れる【DOF】とかそうですね」
「いや、本当にその通りだよ」
ユーシアは純白の対物狙撃銃を持ち上げると、受付嬢の顔面に銃把を叩きつけた。
ごきゃッ、という鈍い音がして受付嬢ロボットの首が折れる。
床の上を転がる生首は「ご用件を、ご用件を」と何度も繰り返している。ある意味ホラーだ。
「さて、お金はどこにあるかなっと」
「最上階ですかね。行ってみますか」
「そうだね」
受付をぐるりと見渡すと、エレベーターを発見した。
しかし、残念なことにエレベーターは途中までの階層にしか行かないようだ。
このビルは全部で三五階建て、このエレベーターでは一五階までにしか行かないのだ。一五階まで行って、別のエレベーターに乗り換える必要があるらしい。
ユーシアはエレベーターのボタンを押し、
「一五階まで行って、別のエレベーターに乗り換えないとダメみたいだね」
「面倒なものですね」
「こんなチャチなビルなんだから、一気に行ければいいのに」
「そうですね。やっぱりアラジンは殺しましょうよ。精神衛生的に、アラジンは生かしておくべきではありません」
「お金を強奪してからね」
全てはお金を強奪してからだ。
こんな趣味の悪いビルを建てたアラジンを殺すのも、他の誰かを殺すのも、自分たちを指名手配した裏社会を牛耳るマフィアの頂点を殺すのも、全部。
お金がなければ、明日を生きていくことも出来ないのだから。
リヴもそのことを理解しているようで、徐々に一階へ向かっていくエレベーターをぼんやり眺めながら応じる。
「そうですね。――ねえ、シア先輩」
「ん、どうしたのリヴ君」
す、とリヴがユーシアの前に進み出る。
同時に、エレベーターが一階に到着したことを告げるポーンという音が耳朶を打った。
異変を感じ取った時にはすでに遅く、エレベーターの扉がゆっくりと開く。
「来ます」
短く告げたその矢先のこと、完全に開いたエレベーターから銃弾の雨嵐がリヴへ襲いかかった。
☆
連続して聞こえる銃声が、飛び散る赤い雫が、ユーシアを現実に引き戻す。
開け放たれたエレベーターから出てきたのは、何度も見たあの黒服どもだ。FTファミリーの下っ端である。
そして、ついさっき犠牲になったのは。
「リヴ君ッ!!」
何発か銃弾を貰った影響で、リヴの着ている黒い
フードを目深に被ったリヴの瞳からは、なおも光は消えていない。
鋭い眼光でエレベーターからノコノコと降りてきた黒服連中めがけて、栓を抜いた手榴弾を投げつける。手榴弾が床に落ちる前に、ユーシアの手を引いて真っ黒なてるてる坊主はエレベーターの前から撤退した。
ッッドン!! と爆発音。
衝撃はビル全体を揺らし、パラパラと破片が天井から降ってくる。
「づッ、何発か貰いましたね……」
「喋らないで、リヴ君!! 喋っちゃダメ!!」
ユーシアはリヴの
華奢に見えてしなやかな筋肉がつけられたリヴの身体からは、あちこちから血が噴き出ていた。どの傷口も銃弾が貫通しているので問題はなさそうだが、もし内臓が傷ついていたら大変なことになる。
顔を
「何でこんなことしたの!? 自分が何をしたのか、分かってるの!?」
「分かってますよ」
どんどん血の気が失せていくリヴは、
「それでも、アンタが大切だから」
本当に珍しく、リヴは綺麗に笑いながら言った。
「柄にもないですけどね」
「本当に、柄にもないことをするよ……」
ユーシアはリヴの治療を諦め、彼を担ぎ上げる。
軍人時代に負傷した味方の兵士を抱えるより、相棒の青年は軽かった。
純白の対物狙撃銃をライフルケースにしまい、リヴを抱き上げたユーシアは入り口へ走る。追っ手が来ないことをひたすら祈りながら、負傷した相棒を後部座席へ寝かせた。
「リヴ君、まだ生きて」
運転席に乗り込んだユーシアは、車を発進させながら願う。
「俺、まだ生きてるんだから」
彼が死ぬ時は、自分が死ぬ時と同じなのだから。
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