Ⅴ:砂漠の盗賊は偽りの財で身を固める
第1話【悪党だってやばい時がある】
「げ」
まるで蛙が潰れたような声を上げたのは、財布の中身を確認するユーシアだった。
彼の視線は薄っぺらな黒い長財布に注目され、その中身は驚くことにレシートしかない。
あとはもう小銭しかなく、今日の昼食すら確保することが危うい状況である。これは本当に「げ」としか言いようがない。
その異常事態を告げる声を聞いた真っ黒てるてる坊主ことリヴは、財布を見ながら石化するユーシアに「どうしました?」と問いかける。
「リヴ君」
「はい」
「大変なことが起きました」
「はい」
「お金がありません」
「…………はい?」
ユーシアが「ほら」とリヴへ財布を見せると、
「げ」
「あ、お前さんも同じ反応をするのね」
自分と全く同じ反応をするリヴに、ユーシアは苦笑した。
ユーシアとリヴは、厳密に言えば無職である。
悪党である彼らは基本的に仕事をせず、なければ他人から奪うことをモットーとしている。金がなければ裏社会を彷徨う雑魚を二人や三人ぐらい殺して解体して売るし、なんなら強盗だってしてやる所存だ。
もちろん、他人から依頼されるという場合もある。
その際は報酬を貰って殺しを代行するが、依頼を引き受けるということを大々的に宣伝していないので、依頼数はそこまで多くない。片手で数えるぐらいである。
そんな訳で、今までどうにかなっていた家計が大変なことになった。
「やばいですよ、シア先輩。僕らのご飯どうなるんですか」
「部屋があれば節約できるんだけどねぇ。【DOF】のお金も馬鹿にならないし」
「【DOF】を薄めるべきでしょうか……」
「それはやらない方がいいよ。いざって時に【OD】の異能力が使えなくなったらお話にならないから」
ユーシアは財布をしまうと、
「よし、リヴ君」
「何です?」
「『
「お」
「珍しいですね。強盗ですか?」
「強盗ですよ」
なければ他人から奪う――ユーシアとリヴはいつでもそうしてきて。
だから今回も同じことだ。お金がなければ、他人から奪えばいい。
そもそも、今は指名手配中なのでまともに仕事を探しても、すぐに警察へ突き出されるのがオチだ。そして、食事が出来ずに餓死して死ぬという情けない事態だけは避けたい。
ユーシアが強盗を提案したのは、ちょっとした心当たりがあるのだ。
「リヴ君、これ読んでみて」
「今日の新聞ですね」
ルームサービスを頼んだ際についてきた新聞を手渡し、ユーシアは「一面ね」と言う。
リヴは言われた通りに新聞を広げ、一面を飾る記事へ視線を走らせる。
掲載された写真は布の台座に置かれた美しい宝石で、なんと『一億ドルの価値がある』とデカデカと書かれていた。
「砂漠から掘り起こされた奇跡の宝石……掘り起こしたのは宝石商のサラーヴ・アラジン氏……」
「その記事を読んだご感想は?」
「もちろん、決まっていますよ」
リヴは新聞を丁寧に折り畳み、綺麗に微笑んだ。
「次の獲物はアラジンですね。ワクワクします」
「ついでにお金もたんまり稼げるし、一石二鳥じゃない?」
「そうですね」
そうと決まれば話が早い。
ユーシアはライフルケースを背負い、リヴは雨合羽に仕込んだ暗器を確認する。
今回の敵はアラジンだ。魔法のランプにお願いして築いた財宝の数々をいただきに行こうではないか。
その前に、まずやるべきことがある。
「情報収集から先だね」
「そうですね。やっぱりユーリさんですか?」
「うん。まあ、あの人も暇だろうしすぐに応じるよ」
いつも【DOF】を調合するあの男の顔を思い浮かべ、ユーシアは携帯電話から彼の番号を呼び出した。
☆
「朝早くから呼び出されたのは、金がないからアラジンのところに乗り込んで強盗してくるってか。お前ら、本当に常識をどこにやったの?」
「犬に食わせたよ」
「猫に食わせました」
「吐き出させてこい」
カフェで購入したコーヒーを片手に、男三人で井戸端会議をする。
内容はもちろん、宝石商のサラーヴ・アラジン氏についてだ。
敵を知るにはまず情報収集が先である。SNSを探ってもいいが、ピノキオの時と違って余計な情報まで釣りかねない。こっちは一大事なのだ、明日の朝食どころか今日の夕食すら危ういのだから。
朝早くから叩き起こされて呼び出されたユーリは、砂糖やミルクを一切入れないブラックコーヒーを啜りながら言う。
「アラジンの【OD】――ああ、サラーヴ・アラジン氏だっけな。【OD】になってから金持ちになったんだよな」
「どんな異能力か、分かる?」
「当然」
ユーシアの質問に対して、ユーリは自慢げに胸を張る。
「あいつの異能力は偽造。つまり、宝石や金銭の偽物を作り出す能力だよ」
「え、じゃあ築き上げた財産は偽物って訳?」
「いや、あれは本物。あいつは宝石商だろ? 本物に限りなく近い偽物を生み出して、金持ち連中に売っ払ってんだよ」
リヴは砂糖とミルクをたっぷりと入れたコーヒーを啜りつつ、
「それでは、今朝の新聞に掲載されていたあの宝石は?」
「『砂漠の瞳』だっけな。あれも偽物だろうよ。あんなものを買わされた大富豪も、まあ不憫だよな。一生気づかねえぞ」
ユーリは空っぽになったコーヒーのカップをゴミ箱に放り込む。
「強盗をするなら、確かにお勧めの物件だわな。だがまあ、注意しろよ」
「何がよ」
「何がって、決まってんだろ。他の御伽話連中だよ」
ビシッとユーシアとリヴをそれぞれ指で示し、ユーリは警告する。
「赤頭巾、人魚姫、ピノキオともう三人だ。FTファミリーだって馬鹿じゃない。お前らの攻め方も、そろそろ学んでくる頃合いだろうよ」
「だから?」
ユーシアはコーヒーを一気に飲み干して、自分たちの身を案じてくれているユーリにそう返す。
学んできていることは理解している。
相手はゲームルバークの裏社会を牛耳る巨大組織だ。当然、色々と情報屋を抱えていて、彼らに頼んでこちらを探っているに違いない。ネアとスノウリリィのことを嗅ぎつけられでもしたら大変だ。
空になったカップを握り潰し、ユーシアは清々しいほどの笑顔でユーリに言う。
「ねえ、ユーリさん。一つだけお願いしてもいい?」
「何だよ、藪から棒に」
「ネアちゃんとスノウリリィちゃん、しばらく預かっててもらえない?」
指名手配されているのは、FTファミリーの敵はユーシアとリヴだけだ。
ネアとスノウリリィは何も関係はない。彼女たちが連れ攫われるのは、ユーシアとリヴにとっても痛手だ。
いくら【OD】でも、裏社会特有の血みどろな事情に巻き込むのは危険すぎる。
それはリヴも同意見のようで、ユーシアの提案を横から聞いても何も言わなかった。ただ「熱ッ」とコーヒーを飲んで呻いているだけだった。
「捨てるのか?」
「まさか。FTファミリーを全員ぶっ殺して、女王陛下を地べたに這いつくばらせて殺したあとに迎えに行くよ」
預かっている以上、最後まで面倒を見るのが筋だろう。
ただ、ユーシアとリヴもいつ死ぬか分からない。
簡単に死んでやるつもりは毛頭ないが、それでも万が一の場合がある。その時は、彼女たちを守れる存在に預けておいた方がいい。
ユーシアとリヴの固い意志を感じ取ったユーリは、
「……お嬢さん方の説得はどうするんだ?」
「ちゃんと聞かせるよ。連絡もこまめに取るし」
「なあ、ユーシアよ」
ユーリは真っ直ぐにユーシアを見つめると、
「お前、簡単に死んでくれるなよ。お嬢さん方を悲しませんな。――死ぬんだったら、一緒に連れて行ってやれよ」
「それは無理な相談だね」
ユーシアは肩を竦め、
「俺の隣で死んでくれるのは、リヴ君一人で十分だよ」
道連れにするのも、一緒に地獄の底まで行くのも、全て相棒だけに許した特権だ。
残念ながら、彼女たちも一緒に地獄の底まで連れて行くことは出来ない。まだそこまで彼女たちも邪悪ではないのだ。
もう戻れないところまで引っ張り込むのは、相棒として歩んできたリヴだけで十分である。
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