【四時間目】
基本的に、身体を動かす授業は好きだ。
座学も好きだが、現国や歴史の授業は眠くなる。根っからの理数系が原因なのか不明だが、ただ文章を読んでいると夢の世界へ誘われてしまう。
その点、身体を動かす授業であれば眠る心配はない。特に体育の授業は目が覚める。
「――お腹減ったなぁ」
グラウンドにポツンと立ち尽くすユーシアは、晴れ渡った青い空を眺めながら呟く。
ただいま体育の授業中である。
授業内容はサッカーだが、ユーシアの出番は全くない。
遠くの方で隣のクラスの生徒も混ざって一つのボールを追いかけているが、自陣のゴールに敵の気配はない。いつボールが飛んできてもいいように、ユーシアは防御に徹する。
とはいえ、暇なものは暇だ。退屈を紛らわせる為に「ふあぁ……」と欠伸をしたユーシアは、ゴールを守るクラスメイトへ振り返る。
「暇じゃない? さっさとゴールしてくれないかなぁ」
「しぶといんだよな、隣のクラスの連中」
ゴールを守るクラスメイトも、わちゃわちゃと集まってボールを追いかける生徒にうんざりしている様子だった。
「隣のクラスにサッカー部が多いだろ? ムキになってんじゃね?」
「面倒だなぁ。さっさと終わってほしいんだけど」
グッと背筋を伸ばすと、ユーシアは校庭の隅にテニスボールが落ちているのを発見した。
おそらく、テニス部が片付け忘れたボールだろう。
元は綺麗な蛍光緑だったが、使い倒された影響で表面が汚れてしまっている。落ち葉なんかも装備してしまい、完全に忘れ去られている気配さえあった。
どうせ防御に徹したところで、生徒は敵陣のゴール付近でわちゃわちゃしているのだから少しぐらい離れてもいいだろう。
「ごめん、ちょっと」
「どこ行くんだ? トイレ?」
「そこのテニスボールを拾いに」
ユーシアはゴールを守るクラスメイトに一言だけ告げ、校庭の隅に忘れ去られたテニスボールを拾いに行く。
汚れたテニスボールをニギニギしながら自陣まで戻ってきたユーシアは、手持ち無沙汰にテニスボールでお手玉を披露する。
大きさもちょうどよく、空気もしっかり入った状態だ。投げれば弾むだろうし、当たれば痛い。
「お、キャッチボールでもする?」
「これ遠くまで投げたらどこまで飛ぶかなぁ」
「そんなに遠くに行くか?」
敵陣の付近でわちゃわちゃとボールを追いかけていた生徒が、徐々に中央へ移動しつつあった。
そろそろ真面目に防御しないとまずいかもしれない。
ボールの動きに注目するユーシアは、手元に握りしめたテニスボールへ視線を落とした。
これをぶん投げたら、運良く隣のクラスの生徒に当たらないだろうか。
そんな邪悪なことを考えたユーシアは、思わず実行に移してしまった。
決して他意があった訳ではない。身体が勝手に動いたのだ。
「えいッ」
本当に他意はなかった。
当たったら面白いだろうな、という悪戯程度の気持ちだった。
意外としっかり投げられたテニスボールは、ちょうどボールを持った隣のクラスに属するサッカー部のエースにぶち当たる。
眼球や鼻っ面とかではなく、眉間に吸い込まれた。狙撃で行っちゃえばヘッドショットである。
テニスボールによって眉間をぶち抜かれたサッカー部のエースは、そのまま仰向けに倒れてしまった。
「…………おっと」
てーんてーん、とテニスボールがグラウンドを跳ねて転がる。
ユーシアは「やっちまった」とばかりに顔を引き攣らせた。
まさか本当に当たるとは思っていなかった。しかも眉間に。見事なヘッドショットを決めてしまったが、罪悪感も後悔も反省も不思議と湧いてこない。
心の底から湧き上がってくる感情は、たった一言。
「ざまあみろ」
ピピーッ!! という笛の音が耳を劈いた。
反則であることは、誰が見ても明らかだった。
☆
英語の時間である。
外国人教師と英語担当のおっさん教師が楽しげに会話している光景を眺めさせられるという苦行を強いられ、リヴはうんざりしていた。
英語の授業であれば、教師はユーシアにやってもらいたいところだ。
彼は英語が堪能なので、きっと有意義な授業になるだろう。間違いない。よし英語担当の教師はさっさと死すべき。
「……理科の授業だったら解体してやりましたのに……」
ポツリと小さな呟きは、外国人教師の愉快な受け答えによって掻き消される。
教科書を読んでいる作業にも飽きてきたので、リヴは仮病でも使って授業を抜け出そうかと試みる。
だが、問題なのは外国人教師だ。ふくよかな体格をしたおっさん教師にバレたら、恥ずかしさで二度ぐらい死ねる自信がある。あとついでにあの陽キャぶりに当てられたら蒸発する。
「どうしましたか?」
「あ、いや……外で授業やってて、それで……」
男子生徒が恥ずかしそうに報告すると同時に、ピピーッ!! という静寂を切り裂くような笛の音が聞こえてくる。
そう言えば、この時間はユーシアが外で授業をしている最中だったか。
もしかして彼に何かあったのだろうか。
椅子を弾き飛ばさん勢いで立ち上がったリヴは、素早く窓に飛びついた。やや汚れた窓ガラスの向こうに広がるグラウンドで、多数の生徒が混ざっている様子が確認できる。
「オーリオ君、座りなさい。今は授業中ですよ」
「うるさいですよ。そこまでネイティブな英語じゃないんですから、大人しく教科書を読む作業に戻ったらどうですか」
注意してきた英語担当のおっさん教師に対して暴言を吐くリヴは、ついにお目当ての生徒を発見した。
集まる生徒から外れたところで、肩を竦める金髪の男子生徒。
全員から非難するような視線を浴びる彼は、体育担当の教師に笛を吹かれてグラウンドの隅に逃げた。どうやら何か一悶着あったようで、一人の男子生徒がグラウンドに仰向けで倒れ込んでいる。
あの倒れている生徒、もしやサッカー部のエースでイケメンと有名な彼ではなかったか?
「お、やたらいけ好かないサッカー部のエースが無様に寝転がってますね」
「どこだッ!?」
「見せろッ!!」
「気絶した顔面はブサイクか!?」
クラスの非モテどもが、こぞって窓際に集まる。これでは授業どころではない。
慌てふためく教師陣を置き去りにし、窓際に集まった非モテどもは口々に「ざまあみろ」「イケメンは爆ぜろ」「誰がやったんだ?」と言う。
退場させられたということは、おそらくユーシアがやらかしたのだろう。手段は不明だが、さすが尊敬できる先輩だ。
「しーあーせーんーぱーいーッ!!」
窓を開けたリヴは、教室から校庭にいるユーシアへ呼びかける。
校庭の注目が集まるが、彼は最初から一人の先輩にしか目がない。
校庭の隅に移動したユーシアが顔を上げたところを確認し、リヴはさらに言葉を続けた。
「やっちゃいましたー!?」
それに対する返答は、
「テニスボールを投げたら、眉間にヒットしちゃったぁ!!」
さすがユーシアである。投げたテニスボールを眉間にクリーンヒットさせる腕前を持つとは、やはり狙撃手は伊達ではない。
数々のサバイバルゲームで狙撃手として活躍し、何人もの兵士を沈めてきた天才狙撃手の腕前は、たとえ得物がボールに変わっても健在だったか。
非モテどもが「テニスボールだってよ」「凄え」「どんなコントロール力してんだ」と言い合うのを横で聞きながら、リヴは窓から身を乗り出しながら校庭にいるユーシアへ呼びかける。
「そっちに行ってもいいですかぁ?」
「授業中じゃないの?」
「サボれる口実を探していたんです」
「大声で言っちゃダメでしょ」
「とにかく行きますね」
窓は開けたまま放置して、リヴは教師の制止すらも振り切って飛び出す。
やはりあの先輩は最高の先輩だ。
どこまでも面白い。
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