小話【その後、彼らは本当に一緒に寝たのか】

「はい、おやすみ」



 ユーシアの号令で、全員は就寝する。


 二つある客室のベッドは、片方は女性陣が占領し、片方はリヴが隅っこに丸まって眠っていた。

 肝心のユーシアは相棒とはいえ若い子と同衾するのもアレなので、ドレッサーの椅子に座ったまま寝ようと思っていた。その前に、日課にしている対物狙撃銃の整備をしようとライフルケースを手繰り寄せる。


 すると、壁に張り付くような体勢で眠っていたリヴが、音もなくムクリと起き上がった。何かのホラー映画かと思って「ひえッ」と上擦った悲鳴が、ユーシアの口から漏れる。



「え、ちょ、リヴ君? 寝てるよね?」


「起きてますが?」


「寝ようよ」



 自分にもブーメランで返ってきそうな発言をするユーシアに、リヴが不満げに唇を尖らせる。



「何でベッドを使わないんですか」


「いや、さすがに若い子の隣では寝られないでしょ」


「シア先輩なら平気です」



 リヴはベッドの空きスペースをポンポンと叩き、



「ほら、どうぞ」


「どうぞ、じゃないでしょ。リヴ君、こんなおっさんが隣で寝てたら嫌でしょ。お前さんの好きな幼女ならまだしも」


「はあ……分かりました」



 小さなため息を吐いたリヴだが、ユーシアの言い分に納得を示した訳ではなかった。


 ベッドから立ち上がったリヴは、何故かドレッサーの椅子に座るユーシアの前に立つ。じっと顔を見下ろしてくる彼の表情はどこまでも無であり、洞窟のような黒い瞳は不気味な空気を醸し出す。

 ゆらりと彼の足が持ち上がり、ドレッサーの台座を蹴飛ばす。どかッ、というやたら大きな音と、リヴの蹴りの威力にユーシアの肝が冷えた。


 コテン、と可愛らしく小首を傾げたリヴは、



「寝ますよね?」


「ういっす」



 先程まで一〇階の庭園でしょぼくれていた時とは正反対だ。

 多分、ここでなおも「寝ない」と主張すれば、今度は武器が飛んで来かねない。耳を切り取られるか、目を抉られるか、想像したくない。


 対物狙撃銃をライフルケースにしまい、ユーシアは諦めてリヴの隣で寝ることにする。


 すでにリヴは壁際で待機していて、ユーシアが眠るスペースを空ける為にピッタリと壁と同化している。さすがにそこまでスペースを取るつもりはないのだが。


 ベッドに寝転がったユーシアは、壁際のリヴに背を向けて大きな欠伸をする。

 人魚姫の舞台を見て、ネアの騒動があり、さらに人魚姫の【OD】だったテレサ・マーレイとそのマネージャーの殺害と慌ただしい一日だった。正直なところ疲れていたので、リヴの申し出はありがたい。



(んー……ベッドで寝るの久々だなぁ)



 常日頃からソファで眠る習慣がついてしまっていたので、ベッドで眠るのは随分と久々な気がする。


 瞳を閉じれば、すぐに睡魔がやってくる。

 そのまま意識が何も見えない深淵に落ちていき――。


 するり、と。

 何か細いものが、ユーシアの腰に巻きついた。



「んあ?」



 ウトウトと船を漕いでいたユーシアは、自分の腰に視線を落とす。


 不思議なことに、リヴの腕が巻きついていた。

 もっと言っちゃえば、リヴが背中に張り付いていた。今まで彼が張り付いていたのは壁なのに。


 これはもしかして、ユーシアの背中を壁と勘違いなさっておられる?



(こういうシチュエーションってさぁ、女の子がやるからドキッとするんじゃないの? ほら豊かな胸が当たってキャーみたいなさぁ)



 しかし、背中で感じるのは平たい男の胸である。トキメキもクソもあったものではない。


 相棒の考えていることがいまいち分からないユーシアは、とりあえず寝ることを選択した。

 別に害はないし、怪我をするようなこともない。リヴだって人間なのだから眠るだろうし、誰かに抱きついて眠りたくなる時だってあるだろう。少し歳が離れた弟が甘えてきた感覚だ、きっとそうだ。


 リヴの存在は無視して眠ろうとしたユーシアだが、



「シア先輩」


「…………」


「寝てますか? シア先輩」


「…………」



 リヴが呼びかけてきた。


 まだ起きてたのか、とユーシアは胸中でツッコミを入れた。

 反応するのが面倒なので、もう無視することにしたが。


 どうせロクな話題ではないと勝手な判断を下したが、何を思ったのかリヴは「よし」と呟く。


 何が「よし」なのだろう、と考えたその時、何故か強制的に体の向きを変えられて見慣れない天井が視界いっぱいに飛び込んでくる。

 ついでに、何か重たいものが体の――特に下半身にのしかかっている。少しだけ首を持ち上げると、リヴが馬乗りになっていた。



「リヴ君、何してんの」


「おや、起きてしまいましたか」


「起きるでしょ、普通」


「返事をしなかったので寝ていたと思ったのですが」


「面倒だったんだよ、返事が。どうせロクな話題じゃないでしょ」



 ユーシアは自分の髪を掻くと、



「重いから退いてよ。眠い」


「何故です?」


「え、まさか俺を敷布団にでもするつもり? お前さんは鬼か悪魔なの?」


「シア先輩は鈍感ですねぇ。そんなんじゃ彼女なんか出来ませんよ?」


「昔いたからいいの。革命戦争の時に別れちゃったけど」



 そんな古傷を容赦なく抉ってくる相棒を無視して、ユーシアはとっとと寝ようとする。



「シア先輩」


「もー……何よリヴ君。重いからそろそろ退いてほしいんだけど」


「嫌です。まだ始まってませんので」


「何を企んでるのか分からないけど寝かせてよ、本当にぃ」


「寝ますか?」


「寝るんだよ、俺は。眠いんだから」



 眠気のせいでリヴが何をしようと考えているのか理解できていないユーシアは、もう彼を無視してそのまま寝ようとする。


 馬乗りになるリヴ、彼の「寝ますか?」発言。

 ――あれ、ちょっと嫌な予感がするぞ?


 パッと瞳を開くと、馬乗りになった状態の相棒の青年は綺麗に微笑んでもう一度問いかけた。



?」


「もしかしてそれ隠語じゃないよね? アレ的な展開にはならないよね!?」


「シア先輩はどっちがいいですか?」


「俺の性癖はノーマルです!! お願いだから降りて、夜のテンションで馬鹿にならないで!!」



 珍しい状況だからか、相棒も随分とはしゃいでいるようだ。


 幸いなことは、女性陣が全く起きる気配がないということだろう。

 ネアとスノウリリィは男性陣のドタバタなど知らずに、夢の世界から帰ってこない。この体勢を見られたら死ねる自信があるので、どうか女性陣にはそのまま眠っていて貰おう。


 ユーシアは「お願いだから、大人しく寝て!!」と小声で懇願し、



「眠くないならランニングでもしてきたら?」


「指名手配中に呑気にランニングなんかしてたら、明日の朝にはトップニュースになってますよ」


「殺されてたって?」


「街中で血の海が、みたいな話題が……」


「俺の貞操が無事なら他人の命ぐらい安いものだよね。よしリヴ君、行ってきなさい」


「一人は嫌です、シア先輩行きましょうよ」


「俺は眠いって言ったでしょ。眠れないなら羊でも数えなよ」


「羊を一匹ずつ殺していけば寝れますかね?」


「余計に寝れないね。――ああ、もう!!」



 ユーシアは腹の上に乗るリヴを無理やり払い除け、ベッドの側に置いてあるライフルケースを手繰り寄せる。

 箱の中に横たわった純白の対物狙撃銃を構えると、その銃口をリヴへ突きつけた。


 劇場での出来事とはまた状況は違うが、ユーシアは本気である。

 今度こそ、リヴを撃つ。



「お願いだから寝て、お願いだから」


「シア先輩、でも」


「言い訳無用!!」



 引き金を引く。


 ユーシアにしか見えない幻想の少女を貫通した弾丸が、リヴの眉間をぶっ叩いた。

 衝撃で後頭部を強かにぶつけるが、ずるりとベッドに倒れ込んだリヴの表情は安らかなものだった。


 白煙の立つ対物狙撃銃をライフルケースにしまい、ユーシアはベッドに横たわる。



「撃った相手を眠らせる異能力でよかったぁ」



 まさか【OD】の異能力がここで役に立つとは思わなかった。


 ようやく安眠を得られたユーシアは、そっと瞳を閉じて意識を手放すのだった。



「うーん……シア先輩がショタになったら、足ぐらい余裕で舐められます……むにゃむにゃ」


「…………もうリヴ君の隣で寝ない、絶対に」



 不審な寝言を宣うリヴに、ユーシアは二度と彼の横では寝ないと固く誓うのだった。

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