第6話【目覚めた少女は人魚姫を仕留めるか】
うるさいの。
とても、とてもうるさいの。
やなおんがくなの、ねあきらいなの。
せっかくねてたのに、めざましどけいよりいやなおとなの。
おきたら、にんぎょさんがうたってた。
にんぎょさん、こんなにおうたがへただったっけ?
まえにきいたときは、とてもおじょうずだったのに。
さあ殺し合いなさい 殺し合いなさい
大切な彼女を 奪い合いなさい
勝者に祝福を 敗者には死を
戦いとは 奪って殺し合うもの
さあ憎み合いなさい 憎み合いなさい
貴方たちは 止められない
どちらかの命が尽きる その時まで
無意味な戦いを 続けなさい
なにをうたってるの?
いみがわかんないよ。
だれにいってるの?
にんぎょさんがむいてるほうをみたら、おにーちゃんとりっちゃんがいたの。
おにーちゃんが、りっちゃんにしろいのむけてるの。おにーちゃんの、たいせつなおしごとのどうぐ。
おにーちゃんは、あのしろいのを、だれかをころすためにつかってたの。
ねえ、それでりっちゃんをころしちゃうの?
りっちゃんは、おにーちゃんのたいせつなひとでしょ?
ねあ、おにーちゃんとりっちゃんがいっしょにいるの、すきだよ。おにーちゃんも、りっちゃんも、ねあのたいせつなひとだよ。
にんぎょさん、うるさい。うたわないで。
そのおうたが、ねあからおにーちゃんとりっちゃんをうばうの?
「やだ……」
だいじに、だいじにいれておいた、ねあのたからもの。
おにーちゃんとりっちゃんがくれた、てんしさまのないふ。
「やだよ……」
にんぎょさん、もうおうたはやめて。
ねあから、なにもうばわないで。
「ねあから、おにーちゃんとりっちゃんを、とらないで!!」
☆
テレサ・マーレイに馬乗りとなったネアが、天使のモチーフがついた大振りのナイフで人魚姫の心臓を貫いた。
「かッ」
短い最期の言葉を吐き出して、テレサはあっさりと死んだ。
殺意を後押しするような歌声は消え、ユーシアとリヴが悩んでいた頭痛から解放される。
純白の対物狙撃銃を下ろし、ユーシアは舞台に寝転がるテレサを見下ろすネアへ視線をやる。
「ネアちゃん」
呼びかければ、ネアは弾かれたように顔を上げる。瞳に涙を滲ませ、タンと舞台を蹴飛ばして空を飛ぶ。ふわふわと虚空を移動しながら、彼女はユーシアの頭に抱きついた。
「おにーちゃん!! りっちゃんとけんかはだめ!!」
「喧嘩じゃないよ」
「でもだめなの!!」
ぎゅううう、とネアはユーシアの頭を強く抱きしめてくる。
腹にしがみつかれている時と違い、今は頭である。
ネアの意外と大きい二つの膨らみが容赦なくユーシアを窒息させようと押し付けられているのだが、この状況を羨んだリヴに殺されないか心配である。非常にまずい状態だ。
ユーシアは「苦しいよ、ネアちゃん」と腕の力を緩めてもらい、
「ほら、俺もう武器を向けてないでしょ。最初から喧嘩するつもりなんてないんだから」
「ほんと? ほんとだよ?」
ネアはユーシアの言葉を怪しむ素振りを見せるが、ゆっくりと離れていく。それから放心状態で立ち尽くすリヴに抱きつき、
「りっちゃん、だいじょーぶ? おにーちゃん、こわいもんね」
「……ええ、そうですね」
ネアの言葉に肯定を示したリヴは、
「普段怒らない人を怒らせると、本当に怖いんですね」
「ええー、俺そんなに怖くしたつもりはないよ」
「シア先輩の殺気は洒落にならないんですよ。元軍人ってことを理解してください」
リヴにピシャリと言われてしまい、ユーシアは反省する。
まあ本気で殺すつもりはなかったのだが、リヴには悪いことをしてしまった。後日、ちょっと労ってやろう。
――とはいえ、仕返しされる可能性も捨てきれない。意外とリヴは根に持つのだ。
「じゃあ、ネアちゃんも戻ってきたし、客室に戻ろうか。リリィちゃんも心配してるからね」
「うん」
「ちゃんとリリィにごめんなさいするんですよ」
「はぁい」
リヴに捕まるネアは「あ、ないふわすれちゃった」と舞台に引き返す、
テレサの心臓を貫いた天使のモチーフが特徴のナイフを引き抜き、彼女はべっとりと刃についた血を見て「よごれちゃったぁ」と嘆く。
一般人であれば殺人という罪に対して恐れを抱くだろうが、ネアもまた【OD】なので常識は記憶の彼方に吹き飛んでしまっている。彼女が重要視しているのは殺人の罪よりも、ナイフに付着してしまった赤い汚れの方だ。
汚れてしまったナイフを両手で持ちながらぷかぷかと浮かんで戻ってくるネアは、リヴにナイフを押し付ける。
「りっちゃん、よごれちゃった」
「客室に帰ったら洗いましょうね」
「うん」
「それって普通に洗えるものなの?」
「特殊な方法を使います。企業秘密です」
「暗殺者じゃなくてお掃除業を名乗ったらいいんじゃない?」
そんな会話をしながら、三人は劇場から立ち去ろうとした。
しかし、出来なかった。
背後からカツカツという足音が聞こえてきたのだ。
「て、テレサ、さん?」
聞き覚えのない声に、ユーシアとリヴは振り返る。
祭壇のみが設置された舞台に、新たな人の姿があった。
一つに引っ詰められた黒髪に銀縁の眼鏡をかけた姿は、知的な印象を周囲に与える。灰色のスーツに身を包んだ格好は、おそらくマネージャーだろうか。
祭壇の影に隠れるようにして倒れるテレサを見つけた彼女は、胸から血を流して倒れる舞台女優に顔を引き攣らせる。
一般人である彼女は【DOF】も知らなければ【OD】とも無縁で、なおかつゲームルバークの裏社会を牛耳る最大派閥のマフィアの存在など知らずに生きてきたはずだ。
だから、テレサ・マーレイが人魚姫の【OD】で、歌声で他人を魅了する異能力を持っていることを知らないのだ。演技力に関してはテレサ自身の実力だが、異能力を持ち出されればユーシアやリヴだって容赦はしない。
そんなことよりも、非常にまずい状況だ。
何せ、テレサ・マーレイを殺したのは指名手配されているユーシアやリヴではない。
ここにいる、指名手配とは全く関係ないネアなのだ。
「シア先輩」
「了解」
純白の対物狙撃銃を構えたユーシアは、テレサの死体へ駆け寄ろうとするマネージャーの女に狙いを定めて引き金を引く。
タァン、という銃声が劇場内に響く。
マネージャーが足を止めるより先に、その眉間へ対物狙撃銃の弾丸が突き刺さった。
もちろん、寸前でユーシアにしか見えない幻想の少女が殺傷力を削ぎ落としてくれたので、マネージャーには傷一つない。ただし、そのまま永遠に目覚めない眠りに囚われてしまったが。
「しまったな、マネージャーの存在もいたなんて想定してなかった」
「どうしますか? 始末します?」
「うーん……」
ユーシアは周囲に何か使えそうな道具はないか、と視線を巡らせる。
舞台には二人分の死体と祭壇のみが置かれ、舞台装置自体はまだ手をつけていない。
何か重いものでも吊るして、うっかり落としてしまったという事故死に見せかけられるかもしれない。
「次の舞台の確認をしていたら、舞台セットが落下して二人が押し潰されて死亡という形にしようかな」
「警察は無能ですが、さすがに心臓を刺したことは気づくのでは?」
「難しいなぁ。リヴ君ならどうする?」
「僕なら……そうですね」
リヴはあえて手袋を外し、テレサが持っていたナイフを握る。それからその刃を、すでにネアが突き刺した傷に刺し込んだ。
ずぶり、とナイフの刃が彼女の心臓を再び突き刺し、ゆっくりと抜くと刃は赤く汚れてしまっていた。
それをマネージャーの手に握らせると思いきや、リヴはそのナイフをポイと捨てる。
平然と戻ってきたリヴは、
「僕たちはちょうどよく指名手配されていますし、この状況を利用しましょう。ネアちゃんとリリィに注目が向かなければいいだけですし」
「そうだね。うん、その方向で行こう」
リヴの行動に、ユーシアも異論はない。
世間の注目がネアとスノウリリィに向かなければいいだけの話で、ユーシアとリヴがいくら悪く言われようと関係ない。立ち向かってくる勇気があれば、かかってくるといい。
ネアが「だいじょぶ? ねあ、わるいことしちゃった?」と心配してくるが、ユーシアは少女の頭を優しく撫でる。
「大丈夫だよ。俺とリヴ君がまた人気者になるだけだから」
「むー……にんきものになっちゃったら、ねあ、あそんでもらえなくなっちゃう……」
「人気者になっても遊んであげるよ――リヴ君が」
「たまにはシア先輩も遊びましょうよ。昼ドラおままごとは面白いですよ」
「リヴ君、本気で言ってる? こっちはおっさんだよ?」
有名な舞台女優とそのマネージャーを殺した罪を背負う悪党二人は、純粋無垢を装う少女を連れて劇場を立ち去った。
この二日後、テレサ・マーレイとマネージャーを殺害したのは、指名手配中のユーシア・レゾナントールとリヴ・オーリオの仕業であるとニュースが流れることとなった。
ネットはテレサ・マーレイの訃報による嘆きの言葉やユーシアとリヴに対する怒りのコメントが溢れたが、
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