第5話【阿鼻叫喚の赤頭巾地獄】

 夜のゲームルバークを徒歩で移動し、ユーシアとリヴは再びクラブ『レッド』の前に立っていた。


 昼間と打って変わって、建物からクラブミュージックが爆音で響いている。窓の向こうでも色とりどりの光が煌めいていて、盛り上がっていることは嫌でも分かる。

 チカチカと目に優しくない光を発するメルヘンな看板を見上げて、二人揃って死んだ魚のような目をする。



「……リヴ君、リヴ君」


「何でしょう、シア先輩」


「とりあえず爆破ってことは可能?」



 居酒屋の注文で「とりあえず生」のテンションで、ユーシアはリヴに注文する。


 リヴは「可能ですよ」と死んだ魚の目のまま親指をグッと立てて応じ、黒い雨合羽レインコートの袖から真っ黒なパイナップルを滑り落とす。

 もちろん、品種改良に成功した芳醇なパイナップルではなく、手榴弾である。一体どこから入手したのか、という質問をしてはいけない。


 腹の底にズンズンと響くクラブミュージックを聴きながら、リヴは窓ガラスを側に落ちていた石を使って叩き割る。

 パリン、という破壊音は音楽によって掻き消される。窓ガラスから中の様子を窺うと、やたら派手な服を着た男女がミラーボールの下で踊り狂っていた。


 それだけなら、普通のクラブと言える。

 問題は彼らに酒を提供する、従業員の方だ。



「リヴ君、ここは地獄かな?」


「シア先輩、いい加減に現実逃避は辞めませんか」



 リヴに諭されて、ユーシアは諦めて現実を認識することにした。


 クラブ『レッド』の従業員は、誰も彼もがあのメルヘンチックな赤頭巾を被っていたのだ。

 酒を提供するチャラめな男も、迷惑客を摘み出すマッチョな男も、舞台上で踊り狂う綺麗なおねーさんも、男女問わず赤い頭巾を装備していた。


 派手で露出高めな衣装を身につけて、舞台上で汗を流しながら踊る綺麗なおねーさんが赤頭巾を装備しているだけなら、まだ許容範囲である。

 だが、野郎まで赤頭巾を装備するのは論外だ。確実に吐き気を催す現象である。


 フロアで踊り狂う若者は、どうして彼らの異常性に気づかないのか。


 酒に酔っ払っている影響か、雰囲気に酔っ払っている影響か。彼らが店側の異常性に気がつかない理由は、様々なことが予想できる。

 ただ、ユーリの言う通りだった。ここはまともな感性を持つ一般人が訪れるべき店ではない。



「リヴ君、爆破」


「了解です」



 しっかり頷いたリヴは、ピンを口に咥えて引き抜き、盛り上がったフロアの中に手榴弾を投げ込む。


 耳を押さえてしゃがみ込み、背中を真っ赤なビルの壁に押しつけ、ユーシアとリヴはビル全体を揺るがす爆発の衝撃から逃れる。

 背後からッッッッドン!! という爆発音から遅れて、鼓膜が破れない勢いで流れていたクラブミュージックが歪んだ旋律を奏でる。音響設備が爆発によって壊されたのだろう。


 ユーシアとリヴは、ゆっくりと窓からビルの内部を覗き込む。


 輝いていたミラーボールは破壊され、踊り狂っていた客ごと肉片になっている。「うー、うー」と痛みに呻いている客もいるようだが、どうせそのうち死ぬだろう。

 赤頭巾を装備した従業員も、残らず吹き飛ばされていた。かなり威力のあった手榴弾だったらしい。



「威力は抑えたんですが、ワンフロア程度ならこれですか。なかなかいいですね」


「リヴ君、ごめんね。多分しちゃいけない質問なんだと思うんだけど、あの手榴弾ってどこで手に入れたの?」


「ネットショッピングでポチりました」


「密林?」


「いいえ、ブラックマーケットですよ。今の時代、ネットショッピングが基本でしょう」



 真剣な表情で言ってのけるリヴ。


 ユーシアは「そうだね、ネットショッピングって便利だもんね」と納得したその時、バタバタバタバタ!! と荒れ果てたクラブへ誰かが駆け込んできた。



「な、な、何これぇ!! 私のお店が酷いことにぃ!!」



 惨劇となったクラブを目の当たりにして叫ぶのは、



「……赤頭巾かな」


「あれが【OD】ですかね」



 窓から様子を窺いながら、ユーシアとリヴは敵の観察をする。


 お客様や従業員だったモノを踏みつけながら黒焦げになったクラブを歩き回るのは、年端もいかない少女である。

 純白のワンピースを翻し、メルヘンチックなデザインの赤頭巾で頭を守っている。頭巾から溢れる髪色は明るめの茶で、無難に三つ編みをされていた。


 泣きそうな表情で自分の店を見渡す赤頭巾の少女は、小さな両手で目元を押さえて「ふえーん」と子供のように泣きじゃくる。



「誰がこんなことをしたのぉ? 酷いよぅ……」



 爆心地の中心で涙を流す赤頭巾の少女を窓から眺めながら、ユーシアはリヴへ問いかける。



「リヴ君、あの子はドストライクじゃないの? ロリじゃん」


「シア先輩の目は節穴ですか? それとも洞窟ですか?」


「怖ッ、リヴ君の顔が怖い。あとその手を近づけるの止めて」



 右手をチョキの状態にして言うリヴに、ユーシアは「ごめん、ごめん」と慌てて謝る。



「僕をロリコンの類にされては困るんですけど。僕は立派な紳士さんです」


「はいはい、分かってるって」


「大体、あれは男の娘じゃないですか。【自主規制】がついてる時点で僕の守備範囲の対象外です」


「え、嘘でしょ。あの子って【自主規制】ついてるの? ええ……」



 どう見ても女の子にしか見えない赤頭巾ちゃんだが、立派な息子がいらっしゃるとは思えなかった。なるほど、あれが流行の男の娘か。

 時代は性別の垣根を越えたらしいが、あれはもうどう反応していいのか分からない。男と処理すればいいのか、女と処理すればいいのか、ユーシアの脳味噌がバグっている。


 すると、ユーシアとリヴのやり取りが聞こえたのだろうか、赤頭巾がぐるりと首をこちらに向けてくる。



「誰だァ……ボクを男だと言う奴はァ……?」



 凶悪に笑った赤頭巾と目が合ってしまったユーシアとリヴは、慌ててその場から駆け出した。


 逃がすか、と背後から恐ろしい声が聞こえてきたのは、全力で気の所為だと思いたい。



 ☆



「走ってください、シア先輩!! 赤頭巾にされますよ!?」


「赤頭巾にされるって何!? 想像したくないッ!!」



 懸命に足を動かしながら、ユーシアは叫ぶ。


 あの凶悪に微笑んだ赤頭巾から逃げ出し、ユーシアとリヴはゲームルバークの裏通りを駆け抜ける。

 時間帯が夜だからか人通りも少なく、縄張りにしているだろう悪党たちも顔を出さない。もしかしたら、この辺りの悪党は殺してしまったのかもしれない。



「ぜえ、もうダメ……はあ……り、リヴ君、お、俺は……もう、赤頭巾になるしか、ないのかな……」


「頭皮を毟って本当に赤頭巾にしてやりますよ、シア先輩!! ほら走って!! 気合を入れてください!!」


「無理ぃ……運動不足の退役軍人にそんなことを言わないでほしいぃ……」


「泣かないでくださいよ、本気で赤頭巾になりたいんですか!? あのメルヘンチックな赤頭巾を被りたいんですかッ!?」


「やだぁ、それもやだぁ……げほッ、ごほッ」



 ユーシアは仕方なしに足を止めて、呼吸を整える。


 この辺りには使っていないビルが山ほどある。だからこそ、悪党の根城になりやすいのだ。

 追いかけてくるのであれば、ここで迎え撃てばいいだろう。


 ライフルケースを背負い直したユーシアは、そびえ立つ古いビルを品定めするように見上げる。



「俺はいつも通り、裏方に徹するよ。リヴ君は赤頭巾との殺し合いを頼めるかな?」


「お望みは肉片ミンチですか?」



 リヴの両手には、いつのまにかチェーンソーが装備されていた。


 本当に、一体どこから出したのだろうか。

 この前ネアがテレビで夢中になっていた青色の狸が不思議な道具わ出した時に似ているが、あの狸はあそこまで凶悪な代物を自信満々に掲げなかった。


 思わず遠い目をしそうになったユーシアは、



「ねえ、リヴ君。それどこに仕込んでたの?」


「嫌ですね、シア先輩。僕の雨合羽の下は不思議の国なんですよ……?」


「モジモジしながら言うことじゃないよね、リヴ君。お前さんの雨合羽の下は裸でしょうが!!」



 チェーンソーの出所を聞いたらシナを作るリヴにツッコミを入れ、ユーシアは近くのビルに駆け込んだ。


 ふざけるけれど、リヴは優秀な相棒だ。あの赤頭巾如きに負けるはずがないだろう。

 階段を駆け上がりながら、ユーシアはどこが狙撃ポイントとして適しているか探す。

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