第4話【理不尽な殺意こそ悪党の真髄】

「はあ、今日は嫌なものを見たなぁ」


「そうですね。チンピラの格好をした赤頭巾ちゃんなんて、もはや大惨事以外の言葉が見当たりませんよ」



 夕闇に包まれる表通りを歩くユーシアとリヴは、揃って疲れたようにため息を吐いた。


 今日は精神的に疲れた。

 あの地獄のような赤頭巾ちゃんの集団は、さすがに【DOF】によって常識を捨て去ったユーシアとリヴにも堪えるものがあった。あんなものと同じ空気を吸って生きているだなんて、正直なところ考えたくない。


 建ち並ぶ店から漏れる明かりがゲームルバークの街並みを飾り、何も知らない一般人は帰路を急いでいる。

 時折、若者が「ねえ、あれって……」「だよね……」と携帯を片手に囁くのは、ユーシアとリヴが指名手配されている影響だろう。情報がネットの世界にも出回っているのか。


 あとでもう一度エゴサーチをしておいた方がいいかもしれない、とユーシアは若者たちの反応を眺めながら決める。



「どうしますか、殺しますか?」


「労力が無駄だから辞めておいて」


「了解です」



 隣を歩くリヴが声を潜めて会話する若者を一瞥しながら提案し、ユーシアは却下を言い渡す。


 噂する若者をいちいち殺していたらキリがない。このゲームルバーク内で、一体どれほどの若者がいると思うのか。

 何も知らずにコソコソと噂話をする程度であれば、ユーシアにもリヴにも直接的な被害はない。ただし、面白半分で喧嘩を売ってくるならば容赦はしないが。


 ユーシアは重たいライフルケースを背負い直すと、



「それよりも、次の宿泊先だよね。いつまでもムーンリバーホテルに滞在する訳にはいかないし」


「いくつか綺麗そうなホテルを見繕っておきましょうか」


「頼める?」


「いえ、この程度であれば問題ないです。地獄の赤頭巾集団を相手にするより、全然マシです」



 黒い雨合羽レインコートのフードの下で、リヴは真面目な表情で言う。


 本当に有能な相棒である。少し殺意が強い部分が難点だが、色々と気がつくのでありがたい。

 彼以上に安心できる人間など、この世に存在しないだろう。ネアとスノウリリィは戦力外だし、ユーリは論外だ。


 心の底からリヴが相棒でよかったと思うユーシアは、視界の端に立派な外観のホテルを見つける。


 獅子の銅像が外からの来訪者を出迎え、豪華なシャンデリアが高い天井から下がる。ホテル独特の匂いが鼻孔を掠め、大小様々な荷物を抱えた利用客がフロントに詰め掛ける。

 ホテルの従業員が一瞬だけ「何事か」というような表情をしたのは、ユーシアとリヴが指名手配されたからではなく、リヴが黒い雨合羽を着ているからだろう。雨でもないのに雨合羽を着ているのは、もはや異常と呼ぶ他はない。


 周囲の奇異な視線を物ともしないリヴは、真っ直ぐにエレベーターへ向かった。



「ネアちゃんとリリィは無事ですかね」


「無事でしょ。あの子たちは指名手配されてないから」



 会話は出来る限り最小限で済ませ、ユーシアとリヴはエレベーターに乗り込む。


 最上階のボタンを押すと、二人だけを乗せたエレベーターはゆっくりと動き出した。

 エレベーターの壁に背中を預け、ユーシアは「はあ」と深いため息を吐く。



「もう疲れちゃったな。クラブ『レッド』を攻め込む前に寝そう……」


「僕が行きますか? 跡形もなくビルごと吹き飛ばしますが」


「それは俺も見たいから一緒に行くよ。――でも、どうやって潰そうかなぁ」



 やはり、手っ取り早く爆破するしかないだろうか。


 普通の人間なら考えないことに対して思考回路を働かせていると、ポンとエレベーターが目的の階層へ到着したことを告げる。

 ゆっくりと開かれる扉の先には、静かな廊下が伸びていた。最上階には一部屋しかないので、声や音が全く聞こえてこない。


 ふかふかの絨毯を踏みつけながら、唯一の部屋を目指すユーシアとリヴ。



「今日の晩ご飯はどうしよう」


「リリィが買い物に行ってくれていると思いますよ」


「……ついでに晩ご飯を作っておきましたって展開になっていなければいいけど」


「そうなった暁には、クラブ『レッド』に差し入れますか。パイ投げよろしく顔面に叩きつけましょうよ」


「リリィちゃんの料理がついに武器として活躍する瞬間だね」



 そんな他愛のない会話をしながら、ユーシアは部屋の扉の施錠を解いて、分厚い扉を開く。



「ただいまぁ」


「ただいま戻りました」



 挨拶をすることも忘れない。悪党だって、挨拶は基本である。



「おかえりー」



 パタパタと廊下から、赤い頭巾を被ったネアが出迎えてくれる。


 フリルで縁取りされた可愛らしいデザインの頭巾だ。すっぽりと頭を守る赤い頭巾と彼女が好んで着る白いワンピースの相性は抜群で、童話から赤頭巾ちゃんが出てきたかのような錯覚に陥る。

 先程まで地獄の赤頭巾ちゃん集団と殺し合っていたので、ネアの可愛らしい格好には物凄く癒された。


 ぽすん、とユーシアに抱きついてきたネアは、



「りりぃちゃんにね、かってもらったの。にあう? にあう?」


「うん、似合うよ。とても可愛い頭巾だね」


「えへへ」



 可愛いと褒められたのが嬉しかったのか、ネアはご機嫌な様子である。ニコニコとした可愛い笑顔で「ほめられちゃった、ほめられちゃった」と部屋へ戻っていく。


 あれこそが、本来の赤頭巾の使い方だ。

 可愛い少女が身につけてこそ、赤頭巾というメルヘンな代物は真価を発揮する。決してむさ苦しいおっさんが、チームの象徴として身につけるブツではないのだ。



「リヴ君、どうしたの?」


「……シア先輩、僕は気づいてしまったかもしれません」



 ネアによる赤頭巾ちゃんがよほど効いたのか、玄関で棒立ち状態のリヴが雨合羽のフードの下でクワッと目を見開く。



「ネアちゃんは可愛いのに、あのむさ苦しい赤頭巾の集団が生存していることを僕は許せません。許し難い現実です。どうしましょう、シア先輩。今すぐあの赤頭巾野郎どもをくびり殺してやりたいです!!」


「わあ、目が血走ってる。とりあえずリヴ君は落ち着こうね、はい深呼吸」



 赤頭巾ちゃんが可愛いものだと再認識したリヴは、精神的な疲弊よりも赤頭巾を冒涜するむさ苦しいチンピラどもの存在が許せさなかったようだ。

 ギラギラと黒い瞳を血走らせて相棒に詰め寄る真っ黒てるてる坊主は、ユーシアに深呼吸を促されて「すぅ、はぁ」と律儀に深呼吸を何度か繰り返す。


 深呼吸をしたことで落ち着きを取り戻したらしいリヴに、ユーシアは改めて問いかける。



「はい、今どんな気持ち?」


「むさ苦しい赤頭巾をこの世から退場させてやりたいです」


「うん、変わらないね」



 残念なことに、深呼吸をした程度ではリヴの理不尽な殺意を抑え込むことは不可能だったようだ。


 ユーシアは「じゃあ武器の用意でもしてて」とリヴに言いつけ、自分は手洗いとうがいを済ませてから台所に立つ。

 何度も言うが、料理の出来る人間はユーシアしかいないのだ。スノウリリィは自分の料理の腕前を「ちょっと下手くそ」と思っているだけで、食べれば簡単にお花畑が綺麗な川に送られる料理を作っている自覚がまるっきりないのだ。


 何を示しているのか――このままユーシアが料理をサボれば、ネアがスノウリリィに殺されかねない。リヴはほとんどユーシアと行動を共にすることが多いので回避できるが、ネアは多分スノウリリィの料理から逃れる方法を持っていない。


 昼間にネアとスノウリリィが調達してくれたらしい食材のラインナップを確認して、ユーシアは「パスタかパエリアかなぁ」と悩む。



「ネアちゃんはどっちがいい?」


「ごはん?」


「そうそう。パスタかパエリア、どっちがいいかなって」


「みーとそーすがいい」



 スノウリリィに化粧を落としてもらいながら、ネアが夕飯のリクエストをしてくる。ミートソースということは、自然とパスタになる。


 ユーシアは台所に備え付けられたフライパンを手に取って、早速料理を作っていく。


 ――背後で聞こえてきたチュイーンチュイーンだとか、ギガガガガガガとか、ジャラララララララッとかの音は聞かなかったふりをした。工事現場はこんな近くになかった気がする。



 ☆



「じゃあリリィちゃん、俺たちまた出かけてくるからネアちゃんのことを頼めるかな?」


「どちらへ行かれるのですか?」



 とりあえずネアとスノウリリィの夕食を作り終えたユーシアは、ライフルケースを背負って玄関に向かう。


 心配そうにこちらを見てくるスノウリリィに、どういう言い訳をしようか考えるユーシア。手っ取り早くて確実は方法は携帯電話に収めた写真を見せてしまうことだが、それは無垢な少女と良識的な元修道女の精神に異常を来しかねない。


 かと言って、素直に「赤頭巾の集団を殺しに行ってくるね」と言えば、間違いなく頭の中身がおかしい大人として認定されてしまう。

 ネアはそんなことを思わないだろうが、スノウリリィに頭がおかしい認定を受けるのは癪だ。リヴほどではないが、ユーシアも彼女に対して殺意を抱いてしまう。


 すると、先に玄関で待機していたリヴが音もなくユーシアの背後に立ち、



「ちょっと頭のおかしな大人たちを屠ってくるので、邪魔しないでくださいね」


「頭のおかしな大人!? い、一体どんな方々なんです!?」


「リリィ、それ以上はいけません。名状しがたき神話生物を目撃して、SAN値チェックすることになりますよ」


「リヴさんがたまに訳の分からない台詞を使うのですが、ユーシアさんは理解していらっしゃるのですか!?」


「ううん、俺も理解してない。でも『正気を保てなくなるからついてこない方がいい』って言ってるのは分かる」



 唐突にスノウリリィが質問を投げつけてきたので、ユーシアもほぼ反射的に答えてしまう。言葉の意味は理解していないが、彼の言いたいことは何となく想像できる。



「りりぃちゃん、おうちでまってよ?」


「ネアさん……」


「おにーちゃんとりっちゃんにとって、きっとたいせつなことなんだとおもうの。だからね、おうちでおかえりをまってよ?」



 スノウリリィのメイド服の裾を引っ張って、ネアが家で留守番するように促す。悪党側に立っていながらも、よくここまで聞き分けのいい子になったものだ。


 ネアの説得を受けて、スノウリリィは渋々と言った様子でユーシアとリヴを送り出す。「ちゃんと帰ってこないと、朝ご飯は私が作りますね」と脅し文句のおまけ付きで。


 重厚な扉が閉まる音を背後で聞きながら、静かなホテルの廊下を歩く二人。

 目的はもちろん、あのむさ苦しい赤頭巾の集団をこの世から完全に退場させることだ。これは世の為人の為、当然ながら自分の為である。



「そう言えばリヴ君」


「何ですか?」


「武器を用意してって言ったんだけど、工事現場のような音が聞こえてこなかった? 何してたの?」


「チェーンソーとか、ハンドクラッシャーとか、色々用意していましたけど」


「やっぱり工事でもするの?」


「え? 必要ですよね? 建物を壊すには必須の道具ですよ。あとは重機があれば」


「建物ごと抹消させるのは決定事項なんだね」



 建物の破壊を目論む相棒に苦笑し、ユーシアはエレベーターを呼んだ。

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