第3話【お妃様のお側には】
地獄の赤頭巾集団を手っ取り早く片付けて、ユーシアとリヴは電話を寄越してきたユーリと合流する。
「何でファーストフード店なんだろうね」
「いいだろ、別に。食べたかったんだよ」
大きめのハンバーガーにかぶりつくユーリは、対面に座るユーシアに「で?」と問いかける。
「忙しかったみたいだけど、指名手配されてるのに外出ていいのか?」
「こっちもこっちで情報収集しようかと思ったんだけどね、裏側に足を踏み入れた途端に絡まれた訳だよ」
フライドポテトを口に運びながら、ユーシアは遠くを見やる。
脳裏をよぎったのは、あの赤頭巾集団が敵として立ちはだかる地獄絵図だ。もう二度と見たくない。
彼らは残らずリヴの手によってこの世から退場し、むさ苦しい赤頭巾ちゃんの集団は日の目を見なくなった。非常に喜ばしいことである。
ユーシアの隣でやたら背の高いハンバーガーを解体しながら食べるリヴは、
「それで、情報が手に入ったんですよね?」
「ああ、うん。――お前って見かけによらず大食いなんだな」
「さっきまで運動してましたからね。動物性タンパク質がほしくなるんですよ」
プラスチックのナイフとフォークを使ってパティを消費していくリヴは、やや引き気味の様子を見せるユーリに「早くしてください」と促す。
炭酸飲料をストローで吸い上げたユーリは、懐から携帯電話を取り出した。
液晶画面に指を滑らせて携帯電話を操作し、写真付きの文章をユーシアとリヴの眼前に突きつける。もちろん、トップを飾る写真はアップルリーズ議員だ。
文章のタイトルは『FTファミリー』とある。
「FTとは御伽話の頭文字を使っているみたいだな。そのボスがこいつ――グリムヒルド・アップルリーズ。奴の下には七つの御伽話がついている」
「御伽話?」
「まあ、こっちの業界用語だな。分かりやすく言えば【OD】を筆頭にした下部組織だよ」
ユーリは携帯電話の液晶に触れ、画面を下へスクロールする。
アップルリーズ議員の写真が見えなくなると、その下にある文章が露わになる。次にまとめられているのは、FTファミリーに所属する下部組織とやらだ。
「赤頭巾、人魚姫、輝夜姫、ピノキオ、三匹の子豚、アラジン、マッチ売りの少女――どれもこれもメジャーな【OD】だね」
「しかも割と凶暴だ。不思議の国のアリスがいねえだけ、まだマシと思うしかねえだろうがな」
ユーリは平然と『アリス』の名前を口にして、即座に「悪い、地雷だったか」と謝罪する。
彼が謝罪する必要性など、一欠片もない。
かつてアリスの【OD】によって家族を無惨に殺害されたユーシアだが、その復讐はすでに達成されている。目的だったアリスの【OD】はこの世から退場させたし、もうアリスを追わなくていいのだ。
ユーシアは「大丈夫だよ」とホットコーヒーを啜りながら応じ、
「聞きたいんだけど、赤頭巾がトップの下部組織って『レッドウルフルズ』って名前じゃない?」
「よく知ってるな。FTファミリーの中で一番頭のおかしなところだぞ、そこ」
「まあ、身を持って分かってるからね」
ユーシアが肩を竦める隣で、リヴが「食事中に気持ち悪いことを思い出させないでください」と苦言を呈する。
気持ち悪いこと、とは何事だろうか。
確かに吐き出したくなるほどの阿鼻叫喚だったことは間違いないが、思い出しても笑いを誘う。
恥を捨てた赤頭巾の集団を思い出して「ぶッ」と噴き出してしまったユーシアに、ユーリが怪しげな視線を寄越してくる。
「おい、本当に大丈夫かよ。【DOF】じゃなくて、変なドラッグを決めたんじゃねえよな?」
「いや、本当に大丈夫……ねえ、ユーリさんは男が可愛い赤頭巾を被った格好って見たことある? 結構気持ち悪いし、面白いんだけど」
「やっぱり新種のドラッグでも決めたのか?」
「決めてないんだよなぁ、これが。ねえリヴ君、俺たちが見たものは本物だよね?」
「辞めてください。今思い出したら、僕は胃の中身をアンタの顔面に叩きつけます」
「嫌な脅し方だね、リヴ君ッ!?」
懸命に思い出さないようにしているのか、リヴは一心不乱に巨大なハンバーガーを解体して口に詰め込んでいる。
確かに、これはもう思い出さない方がいいのかもしれない。
ユーシアも「ごめん」と短く謝罪して、フライドポテトを摘んだ。
「赤頭巾の本拠地は分かる?」
「クラブ『レッド』の本店だな」
「本店? 俺たち、さっきまでクラブ『レッド』にいたけどさ。雑居ビルの地下にある奴。見事に潰れてたんだけど、違うの?」
「多分、そこは支店だな。クラブ『レッド』の本店はめちゃくちゃ阿呆なクラブだよ。そもそもトップの赤頭巾自体が頭おかしい奴だから、そいつが作った店なんてタカが知れてるよな」
ハンバーガーの包装紙をくしゃくしゃと丸めてトレーに転がすと、ユーリは言葉を続ける。
「いいか? クラブ『レッド』に行くなら、絶対に正気を保てよ。腹抱えて笑ってたら死んでましたってオチになったら、俺はお前らの墓前で『だから言っただろ』って言ってやるから」
「え、そんなに酷いところなの? 行きたくなくなってきた」
「酷いも酷い、まともな奴は絶対に行かない場所だ。本当なら行くのをお勧めしないんだけどな」
カップの中の炭酸飲料を物凄い勢いで啜って、それからユーリは苦笑しながら言う。
「まあ、笑うか吐き気を催すかはお前ら次第だ。――ただし、俺は言ったからな。俺の責任にするんじゃねえぞ」
☆
クラブ『レッド』の住所を教えてもらったユーシアとリヴは、目的地を目指して裏通りを歩く。
途中で賞金目当ての雑魚に何度か絡まれたが、三秒と経たずにリヴが沈めていた。ユーシアが対物狙撃銃を構える暇もなかった。
基本的に後方支援担当なので、ユーシアが前衛で戦う必要はないのだが、リヴの殺人の技術がますます向上している気がする。
「えーと、そろそろ到着する頃合いなんだけどなぁ」
「あの建物では?」
リヴが指で示した建物には、メルヘンな看板が掲げられていた。
夜になればネオンで彩られるのだろうか。電線で飾られた文字には、確かに『RED』とある。
その周囲には蝶々やチューリップ、赤い頭巾を被った少女の絵が飾られている。赤頭巾の【OD】が経営者であることを主張しているのか、それとも単に可愛いものが好きなのか。
看板だけではユーリの言う「まともな奴は絶対に行かない場所」だと判断できない。下手をすれば、看板の可愛さに釣られて一般人が足を踏み入れそうな予感がある。
「店の様子を見ることは出来ないかな」
「窓から見れますよ」
ユーシアとリヴは、窓から暗い店の中を覗き込む。
割と広めな店内は薄暗く、まだ開店前だということが分かる。
バーカウンターにダンスフロアなど、クラブと呼べる設備が整っている。メルヘンチックな内装が気になるところだが、現時点では異常性を見つけることが出来ない。
一通り店内を観察したユーシアとリヴは、
「案外普通だね」
「そうですね。あの人の情報、間違いではないんですか?」
「いやー、そんなことはなさそうだけど」
店内が可愛らしく飾られているので、そういうコンセプトで営業しているのは理解できる。
これを頭がおかしいと断言してしまうと、さすがに「偏見だ」という注意が聞こえてきそうだ。
それにしても、彼は一体どの部分をもって「まともな奴は絶対に行かない場所」と示したのだろうか。
「開店するまで待ってみる?」
「そうですね。どうせ夕方になるでしょうし」
クラブ『レッド』が開店するまで待つ方向で意見が一致したユーシアとリヴは、とりあえず身を隠せそうな場所を探そうと窓から視線を外す。
「おう、お前ら。こんなところでなァにしてんだ……?」
目の前に、赤い頭巾を被ったむさ苦しい男が立っていた。
それも、一人や二人ではない。一〇人以上の集団全員で、仲良く赤い頭巾を被っていたのだ。
悪夢の再来である。今が食事時でなくて本当に助かったが、先程食べたばかりのハンバーガーが胃から逆流しそうだ。
二度目の地獄を目の当たりにすることとなったユーシアは、思わず絹を裂くような悲鳴を上げてしまった。
「嫌ああああああああああああああッ!! 変態がああああああああああああああッ!!」
背負っていたライフルケースから純白の対物狙撃銃を取り出すことなく、その硬い箱の角で赤頭巾の横っ面をぶん殴っていた。
突然の暴力に耐えられず、吹き飛ばされる男の赤頭巾。あまりの衝撃に脳震盪を起こし、彼が起き上がることはなかった。
仲間が殴られた瞬間を呆然と眺めていた他の赤頭巾どもは、ハッと我に返ると「テメェ!!」とユーシアに詰め寄る。
「どうなるか分かってんのか!?」
「それはこっちの台詞ですが」
赤頭巾の顎へナイフの刃を突き入れ、喉を引き裂くリヴ。
噴き出す鮮血に
「今日で何度目ですかね、野郎の赤頭巾に囲まれるのは。ロリならともかく、野郎が赤頭巾を被るなんて似合っていませんよ。ええ、吐くほど似合いません」
真っ赤に染まったナイフを握りしめたリヴは、ユーシアへ自動拳銃を投げる。
「後ろは任せましたよ」
「分かってるよ。俺だって、もうこんなの御免だよ」
自動拳銃を片手で受け取ったユーシアは、その銃口をむさ苦しい赤頭巾の一人へ向けるのだった。
悲鳴を上げたのはユーシアたちの方だが、殺害されたのは赤頭巾の格好をしたむさ苦しい野郎どもの方だった。
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