Ⅱ:赤頭巾は可愛いものがお好き

第1話【動き出そう、情報を探して】

 ムーンリバーホテルという宿泊施設がある。


 外観は高級ホテルそのもので、カジノも併設されたゲームルバークの中でも屈指の高級感を漂わせるホテルだ。

 名前から察することは出来るが、かつてネアの父親が経営していたホテルである。父親はユーシアとリヴによっていつものように殺されてしまい、経営権は誰かが引き継いだようで、現在も変わらず観光客を受け入れている。


 現在、朝の六時。

 ゲームルバークの人間は、そろそろ起き始めた頃合いだ。



「ふんふーん、ふーん」



 最高な景色を一望できるムーンリバーホテルの最上階、一泊の代金が想像したくないほど高額なスイートルームに陽気な鼻歌が響く。


 立派なキッチンで備え付けの調理器具を使用し、ユーシアはご機嫌な様子で朝食を準備していた。ベーコンを焼き、慣れた手つきで卵を熱したフライパンに落とす。

 人数分のベーコンエッグを作りながら、リビングに設置されたテレビで朝のニュースを確認する。大画面には綺麗に化粧をした女性キャスターが、真剣な表情でニュース原稿を読み上げていた。



『続いてのニュースです』



 女性キャスターの朗々とした声に、ぱちぱちという油が弾ける音が合いの手を入れる。



『スノウホワイト氏殺害の容疑者である、ユーシア・レゾナントールとリヴ・オーリオについての最新の情報です。この二名はゲームルバークマーケットの地下駐車場にて持ち主を殺害した上で車を盗み、なおも逃走を続けている模様』


「ぶッ」



 思わず吹き出した。


 何かもう、原稿を作る能力がないのかと思うぐらいに、事実しか並べられていない。それを真剣な表情で読み上げる女性キャスターも、ほんの僅かでもいいから疑問を持たなかったのだろうか。

 テレビ画面には破壊される前の監視カメラの映像が使われていて、さらにユーシアが純白の狙撃銃を構える瞬間までバッチリと映っていた。その前に至っては、しっかりとリヴがスーツの男たちを殺害する瞬間が記録されている。


 ベーコンエッグを白い皿に盛り付け、ユーシアは深々とため息を吐いた。



「幸いなのは、ネアちゃんとリリィちゃんの存在が明るみに出てないことぐらいかなぁ。うん」



 もしここで『彼らの仲間』と称してネアとスノウリリィが紹介された暁には、ユーシアもリヴもテレビ局に乗り込む所存である。今はまだメディアも女子二名の存在には気づいていないので、そこまでの暴力性は発揮しない。

 ニュースコーナーは最後にユーシアとリヴの目撃情報を求むことを知らせてから、芸能人のゴシップニュースに変わる。綺麗に着飾った女性キャスターが笑顔を振り撒きながら出てきて、明るい声で原稿を読み上げ始めた。


 さして興味のない芸能人同士の結婚の話題を聞き流しながら食パンをトースターに突き刺すと、部屋の扉が開く音を聞いた。



「おはようございます……」


「おはよう、リヴ君。よく眠れた?」


「いつも通りです」



 寝癖だらけの黒髪を掻きながら、リヴがリビングに姿を現す。


 特大の欠伸をしながらテレビを一瞥した彼は、



「いいニュース、ありました?」


「ろくな情報はないよ」



 ユーシアは肩を竦め、ガシャッと飛び出た食パンをトースターから取り出す。軽い焼き目がついた食パンをベーコンエッグの横に添えて、朝食は完成だ。


 朝食の皿をリヴに「はい」と差し出し、ユーシアはいそいそと飲み物の準備もし始める。長期的に泊まることを想定されているのか、それともかつて住居として使用されていた影響か、冷蔵庫の中身は意外と充実している。

 二つのカップにインスタントコーヒーの粉と熱湯を入れ、片方をリヴに突き出す。うつらうつらと船を漕いでいたリヴはコーヒー独特の匂いで目を覚まし、黒い液体が満たすカップを受け取った。



「…………ゔぁッ」


「何、その声」


「起き抜けにコーヒーはきついです。牛乳ください」


「言うと思った」



 ユーシアは牛乳をリヴの前に置き、



「ブラック飲めないの?」


「飲めないことはないですけど、朝は苦みで目を覚ましたくないんです。あと胃にきついです」


「今度から牛乳とかにする?」


「日本人の僕に対する『身長伸ばせよ』宣言ですか? 膝カックンしますよ?」


「どういう威嚇の仕方なの、それ」



 牛乳で苦さを緩和したコーヒーを啜りながら、リヴは「で?」と言葉を続けた。



「アップルリーズ議員の情報は?」


「ニュースではやってなかったね。俺たちの監視カメラの映像が使われてたぐらいだよ」


「シア先輩が監視カメラを壊す前に殺したのがまずかったですか」


「まずかったね」


「僕としたことが……」



 リヴは忌々しげに舌打ちをすると、苛立ちを解消するように食パンへ勢いよく齧り付いた。ザク、という音が静かな部屋に落ちる。


 ユーシアはコーヒーのカップを傾けつつ、



「ねえ、リヴ君」


「どうしましたか?」


「今日デートに行かない?」



 この状況で選ぶような言葉ではないが、台詞に込められた意味を察知したリヴは「いいですよ」と応じる。さすが相棒だ、話が早い。


 長めの前髪から覗く黒曜石の瞳が、楽しげな光を宿す。それから、彼も冗談めいた言葉を選んで言う。



「では、たくさんお洒落をしなければなりませんね」


「ネアちゃんとリリィちゃんの朝ご飯は冷蔵庫に入れておこうか」


「ついでに昼ご飯も作っておいた方がいいですよ。帰ってこれないでしょう?」


「そうだね。簡単に作っておこうかな」



 何にしよう、と冷蔵庫の中身と向き合うユーシアは、今回の事件に無関係なまま巻き込んでしまった女子二名の昼食を考える。





「おはよー……あれぇ? おにーちゃんとりっちゃん、いない?」


「あら? おかしいですね」



 遅れて起きてきたネアとスノウリリィは、誰もいないリビングを前に首を傾げる。


 ガラスのローテーブルには、メモ用紙が一枚だけ置かれていた。隅にムーンリバーホテルの紋章が印字されたメモには、綺麗な文字が並んでいる。



『朝ご飯と昼ご飯は冷蔵庫にあります。夕方には帰ります』



 ネアとスノウリリィは互いに顔を見合わせると、



「おにーちゃんとりっちゃん、おでかけしちゃった?」


「そうですね。お二人とも、今はお忙しいみたいですし」



 スノウリリィは冷蔵庫から二人分の朝食を取り出し、ネアの分を先に電子レンジの中に置いた。

 慣れた手つきでボタンを操作し、朝食を温めながら飲み物の準備をする。調理の段階がなければ、スノウリリィも食材を無駄にすることはない。


 テレビの電源を入れたネアは、薄く化粧をした女性キャスターが『おはようございます』と挨拶してきたことに対して、素直に「おはよーございます」と応じていた。



『指名手配中のユーシア・レゾナントール容疑者、リヴ・オーリオ容疑者の二名について――』



 同じようなニュース原稿を読み上げ始めた女性キャスターの声を聞きながら、ネアはテレビ画面を指差す。



「あ、おにーちゃんとりっちゃん」


「ね、ネアさんそれは……」



 指名手配という意味がよく分かっていないネアは、ニコニコ笑顔でスノウリリィへ振り返る。



「にんきものさんだねぇ」


「そ、そうですね……」



 真実を知るには、まだ先でいいだろう。


 ネアは「おにーちゃんとりっちゃん、すごいねぇ」とテレビに映るユーシアとリヴに称賛の言葉を送り、スノウリリィは少女が真実を知らないことを祈るばかりだった。



 ☆



「ぐはッ」


「ぎゃッ」


「がああッ」



 いかにも悪党が好みそうな裏通りにて、様々な悲鳴や断末魔が響く。


 汚れたコンクリートの地面には喉を切り裂かれた死体や、永遠の眠りに誘われてしまった死体が転がっている。

 およそ三〇人分の死体を作ったのは、たった二人の悪党だ。


 純白の対物狙撃銃へ新たな弾丸を詰め込みながら、ユーシアはリヴが追い詰めるチンピラに問いかける。



「ねえ、アップルリーズ議員って知ってる?」


「ぎ、ィあ、ぐ」



 リヴに肩を刺された為か、ボロボロの状態であるチンピラの肩から鮮血が溢れ出ていた。

 痛みに喘ぐチンピラは引き攣った喉を懸命に動かして、ユーシアの質問に何とか答える。



「し、知らねえッ……いや、な、名前だけ知ってる……中央議会の奴だろ……」


「マフィアの女ボスって情報は?」


「し、知らねえ、知らねえッ!! ――ぎゃあああッ!!」



 チンピラの肩につけられた傷口へ指を突っ込んだリヴが、ぐりぐりと問答無用で傷を押し広げる。



「質問には『はい』か『イエス』で答えましょうよ。ねえ? アンタだって、その方がいいでしょう?」


「リヴ君、その場合だと答えは一種類しか限られてないからね。選択肢を与えているようで与えられてないからね」



 どのみち答えは『イエス』以外に認めない方向のリヴは、ユーシアのツッコミに「でもその方がいいでしょう」と応じる。



「知らないようですので、サクッと殺してしまいましょうか」


「うん、お願い」


「あが、あああ」



 死が間近に迫る恐怖に、ついに失禁したチンピラは滂沱の涙を流しながら誰かに謝罪する。



「ごめ、ごめんなさ、ぼす、ごめんなさ」



 ざくッ。


 リヴは、チンピラの喉をナイフで引き裂く。

 ぱっくりと切れた喉から赤い血を流しながら倒れたチンピラの死体を蹴飛ばし、彼は死体の懐を弄った。



「ボスですって。何か手掛かりはありますかね」


「携帯とかは?」


「暗証番号が分かりませんよ」


「馬鹿っぽそうだから生年月日とか入れてみればいいんじゃないかな?」



 リヴは取り出した携帯電話を起動させ、



「ロックすらかけてなかったですよ」


「馬鹿なのかな?」


「だから死ぬんですよ」


「納得」



 携帯電話のセキュリティすら無視していた阿呆なチンピラを嘲り、リヴは携帯電話を操作する。その横から、ユーシアも画面を覗き込んだ。


 確認するべきはメッセージアプリやメール、それから電話帳だ。

 チンピラは最期にボスへ謝罪していたので、おそらくボスであれば情報を握っていることだろう。



「見つかりませんね」


「構成員らしき人物は?」


「知らない名前ばかりですね。――あ、でも」



 リヴが指先で触れたものは、地図アプリだ。


 少しの時間を置いて起動された地図アプリには、どこかの建物にピン留めされていた。

 ピンに触れてみると、建物名が表示される。



「クラブ『レッド』ですって」


「ふぅーん」



 少し考えたユーシアは、



「じゃあ、行ってみる?」


「そうですね、行きましょう」



 どんな相手が出てくるか不明だが、行くに越したことはない。どんな相手だろうが、殺してやるだけだ。


 携帯電話を強奪したユーシアとリヴは、死体が転がる裏通りから足早に立ち去った。

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