もう、泣き飽きた
世界は徐々に暗さを増し、空の支配権は太陽から月へと移り変わっていた。
もうすぐ完全に陽が沈む。
まりしろに言われた通り、本当に綺麗な街並みだった。夕陽が当たることによってそれがさらに美しく見える。
じきに夜が来ることを悟ると、不意に寄る辺ない不安が押し寄せた。
あたりに静けさが増し、空気が冷たくなっていく。
不意に孤独を感じて、誰かに掴まりたくなった。
孤独ではないことくらいは理解している。どうしようもないくらいに、徹底的に思い知らされている。
全身全霊をもってして彼女に話さなければいけないことがあるのに、まだ勇気が出ないのだ。なんて言えばいいのか分からない。彼女と顔を合わせることさえ罪深く考えてしまう。
会いたくない。そう考えている感情があった。
今すぐ全てを忘れて一生目を逸らし続けていたい。そんな愚かな思考がよぎってしまう。
いけないことだとは知っている。自分でも嫌になるくらい。
けれど。
でも。
だって。
だってこれは。この真実は。もう救えないくらいに。彼女たちは。
命の恩人じゃないか。
そんな恩人の顔に泥を塗るような形で、俺は心の中で彼女たちを見下してきたのだ。
召喚を拉致だと発言し。
ことあるごとに人界へ必ず帰るのだという決意を確認し、それに安心して。
どうせ元の世界に戻るのだから会話をないがしろにしようとさえ考えたのだ。
この侮辱を。
この罪悪を。
どう償えばいい。
そして何よりも今、俺は俺自身が憎たらしくてしょうがない。
殺してやりたいくらいに、馬鹿な自分を軽蔑した。
七海敬斗の境遇を知っている彼女たちに対して俺を人界へ帰せと敵意を向けて、みんなはどう思っていたのだろうか。
辛かったんじゃないのか? 苦しかったんじゃないのか? 傷ついたんじゃないのか?
好意を無下にして。俺は知らずのうちに彼女たちに傷を与えていたんじゃないのか?
ここへ来る前のこと。ここに来てからのこと。
今まで一緒に生きてきた人のこと。新しく知り合った人のこと。
色々なことを思い出す。
様々な感情がぐちゃぐちゃになって、歯止めが利かなくなっていく。
嬉しかったこと。楽しかったこと。悲しかったこと。辛かったこと。
色んなことが起こって、色んな人と接して、これまで俺は生きてきた。全てのものに影響されたからこそ、現在の七海敬斗は形成されたのだ。
顔が熱くなって、心の奥から感情がこみ上げてきて。
涙が止まらない。
鼻水が止まらない。
嗚咽がつまらない。
家族に会いたい。羽織と話したい。幼馴染に会いたい。友達に会いたい。家に帰りたい。元に戻りたい。日常に帰りたい。後悔をやり直したい。
色んな願望が、熱望が、切望が、渇望がこみ上げてきても。
それら全ては叶わない。
人は過去には戻れない。
でも。
なら、だからこそ、するべき事があるんじゃないのか?
一度終わりかけて、救われて、今もなお活動を続けるこの魂だ。
なあ、七海敬斗よ。お前は……。
奇特な人魚に。
聡明な機人に。
人の痛みを知る子猫に。
心優しい吸血鬼に。
一片氷心たる魔女に。
そして、あの高徳の召喚士に。
するべきことがあるだろう。
いくら昔を想っても、決して過去は変わらない。
だったら俺は、これからどうする。
『人の目玉は前に付いている! それはなぜだ! 前を向いて歩いていくためじゃないのか!』
出会ってすぐ、彼女が何気なく発した言葉がこうも胸を締め付ける。
七海敬斗。お前は一体、これからどうする。
陽が完全に落ちたのが見えた。
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