行けばいいじゃん

 彼の名は鴨長明という。

 カモノチョウメイではない。カモナガアキラだ。

 以前ミスカで立ち寄ったレストラン「らっしゃっせーましまし」で醤油を右手に持っていた人物である。

 日本人。同い年。身長もほぼ同じ。黒髪の好青年。召喚士の従者。

 彼は二年前に召喚されてそのまま従者になったのだという。彼の住まいはアリシア邸がある街フリルにある。割とご近所さんだ。

「まさかフリルに日本料理店があったなんてな。全く思いも寄らなかったぜ」

「欲しいもんが食べられるようになって良かったな。確かに俺もこっちに来て少しした頃に、急に和食が食べたくて堪らなくなったことがあるし、見つけた時は感動ものだったぜ。一本の映画が作れるね」

 いくらなんでも例えが大袈裟だが、日本食を恋しく思う気持ちについては大いに賛同だ。

 現在俺と鴨長がいるのはフリルにある日本料理店「彼方の刀」である。立派な和食屋だ。そこら中から日本の香りがする。ああ、なんて懐かしい。

 同い年の日本人。

 俺と鴨長が盟友になるには、それだけの理由で十分だった。

 知らぬ世界に投げ出され、あなたはこれから私の従者として生きていくのです! と言われた者同士、鴨長とは感覚を共有できるような気がした。

 事実話が上手く合う。高校の友達って感覚だ。打ち解けるのにさほど時間は掛からなかった。


「俺はボンゴレビアンコで」

「ボンゴレビアンコお一つですね」女性店員がビジネススマイルで言う。

 日本食店で洋食を頼む馬鹿一名。

「刺身定食で」

「かしこまりました〜」店員が去っていった。

 フリルへ訪れた日から十日が経過した。本日は春らしい天気で快晴。頬を撫でる風の心地良い日だった。そんな空の下、俺は鴨長を誘い食事をすることにした。

 目的はただ一つ。情報収集である。

 屋敷にいてもデバイスにはアクセス制限がかかっているし、図書室でいくら該当事項が記述されている書籍を発見できなかった。十日プラス十日で、いまだ価値ある情報はなし。特に必要もないことばかりが頭に詰め込まれていき、肝心の人界への帰り方は不明なままだ。アリシアとミィリィさんが言うように、本当に帰る方法は存在しないのだろうか。それが揺るぎない真実だと?

 一日のほぼ全てを屋敷内で過ごす俺には新鮮なことが必要で、なんとかして街へと繰り出した。鴨長が情報源となってくれれば有益な情報を得られるかもしれない。

 俺は帰還することを諦めない。絶対に。

 料理が運ばれてくると、俺は最高の味を楽しんだ。そうそう、これだ。これこそが俺に必要な栄養なのだ。刺身を醤油につけ、わさびをチョンチョンと加え、ほくほくの白米と共に食す。この行為だけで生きていて良かったと思える。

「そういえばさ、七海の召喚士って誰だっけ?」

「アリシアだよ。名前だけ言っても分からないだろうけど」

「いや知ってるよ。俺の召喚士と学校が同じだからな。たまに見かける」

「お前も学校行ってるのか?」

「ああ。日本でいう大学な」

「ふうん」

「ってことは七海、男一人って感じか?」鴨長がニヤニヤと笑みを浮かべて言う。

「そうだけど……なんだよ」

「かぁー! ハーレムかよ羨ましい」

「なんか不服だ。お前んとこはどうなんだ?」

「男二人であとは女。それから性別不詳が一人いる。しかも従者の内二人は幼女」

「お前も大概じゃねーか」

 じゃあ「らっしゃっせーましまし」にいた連れの二人は身内の従者だったということか。醤油に夢中になって気が付かなかったが、幼女だった気がする。

「しかも幼女は二人とも実年齢が不明だ。俺が予測するに、魔界出身の幼女ネクロマンサーは年齢三桁越えてるな」

 幼女ネクロマンサーなんて言葉初めて聞いたよ。

「身内なのに知らないことが多過ぎるわ。てか性別不詳ってなんだよ」

「機人だよ。人って言っても姿が人じゃないから実際のところはわからん。精神は若干男よりかな。となると男は三人か。良いなーハーレム」

「全然良いことないぞ。少数派は身分が狭い。来たばかりの頃は男服がなくて屈辱を味わった」

 目覚めて三日目辺りだったろうか。服がなくて俺はワンピースを着せられたのだ。あいつらはそれを見て似合ってるだの可愛いだのと散々なことを言っていた。二度と思い出したくない。

「ぎゃははははっ! がははっ!」

「笑うなよっ!」

「すまんすまん、うははっ!」

「おい」

 なんて奴だ。

「俺からすれば鴨長が羨ましく思えるね。それくらいがちょうど良いんだよ。こっちは女子高に入学した気分だ」

「そうかねー? お嬢様口調の召喚士と、執事体質の魚人と、無口な幼女と、顔文字で話す正四面体と、犬と、ちびっこネクロマンサーだぞ? もう混沌よ」

「嘘だろ。アリシア邸のメンツよりキャラ立ってんじゃん」

 と一瞬思ったがこちらも大概ではないことを思い出す。アリシア邸には変態が三人もいるのだ(七海敬斗を除く)。

「まあ、隣の芝は青いってことだな」

「お前の話を聞いたあとでは虹色に見えるな。水面に浮かぶ油みたいな虹色だ。前言撤回だ」

「全く羨ましくないってことかよ。それはそれでどーなんだ」

 会話をしながら美味な刺身をいただいているとあっという間に平らげてしまった。テーブルから皿が片付けられても談笑は続く。

 好きな種族は何か。エルフってめっちゃ美人だよな。最近知り合った獣人の女の子が毎日メールを送ってきてなんだか怖い。そりゃきっとお前のことが好きなんだろ、ヒーローさん。スコティッシュフォールドの女の子を見たことはあるか。ここに来て一番驚いたこと。困ったこと。失敗談。冒険譚。人界にもあったら良い技術など、色々な話をするが、どれもこれも世間話の範囲だった。肝心のことを聞かなければならない。だが最重要項目を忘れて、子どものように語らっていた。

「いくら日本食店って言っても、やっぱり本場の味とは違うよなー」

「環境の問題でもあるからな。例え同じ食べ物でも、食べる場所によって味が変わる。よくある心理現象だ。トイレで食べるより、教室で食べたほうが美味しいだろ?」

「確かに」

「同じものでも家で食べるラーメンより、海の家で食べたほうがうまい。つまりは精神面だな。こればかりはどうにもならない」

 精神的要因の病はいくつもある。病は気から、何事も気丈な心意気を持てば解決するのかもしれない。まあ実際そんなに上手くいく世界ではないけれど。

「近所の駅前に絶品ラーメンがあったんだよなあ。もう一度で良いから食べてみたいなぁ」

 ラーメンひむろという店だ。歩道にまで漂ってくる香ばしさだけでもよだれが溢れてきそうなあのラーメンは、スープも麺もメンマもチャーシューも最高だった。

 理不尽に召喚され無慈悲に従者とされた身だ。本当に帰還する方法がないのだとすれば、二度とあの味を味わうことはできないだろう。それはなんとも虚しい。

「え? その店もうやってないのか?」

「やってるけど……」

「じゃあ行けば良いじゃん」

「……は?」

 耳を疑った。中心界に召喚されたのだからもう行けないという意味で発言したのだが、鴨長は何を場違いなことを言っているのだ。

「いや、だから行けば良いじゃんか。召喚士に休暇の交渉をして、許可をもらって、人界に帰れば良いだろーが。休暇を貰うのは従者として当然の権利だろう?」

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