日常からの非日常
話が落ち着くとルーナと別れた。それぞれ連絡がつくようなので迷子になっても大丈夫だろう。残った三人で観光することとなり、これから中心界で生活する為に必要な衣服を買おうという意見が採用された。長居をするつもりはないが、この十日間、服の少なさに嘆いていたのだ。今後どれほどこちらでの生活が続くかはっきりしないが、服はあったほうが良い。
徒歩で服屋に向かう間に様々な説明を受けた。空中に浮いている文字は○○で○○の技術を使っている。○○は○○の応用で現在までに○○な歴史がある。○○には○○するルールがあるなどなど、理解できない点もあったが、面白い話だった。
やってきたのはファッションセンター「グリューヴェス」。前衛的デザイナーが設計したようなサイバーチックな外見で、中には多様な商品がある。様々な人種へ向けて商品を販売しており、主に六つのコーナーに分かれている。
初めに行ったのは人界コーナーだ。カジュアルな服が揃っており、不自由がなかった。けれど曲解されているようで、和服と鎧を融合したような謎の服があった。
「あれ、お金ってどうなってるんだ?」
「経費で落ちます」
「なんか事務的だな……。本当に召喚士の家なのかよ」
「だいたいそんなものですよ。どうぞ自由にお選びください。時間がかかるようでしたら、まりしろの服でも見に行こうかと」
「あ、いや、すぐ選ぶから待っててくれ」
俺は服を物色し始めた。多少のこだわりはありつつも、服を買うのには時間を要さない。大抵は感覚で、確認するのはサイズくらいだ。しばらく全体を見てからどれにしようか決める。ジップとプルオーバーのパーカーを一着ずつ、ジーンズと紺のクロップドパンツ、Tシャツ三枚、ワークキャップ、下着類。一分もかからないうちに終わった。
「これでよし」
「はやっ!」とナナ。
「まあ、服なんて着られれば良いし」
女の服に関する価値観なんて理解不能だ。同じに見えても名称が違ったり、流行が生産者側から発表されたりと不信だらけだし。妹の羽織はファッションには無頓着だったが。
買い物を終えて歩いているとナナが立ち止まった。
「ちょっと寄っていっても良いですか?」
「ああ」
機人のアーマーを扱っている専門店「エルキノ」だ。全体的にメカメカしい雰囲気をしていて、ちょっぴりスチームパンクの香りがする。店に入るや否や、ナナ店員に声を掛けた。
「あの! 表にあったショーケースを見たのですが、あれは一体!」
えらい興奮気味な様子だ。こんな表情は見たことがない。
「おおお! お客様、お目がオメガ高い! あれはですねぇ……」
店員もテンションが高い。性別不明な店員は機人で、様々な色の金属を組み合わせたアーマーをしていて、パブロピカソが描いたような型だった。これが機人のファッションなのだろうか。それにしてもナナが騒いでいるのはどこかのブランド物なのか。
「ええ、こちらはかの有名な「VIVI=steams」の新作なんですよぉ!」
「しかし彼女は滅多にデザインしないことで有名な方では……」
「それがなんと最近新しく発表されて……」
会話は盛り上がりを見せている。ふとまりしろに目を向けると、子猫はなんとも言い難い表情をしていた。
「どうした?」
「今日のは何時間で終わるかなぁ」と苦い顔。「ナナはこうなると凄く夢中になっちゃうから。この前なんて三時間くらい待たされたんだよ」
「あー、そういう感じか……」
女性の買い物は長いというが、それは機人にも適用される言葉だった。
「一時間くらいかな」
会話のほとぼりは冷める気配を見せない。しばらく続くことを予測してそこら辺にでも腰掛けていようか。そう声をかけようとまりしろを再度みれば、彼女は謎のメタルオブジェクトに夢中になっていた。
俺は店の外に出た。近くには多様な店舗が連なっているので、少し見て回ろうか。もしもこれがデートであるならば、途中で抜け出すというのは批判を受けそうだが、一時間も無駄に過ごすのはナンセンスだ。
往来の激しい道を歩いていると巨大な橋に差し掛かった。全面歩行者用の橋で、様々な人種が行き交っている。エルフと人界人のカップルに、ドラゴニュートの三人組。耳の大きな者、尻尾のある者、羽のある者。それらが上手く共存している。中心界では人種差別というものは時代遅れなのかもしれない。そう思うと、人界について悲観した。
手すりによって橋の下には道路が見える。空中水路と自動車用空路だ。道幅は広く、土地が有り余っているように見えた。
今ここに行き交っているのは中心界出身者がほとんどだろうが、中には召喚士に呼び出されてこの世界で生きる道を与えられた者がいるのだ。それぞれは、果たして納得しているのだろうか。不満な表情をする人物は見えないが、理不尽に対して異論を呈する従者はいないのか?
いつか帰る方法を探すと思いつつも、たまに不安になる。もし帰れなかったら? 召喚士の帰還は不可能だという発言から必死に逃れようとする俺は滑稽なのかもしれない。
「ああ……」
またネガティヴなことを考えてしまった。ひとりになる時間があるといつもそうしてしまうのだ。七海敬斗の悪い癖だ。良い加減止めないと。
そんな時に、不意にサイレンが聞こえた。日本のとも海外のとも異なる特徴的な音。けれどそれがサイレンだとは解る。中心界でも犯罪はあるんだな、なんて他人事に考えていたのだが、少し様子がおかしかった。
空に映像が投影された。
人々が立ち止まる。
アナウンサーと思しき女性が映し出される。
「緊急のニュースです。先ほど午前十一時三十三分頃、クロスト地区の魔法石店に強盗が押し入る事件が発生しました。犯人グループは警察の包囲網をかいくぐり以前逃走を続けています。犯人は武装車両で現在ドルエス地区方面へと向かっており、ケレヴィエル大橋を目指してるものと思われます。付近にいる市民の方は直ちに避難してください。繰り返します。先ほど……」
上空には犯人グループの映像が流れており、その暴虐さが見えた。
それを聞いた人々は気を動転する。
「物騒だなあ」
「嫌だ怖いわ」
「おい、ケレヴィエル大橋ってここだぞ!」
「向こうで爆発が!」
「うそだろ、早く避難しないと!」
人々が慌てて走っていく。たまに衝突し、怪我人が出た。俺は初めての状況に呆然としてしばらくその場で動けずにいた。
「新しく入ってきた情報です。犯人グループは人質を取っている様子です。人質にされているのは、霊界人の女性で……」
辺りに警報が鳴り響く。道路からバリケードが出現する。犯人たちの行く手を防ぐのだろう。逃げ惑う人々に押され揉まれて俺はその場から一歩も動けない。ついに道の橋に押し飛ばされ、取り残された。
上空には何台もの警察車両が飛行して避難を呼びかけている。橋の端に逃げようとして顔を向けると、流れるように陸地に人々が吸い込まれていた。
立ち上がった俺は騒音がする方へ振り返る。
「はっははははははは! 捕まえてみろよ無能どもが!」
頑丈な装甲を持った武装車両が橋を渡りに走っている。
バリケードは乗組員の破壊魔法によって木っ端微塵となって意味を成さない。
車は猛スピードで走行する。その後方には警察車両が追跡している。
空中にいる警察は犯人たちに止まるよう呼びかけている。人質がいるために不用意な攻撃が行えないのだ。
爆発に、粉砕。迫撃のカーチェイス。
俺は慌てて立ち上がってその場から離れようとした。けれど視界に、うずくまって動けずにい犬獣人の女の子が見えた。橋のたもとで母親らしき人物が叫んでいる。
車は無慈悲に接近する。
けたたましい爆発音。
俺の心臓が激しく鼓動して、究極の選択を迫られる。
女の子はこのままでは轢かれるか、もしくは爆発に巻き込まれる。どちらにしても怪我では済まない。死に瀕しているのだ。
もしも助けるとするならば、果たして間に合うか? 出来ても女の子を道際に突き飛ばして逃すくらいじゃないか? 俺はどうなる。
周囲の音が聞こえなくなる。息が浅くなり、俺の身体は……。
走った。
全力疾走。陸上部で鍛えて、しばらく使ってこなかったこの脚で。
女の子を両手で拾う。
道際に飛び込んで、考える間も無く反射的に女の子を庇おうと包み込む。
空中に投げ出された形となる。足が車を掠めそうになる。
すぐ近くで爆発音。
犯人たちの乗った武装車両が視界に入って、俺は目を見開いた。
騒音の中に女性の声が混じっていた。
「誰か~!」
車の中に見えたのはルーナだった。
俺は地面に叩きつけられる。背中に強い衝撃が伝わった。倒れたままの姿で、俺は逃走する車両に目を遣る。
「ルーナ!?」
「ケイ!」
犯人たちの中には破壊魔法を操る者と辺りに爆弾を投げる者がいて、周囲では恐ろしい破壊がなされている。
俺は女の子を無事助けたという安心感を抱きながらも動揺していた。ルーナが人質に取られている。けれど俺にはどうしようもない。魔法の才能もなく、何か特別な技術を持っているでもない俺には解決できないスケールの事件だ。人界ではテロと呼べる規模。
女の子に外傷がないか目視で確認している最中、遠ざかる武将車両からこぼれ球が落ちた。それは俺の顔から五メートルほど離れた場所に金属的な音を立てて転がった。
ピピピと電子音がなる。
それは徐々に間隔を狭めて、考えなくても爆発すると分かった。
全身の痛みに耐えながら、俺は少女を抱き抱えたまま立ち上がった。一瞬も脚を止める暇はない。少女は恐怖で涙をながしている。
全力で走る。世界がスローモーションのように見えた。
走って走って、後方で爆発音。
凄まじい音と、熱と、衝撃で、気を失いかける。
橋にヒビが入って崩壊が始まった。
逃げ道が失せようとしている。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
俺は飛翔した。地面を得ようと爆発の中食いしばる。
もうすこし、あと少しで地面に着地する。
――嘘、……だろ?
俺は地面を掴めなかった。空に投げ出された身体は支えなく、落ちていく。
「ああああああああー!」
「きゃぁぁぁぁぁぁぁ!」
橋と一緒に崩れていく。これでは少女を救えたとは言えない。
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