異世界都市ジオ・セントル

 平常性を取り戻した頃には車は地面に止まっており、俺は休憩所のベンチに座らされていた。風に潮の香りが混じっているのはここが海辺だからだ。カモメのような生物の鳴き声が聞こえる。だいぶ落ち着いたが、未だに悪寒が走っている。

「けいとだいじょうぶ?」

 まりしろが顔を覗き込んだ。眼が怯えている。俺の奇行で驚かせてしまったか。

「うん……。さっきよりは楽になったかな」

「そう、良かった」

 まりしろは看病が上手い。身体に寄り添って、小さいながらに安心させてくれる。

「…………」

 何かを喋る気にはなれない。頭痛や気分の悪さが残っている。

 離れた場所でナナとルーナが会話をしていた。話の内容は聞こえない。二人はこちらに背中を向けていた。けれど僅かに見える表情から、真剣な様子を感じた。何の話だろうか。

 少しすると話は終わり、二人はこちらに近づいてきた。

「もう少し休んでいきましょうか?」とナナ。

 内心ベッドで横になって眠りたかった。けれと願望と同時に罪悪感が俺を苛む。俺一人のために予定を台無しにするのは忍びない。

「いや、もう大丈夫だよ。車に乗ろう」

 俺はベンチから立ち上がった。体調はまだ優れず、苦痛で眼をつぶった。

「本当に平気ですか?」ルーナの顔は曇っている。

「ああ」

「陸路で行くことにしましょうか」

 ナナが言った。俺に対する気遣いだろう。海上で発狂すればまた引き返す必要がある。

「……ごめん」

 けれど分からない。自分でも、なぜ空から海を見て発狂したのかが不明だ。あの時見た海は、悪夢で見た景色と似ていた。トラウマだろうか。でも俺は高所恐怖症ではない。

 ミスカに到着するまで、車内は静寂に包まれていた。


 ○


 首都ジオ・セントルより東に位置する街ミスカを目の当たりにしたところ、俺の感性を以ってして「街」とは形容されない。そもそも人界とは基準が違うのだが、俺はミスカを「都市」と呼びたい。なぜなら発展している様が東京の比ではないからだ。

 ミスカは上海よりも未来的で、ニューヨークよりも画期的で、ロンドンよりも幻想的な街だった。芸術的な美しさを持ったデザインの建築物が建ち並び、サイバーパンクのようだ。計算し尽くされた風景は、無造作に建てられた都市東京を遥かに凌ぐ。それでいて都会特有の堅苦しさや窮屈さも感じない。自然も豊富で、ファンタジーとサイバーが融合していた。

 ビルディングは街の中心部に行くほど高度を増す。間を縫うように空路が整備されていて、大量の乗り物が行き交っている。複雑に交差する道は何種類かあって、車の専用道路、魔法で飛ぶ者の専用道路、深界生物の専用レーンがあった。地上には水路が張り巡らされており、そこから空中へとウォーターロードが続いていた。魔法による制御だろう。魚人や人魚がおよいでいた。

 駐車場に《スカーレット》を停めると車から降りた。現在地は街の中心部から離れたパーキングスペースだ。翼竜が鎖で繫ぎ止められているのが見えた。。

「それでじゃあ私は妖精レンタル店に行くから、別行動ってことで。あー、昼頃に合流?」

「そうですね。その間私たちは、ケイトへの中心界ガイドも含めて、適当に観光することにします」

「ルーナ連絡つくのか?」

「ああ、一応持ってますよ、ほら」

 ルーナが魔法のポシェットから取り出したのは、なんとガラケーであった。

「この世界にこんな古いものが!」

 その見た目は完全に過去の遺物だ。しかもお年寄り用のラクラクケータイ。ルーナはおばあちゃんか!

「このくらいの型でないとルーナは操作を覚えられないのです。はあ、これだから魔女は」

「んなっ! こんなこと言ったらナナだって魔法一切使えないじゃない!」

「まあ私は機人ですし」

「だったら私は魔女だし!」

「ふんっ」

「ぐぬぬ!」

「おいおい」

 こいつら……。仲が良いんだか悪いんだか。

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