第三章 活気溢れる街の上
日本食が食べたい
人は誰しも、故郷に対して特別な想いを抱いているものである。
それは例えば土地の雰囲気であったり、風の匂いであったり、海の香りであったり、森の静けさであったり、人の声であったりする。
人が繁栄する土地に似たような場所は多々あれど故郷は唯一無二だ。第二の故郷という言葉があるけれど、それはすなわち代替品という意味でしかない。成り替わることは叶わない。故郷の特別感に敵う土地など存在しない。
戸籍の意味でも人種の意味でも生来の中国人がアメリカのチャイナタウンを訪れたならば、故郷の特別感を味わうことはないだろう。日本人がブラジルにある日本人街を見ることも同様だ。
土地が違えば人が違う。土が違う。空が違う。海が違う。動物が違う。食べ物が違う。
閉鎖的に、隔離されて独自に育まれてきた文化というものは、他文化とは決定的に違う。
そこで思ったのは、異郷にいて、いかにして故郷を感じるかということである。
例えば、海外に行った日本人の多くは和食を恋しむのだそうだ。俺にも経験がある。
海外に出張に行くビジネスマン。
ホームステイもしくは留学をしている学生。
ワーキングホリデーをする若者。
大会に出場するオリンピック選手。
有名どころはオリンピック選手ではないだろうか。記者からのインタビューで、豚骨ラーメンが食べたいです、と答えた人がいただろう。普段素知らぬ風に生活をしていても、どうしようもなく身体に文化が染み付いてしまっているのだ。
俺は深い文化を持っている人間ほど、その気質が高いように思う。
例えば中国。
中国文明が発生してから長い月日が経過しているわけだ。中国四千年の歴史だか五千年の歴史だかは知らないがとにかく長命だ。そこで培った文化は唯一無二、誇って然るべきである。
もしくはイタリア。
コロッセオだのなんだろと歴史的な建造物には特徴があるだろう。ヨーロッパは民族が入れ替わり立ち替わり出入りしているので厳密には断言できないが、イタリア独自の街並みには思わず息を飲む。
そして日本。
先祖を辿れば江戸時代初期の武士に行き着く生粋の日本人である七海敬斗からすれば、もはや日本国以外で生きる術はなく、また心意気もない。日本の独自性は他国からの評価も高いといえる。食。建築。農耕。芸術。日本にしかないものがある。改良し、採り入れ、時に跳ね除け発展してきた。日本の発展は異文化を喰らい自らの物にするところにあると思っている。
突出しているのは食文化である。
大豆を豆腐にし、納豆にし、湯葉にし、醤油にし、味噌にし、枝豆にしている時点でカオスである。猛毒のフグの食べ方を発見し、食べ物に見えないナマコを食い、食に関しては異常なこだわりを見せる人種、それが日本人である。現代にもその片鱗が見えるだろう。関東関西味付け問題。目玉焼きにかける調味料問題。きのこたけのこ戦争。現在日本国内において巻き起こっている紛争の九割方は食についてである。
ところで話は変わるのだが、理不尽にも中心界に召喚され、そこでの生活を余儀なくされている現在状況は、外国にホームステイしている感覚に近いのではないだろうか。異国の文化を見て、異国の文化を食べ、異国の文字を読んでいるのだ。故郷の要素がまるでない。
そこで気づいたのだが、俺の心の中の望郷が膨張してきたのだ。
先程言ったように、故郷は唯一無二である。外国へ行けば食べ物、言葉、文字が恋しくなる。
日本は皇紀約2700年、事実的には1200年ほどの歴史がある。自国に愛着があっても何らおかしな事ではない。人間は海外に憧れを持っても、結局自国に帰してしまうものだ。
中心界に来てから約十日。日本食が出た試しなし。
だから俺は思ってしまったのだ。
「ぁぁぁぁぁぁああああああああーー!」
日本食が食べたい! 醤油をかけて食べたい!
枝豆が食べたい! 寿司が食べたい! 味噌汁が飲みたい! お茶が飲みたい! 麦茶が飲みたい! 抹茶めっちゃ抹茶! 和牛が食べたい! アサリが食べたい! 天ぷらが食べたい! とんかつが食べたい! 焼きそばが食べたい! しゃぶしゃぶが食べたい! うなぎが食べたい! イカの刺身が食べたい! 豚の生姜焼きが食べたい! おにぎりが食べたい! 梅干しが食べたい! きゅうりの漬物が食べたい! 納豆が食べたい! 鶏のから揚げが食べたい! 肉じゃがが食べたい! コロッケが食べたい! 豆腐が食べたい! 茶碗蒸しが食べたい! 醤油ラーメンが食べたい! 味噌ラーメンが食べたい! 豚骨ラーメンが食べたい! 塩ラーメンが食べたい! そばが食べたい! うどんが食べたい! 焼き魚が食べたい! 海苔が食べたい! 塩辛が食べたい! 卵かけご飯が食べたい! 白米が食べたい! 醤油が飲みたい! がぶ飲みしたい!
悶えに悶え、絶叫する。俺の身体は醤油でできていた。
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