事後処理

 ルーナに言い渡された実刑は損傷した屋敷の修復作業だった。彼女が扱う魔法の力によって破壊される前の姿に戻せと言うのだ。ただし一般人界人が思うほど楽な仕事ではなく、ものの見事にやってのけられる仕事ではないらしい。見積もって一週間は掛かるとのこと。俺からすれば一週間でも凄い速さだが。

 実刑判決を食らったのはルーナだけではなかった。なんとナナもである。彼女には必要以上に屋敷を破壊した罪があるらしい。被害者のように見えるのだが、ナナはこの騒動を利用して《ペレグリン》の性能実験を行うという非行をしたようだ。それがバレて、彼女も見事に屋敷修理の刑を言い渡された。

 過去のナナによる屋敷の財政危機事件が刑執行の背中を押したようだ。趣味で多額の金銭をつぎ込んで製作したある機体についてのものである。ファッションに金を使い過ぎたせいで被害を受けては堪ったものではない。叱られるのも当然と言えよう。おまけに今回の事件はセキュリティの甘さを露見させた。今後いかに対策を練っていくかという意味も込めた上での実刑であった。多少は理にかなっている判断だ。ルーナの言い訳も効果を成したのかもしれない。

 空の支配権が太陽より月に移ってから、シャウラは調子を取り戻した。昼間ほとんど寝られなかったことは吸血鬼にとって見過ごせない事件だったが、多少の頭痛を引き摺りつつも屋敷内で明るい振る舞いを見せていた。

 玄関を通りかかった時、吸血鬼に遭遇した。

「シャウラ、出掛けるのか?」

「うん、そうだよ。ご飯も食べたしね」

「どこに行くんだよ」

「お仕事でーす。ねえケイト、あたしを見くびったりしてない? これでも成人だからね。アリシアが学生であるように、ナナが技術者であるように、あたしも一応働いてんの」

 おい、嘘だろ……。てっきり俺は、あのダラダラとしたダメ人間世界代表みたいな変態吸血夢魔のことをニートのようなものだと断定していたのに。まさか働いていたとは。ミィリィさんはアリシアの右腕、まりしろは恐らく小学校のようなものに通っているのだとして、シャウラがワーカー!? 信じられん。

「ねえ、何驚いてんのさ。失礼すぎるわっ!」

「感服だぜシャウラ・ブラッティマリー……」

「シャウラ・ブラッドファング・アッシュ・ミッドナイトメア! いい加減覚えろっ!」

 やっぱみんな居るべきして居るのだなぁ。ならば俺が召喚されたことにも意味があるのだろうか。召喚士が異世界から従者となる存在を最初に召喚する時、誰が召喚されるのかは不明だという。俺でなくとも、家族の誰かや、友人諸々、全く面識のない者が召喚されていた可能性だってあった。けれど呼ばれたのは俺だ。他の人間が呼ばれたらその人はどうしていたのだろう。帰りたいと泣いただろうか。順応して異世界生活ヒャッホウと喜んでいただろうか。

 俺は帰りたい。仲良く振舞っていても、俺は帰ると願い、そう努力する。きっと俺である必要なんかなく、誰であろうと良かったのだ。誰であろうとアリシアは強制的に契約を結び、その人物を従者としていた。俺には関係ない世界のことだ。あっちが勝手に従者と言うなら、俺だって勝手に帰る。

「ん、何考え込んでるの? ふふっ」

 シャウラは微笑んだ。ずっと馬鹿っぽく見えていた彼女なだけに、そのギャップに少しだけドキッとしてしまった。彼女たちに好意を持っても無駄だろうに。今日一日を過ごして、彼女たちに悪意はないと気づいてしまった。俺が帰るとき惜しく思わないようにしないと。深い想いを入れるのはナンセンスだ。涙脆さを自負しているのでそういう事は避けていたい。

「それよりさ、昼間はありがとね」

「え、なんだよ」

「いやあ、私が空中で気絶した時助けてくれたでしょ? 飛べないのに」

「あー、さすがに馬鹿だったかもしれないな。後先考えないで」

 中心界で死んでどうする。元も子もないだろう。

「そんな事ないよ。嬉しかった。まだ一日も一緒にいないのに、ビックリした。だってあたしたちのこと恨んでると思ってたんだもん。無理矢理従者なんかにしてさ。ケイト死んじゃうかも知れなかったのに」

「……そんな事ないよ」

 内心彼女たちを蔑んでいるのは事実だ。

「あたしは吸血鬼の血があるから、落ちても死ななかったんだよ?」

「えっ、そうなのか?」俺は驚く。「けど、怪我はしてただろ」

「だろうね。でもケイトは死んでたかも」

「ああ」

「あたしケイトのこと見くびってたよ。ケイトもあたしを見くびってたっぽいけど、見くびってた。だってあんま強そうじゃないし」

「おい」

「ひ弱そうだし」

「おいおい」

「従者にはね、決意が必要なの。アリシアは上を目指してる。だから従者は召喚士の名誉を守りながら立ち振る舞わないといけない。それなりの覚悟が要るし力も要る。けどケイト頼もしく見えなかったし」

 もう何とでも言え。

「でも昼間ので分かった。ケイトはアリシアの従者に相応しいなってね」

「そりゃありがたい」

 俺の心理は複雑だった。なる気もないのに才能があるだなんて言われても、どうすればいいか反応に困る。しばらくシャウラが無言になって気まずい空気が流れた。

「あっ、あたしってば柄にもなくシリアスなことを!」気がついて恥ずかしそうにするも続ける。「けど凄くない? こうして出逢ったのは、何億分の一なんでしょ?」

「そうだな」

「あ、従者は動物にもなりえるから、実際には何百億? もしかしたら兆とか京とかかも。そんな凄い確率だよ!」

「そう考えると、まあ何かしらの縁があるのかもな」

「そうだよ。ケイトはなるべくして従者になった。あたしも、みんなもね」

 またもや複雑だ。帰りたいだなんて言えるか? 彼女たちに。

「だから、あたしはもうケイトのこと大事だと思ってるよ。今までにどんな事があったとしても、これから何があっても、私はケイトを仲間だと思う」

 感情の不一致。俺はそうは思えない。

「だからさ、その、なんていうか……、何かあったら言ってよね。溜め込まないで、言って。あたしだけじゃない、皆ケイトのこと心配してるから。大切に思ってるから。絶対に、孤独だなんて思わないで。あたしたちがいるから」

 シャウラが何について話しているのか一瞬分からなかった。少し考えて、俺の現在についてだと判断する。ひとり異世界生活を強いられている状況だ。でも後に知る。シャウラのこの言葉は、感じている以上に深い意味をなしていたのだと。

「わかった、覚えとく」俺は微笑み返した。「結構時間経ってるっぽいけど、仕事の時間とか大丈夫なのか?」

「あっ! やっばい!」

「じぁあ、その仕事とやらを頑張ってくれ」

「うん頑張る、行ってきます」

「行ってらっしゃい」

 シャウラは背中に吸血鬼の翼をはやすと、すかさず飛んでいった。


 玄関を通ったのは修理の様子を見に行く途中だったからだ。しばらく歩くと、ナナとがさっそく仕事をしていた。ナナの近くにはまりしろもいた。ルーナは少し離れたところで後ろ姿が見えていた。

「調子はどうだ」

「ケイト。……少しばかり不服ですね。私にも実刑とは」

「あはは、そうだな。でもナナが手伝えば屋敷もすぐに戻るだろ。ルーナひとりじゃさすがに可哀想だしな。なんなら俺も手伝おうか?」

「いえ、そういう訳にも行きません。自身で直さねば」

 ルーナは魔法で、ナナはロボを用いて復旧作業に当たっていた。破壊の原因が魔法と機械なのに、それを直すのも魔法と機械なのが何とも皮肉だ。しかし二人の知力を合わせれば、難なく事も終わるだろう。

「あ、そうだ。修理とは言わず、別方面でお手伝いしては頂けないでしょうか?」

 ナナはまりしろを見ながら言う。

「暴走したのがロボットクリーナーであったため、ひどく埃を被ってしまったでしょう? ですからまりしろをお風呂へ入れてあげてはもらえませんか?」

 思えば純白だったワンピースも、ところどころ黒ずんでいた。髪の毛にも埃がついている。

「あー、そうだな。綺麗にしないとな」

 一切の不純な意味合いも持たせずに言うも、ナナはなぜか念を押した。

「決して、過ちは起こさぬようお願いしますね」

「俺は変態じゃない」

「確証がありませんね。平然を装って、「綺麗にしないとな」なんて言っていますが、内心では「幼女とお風呂だなんて興奮するぜハァハァ。合法的に全身を舐めまわしてやろうか」と思っているやも知れません」

「んなわけねーだろっ! どんなレベルの変態だよ。どこも合法じゃねーし、それが心配なら初めから風呂なんて頼むなよっ!」

「ケイトが行政機関のお世話にならないことを祈ります」

「そんじゃ、まりしろ、風呂行くぞ」

 バタンッ! と、不意にまりしろが床に倒れた。

「お、おふ、ろ、やだ」

 壊れた音声再生機のように繰り返す。猫は基本、風呂嫌い。

「ダメですよまり、清潔さは保たないと」

「…………、逃げるっ!」

 まりしろの逃走劇は一瞬にして終わった。ナナのドローによって両手両足を拘束された。

「それではケイト、宜しくお願いします」身柄を引き渡す。

「いやぁー! 助けて、アリシアぁ! シャウラぁ!」

 涙目になってぎゃあぎゃあわめくも、効果はなかった。

「シャウラはさっき出掛けたぞ」

「けいとぉ」

 今度は俺に助けを求める。その表情がとても愛おしく見えて、どこか犯罪的だった。こんな可愛い子を泣かせてしまうだんて、俺も心が痛む。

「おいナナ、どうにかならないのか……」

「なりません。というかなんでケイトまで泣いてるんですか……。汚いままでいる方が可哀想でしょう」

「あ、それもそうか」

「ええっ、けいとぉ! そんなあっさり!」

「風呂行くぞ、まりしろ」

「いやぁぁぁぁぁぁ!」

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