犯人逮捕

 答え合わせと言うほどの事でもないが、一連の騒動の正体について。

 日暮れどきとなって夜の虫が鳴き始めた頃合いに、俺七海敬斗とまりしろ、シャウラ、ナナの四名は本棟の裏口より外へ出て長い影を作りながら歩いていた。

 道すがら言いたいことは多々あれど、四人は静かに目的地へと向かっていた。俺は久しぶりの運動に身体を疲労させていたし、まりしろは眠そうにに見えた。もとより猫はよく眠る。シャウラは睡眠から無理に起こされて半ば苛立っていたし、ナナは周囲を見て絶望していた。

 石の道は辛うじて残ってはいるのだが、その近辺はあまりに酷い有様だ。地面が抉れ、木々が倒れ、花が砕けていた。原因は日中にあったロボットクリーナー群及びNS-M7の所有機体ペレグリンの暴走である。騒動は無事収拾したのだが、しかし今後の処遇については現時点では分からない。アリシアとミィリィさんが帰宅したら何と言うか。

 俺はしばしの静寂を遮ってナナに訊いた。

 なぜ騒動の原因が判ったのか。するとナナは答えた。


 数機のロボットクリーナーと《ペレグリン》の注意を引くことに成功したナナは建物の外で戦闘を繰り広げていた。銃撃を浴びては反撃してロボを破壊し、回避し、緩急をつけた複雑な飛行で《ペレグリン》の暴走に対処していた。

 ペレグリンはナナが製作したいくつもの機体の中では割と新しい方であり、性能も初期に作った機体とはかけ離れている。いくつものバージョンアップを重ねていく内に能力を向上させ圧倒的な飛行能力を得た。空中戦における戦闘能力についてでは所有機体一の優れものだった。

《ペレグリン》の最も厄介な点は圧倒的な飛行能力を有しながも、それでいて装甲が厚いことにある。《ブレイクスルー》に内蔵する武器では動力源を破壊して暴走を停めることは困難を極めた。

 一方ブレイクスルーとは標準的な機能を備えた機体である。積んでいるものはマイクロミサイル、レーザー光線、ガトリング砲、音響兵器くらいで戦いの分が悪かった。

 戦闘をしている内に、ナナはあることに気がついた。

 暴走している機械の数が上限十七体で固定されていたのである。一機破壊しては暴走していなかったロボが暴走を開始し、壊せば壊すだけ補充されていた。

 その事実からナナは暴走の原因を推理した。外部からのハッキングの可能性。サイバーウイルスの可能性。魔法によって操作されている可能性。過去のデータベースと統合し、上限を絞り込んでいく。そしてナナは答えに辿り着いたのだ。

 魔術的要因か科学的要因か。

 答えは魔術的要因である。しかも魔法生物によるものであったのだ。

 その生物は機械にいたずらをするという特徴を持っていた。つまり暴走する機械は魔法生物に乗っ取られていたのだ。乗っ取れるのは一体につき一機。そう考えると十七機で固定されているのも説明ができる。

 しかしそこで、乗っ取られている機械を破壊すれば暴走は止められるが、また別の機械が乗っ取られるということが発覚した。魔法には魔法で対処せねばいささか分が悪い。機人は魔法が一切使えないので不利だった。けれど別案はすぐに浮かんだ。攻撃を躱される前に逃げられないよう確保するのだ。

 確保を思いついたナナは所有機体を保管しているラボより一機のアーマーを起動させた。機体名は《ピースメーカー》。スタンガムや催涙弾、睡眠弾などを積む非傷害をコンセプトにしたものだ。その装備の中には捕獲網もあった。その網はただの網ではなく薄くても非常に頑丈で、なおかつ軽量な金属で造られていた。だから相当な事がなければ逃げ出す手段はない。

 頼もしい《ピースメーカー》の奮闘によって騒動はすぐに沈着した。

 唯一厄介だったのが《ペレグリン》だったという。制作者たるナナからすれば、

「いやあ、さすがに自分の製作した機体と戦闘を交えるとなるとその性能を実感しましたね。《ペレグリン》は飛行特化させた機体であり、しかし装甲もとても分厚く厄介な相手です。乗っ取っていた生物はどうやらその性能を発揮できずにいたようですが、それでもあれほどの戦闘力を見せるとは見込んだ通りのスペックでしたね。しかもあのデザインです。見惚れてしまうほどの美しい流線型のフォルム。はやぶさのように凛々しい飛び姿。いわば空の慧眼、大鷲と形容しても良いでしょうね。我ながら痺れました」

 とのこと。

 屋敷が受けた被害を思えば迂闊に褒めるべきではないのだろうが、俺も素直に《ペレグリン》はカッコ良いと思った。男の浪漫を凝縮したような一作だ。特に素晴らしいのは不要なものは削いでいる点だ。あの機体は飾り過ぎず、筋骨隆々でもない。極限までスマートなのだ。そこが良い。ごついロボにも魅力はあるが、どちらかと言えばスマートなのが良い。

 そんな完成されたフォルムの《ペレグリン》について、加えてナナは言う。

「しかし、今回の戦闘で様々な問題点も発覚しましたね。例えば複雑な飛行が困難であること。《ペレグリン》は高速飛行と機体の重心の安定度が売りなのですが、《ブレイクスルー》の予測不能な飛行には少しだけ苦戦している様子でした。まあそうしていたのは私自身なのですけれど。ウィングをより詳細に分類してパーツを増やせば解消できるかもしれません。改良が必要でしょう。他にはそうですね、搭載装備の少なさを痛感しましたね。飛行特化といっても戦闘において優位に立ち回らなければ機能が台無しです。軽量化のために搭載する武器は減らしていたのですが、もっと軽くするために別の物質を利用するのも手かもしれないですね。そう、現在使っているのはオルマニウムとマグナタイトの複合金属なのですが、少し無駄な重量を持ってしまっている感があります。マグナタイトの割合を減らして、装甲の中身をさらに軽い金属で占めれば安定を図れると思われます。ですがそれは結構難しいそうですけどね」

 庶民の見えない点が専門家には見える。技術屋であるナナにはその些細な点が鼻についたのだろう。それほどの探究心があってこそ実力が輝くというものだ。

 想像の解決方法とナナの飽くなき探究心を聴いて俺はなるほどと納得した。

 彼女はとても冷静で、かつユニークな人物である。だから物事を的確に捉え対処することができるのだ。始めはただのサディスティックな変態なのではないかと疑っていたが、徐々にその偏見は覆っていった。

 思えば、他の従者たちもそうだ。

 シャウラは抜けているところがありつつも窮地においてはなんだかんだ能力を発揮してトラブルを回避するし、まりしろも幼いながらに精神面では大人びている風がある。あの騒動でパニックになっていないのだから凄い。俺は渦中で頭がおかしくなりそうだったもいうのに……。

 これは中心界においての経験値の違いなのだろうか。

 それが召喚士の従者のあるべき姿なのだろうか。

 従者の品格は召喚士の品格。この世界ではそんな考え方がある。皆が皆アリシアの威厳を損なわないように振舞っているのだろうか。そう思うと、従者とはとても苦難があり、覚悟が必要な存在だ。俺はそんな従者のひとりにされてしまったのだ。

 振る舞いの点を考えると従者には苦労が多い。意見する間もなく従者となった俺には、果たして良き従者である自信などあるのだろうか。想像して、やはりないと悟った。従者なんてやってられるか。俺は帰る。

 話をしながら被害の甚大さに危機感を感じつつ歩いていると目的地へ到着した。

 トントントン。ナナがノックをする。

 返事はなし。

「むかあ! あいつってば居留守してる!」

 シャウラが怒るのも無理はない。寝不足で、頭痛も相まって不機嫌な様子だ。

「おーい。るーすでーすかぁー?」まりしろが再度叩く。

「…………」またもや返事はなし。

 けれど中に彼女がいる事は分かり切っている。研究職である彼女が外出する事はあまりない。しかもこんな夕暮れ時だ、出掛けていたとしても帰宅てしいるのが普通だ。

 俺はドアに鍵がかかっていないか確かめた。引っかかりもなく扉は開いた。

「取り敢えず入ってみるか」

 建物の中は暗い。窓は遮られ一切の灯りが灯っていない。物音もひとつなく辺りを静寂が包み込んでいた。ナナが灯りを点けると全貌が鮮明に映った。研究室には誰もいなかった。研究器具が無造作に散らばっているばかりで不自然な様子も無い。

「いないな」シャウラが呟く。「あたしは二階を見てくる」

「まりも!」

 俺とナナは一階を調べる事になった。

「一階には居ないそうだな」「ですね」

「いた!」

 二階に向かおうとするとタイミングよくまりしろの呼び声が聞こえた。すぐに向かうと、まりしろが指差していた場所は物置部屋の奥の奥、寒気さえ感じるほど不気味なな道具が無造作に積まれている場所だった。

「うぅ……」

 そこには両腕で脚を抱え冷たい床に縮こまり、涙を流している魔女がいた。

「ごめんなさいぃ」

 ルーニヴィア・フレアローブ当人である。


 時を同じくして召喚士アリシアと人魚の従者ミィリィさんは帰宅したのだという。しかしそこで見たのは当然、本来清潔で荘厳な佇まいをする屋敷とは全く姿の異なる、破壊の限りを尽くされたあられもない建物であった。

「なぁーんじゃこりゃぁぁぁぁ!」

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