図書館
眼を開けたらまりしろが接触するほどの距離で俺を見つめていた。
「あ、おきた。シャウラ〜」
「吸血したらかあたしも目覚めた! 覚醒した! あー思考が冴え渡る〜」
「ふざけんな、こっちは貧血で憔悴だよ」
腹が立つほど元気な変態吸血夢魔を見て俺は呆れる。現在状況を思い出して焦る。
「そうだそんな事よりもナナが」
「ケイトが気絶してる間にまりから聞いたよ」
まりしろは腕を組んで「えっへん」といった様子。
「そうかだったら尚更だ。暴走してるロボ達をなんとかしないと」
立て続けに家の外から大きな爆発音が鳴り響いた。ガラスを伝って空気が震える。俺は慌ててベランダとの境に近付いて外の景色を見た。
タイミング良く、高速で空中を移動するナナと《ペレグリン》率いるロボットクリーナー達が過ぎて行くのが見えた。一瞬しか見えなかったがナナは機体の一部を損傷していた。相手側の損傷は酷く、塗装が剥がれたりアーマーが抉れたりして内部構造がはだけていた。ナナが優勢だった。
「うわー、派手にやってるなー」シャウラは感嘆する。
「呑気なこと言ってる場合かよシャウラ・ブラットピット」
「ブラッドファングだよ! ブラッドピットって誰!?」
「ねーねー、こんなとこにハンモックあるよ」
まりしろは非常事態でも関係無いとばかりに興味に釣られて遊んでいた。純真無垢にも程がある。けれどシャウラの様子も合わせて考えると、この状況があまり緊迫していないのだと予測できた。どうして平気そうにしているのかと尋ねればシャウラは答えた。
「いやだって、ナナは強いからね。一緒に居ればさすがに分かるよ。多分この騒動もすぐに片付けちゃうんじゃないかな」
その言葉からは圧倒的な信頼が感じ取れた。召喚士の従者は伊達じゃないと言わんばかりに。博召喚士の資格を取るために日数々の苦難を乗り越えなければならないので、それ相応の能力が必要とされる。彼女達は数々の戦場を生き抜いてきたのだ。アリシアの従者として、召喚士の威厳を損なわぬように。
ガラスの向こうにはおぞましい光景があった。
放たれるミサイルに、それを焼き切るレーザー光線。空中で爆発を起こして、空気が震える。ドローンがロボットクリーナーに鍔迫り合い、時に撃ち合い爆散させる。高速の上昇、下降を繰り返し《ブレイクスルー》と《ペレグリン》が錐揉みに応戦した。流れ弾が庭に着弾して花壇を抉り大きなクレーターを作った。
釘付けになって観ていると後方から衝撃が伝わった。扉を見ると不自然な赤い線が現れ円形に板をくり抜いた。機械音を鳴らしながらロボットクリーナーが侵入してくる。
「ああまずい!」
ここは三階、ドアは一つだけ。ベランダはあるが逃げ場はない。飛び降りるわけにもいかずに絶体絶命だ。完全に追い詰められてしまった。
敵は三機。こちらは三人。同じ数だが強弱関係はまるで異なる比較に意味はない。
ズルズルとベランダ側に追いやられる中シャウラが行動に出た。まずは両手で一機に掴みかかり、飛びかかった勢いでもう一機を蹴り飛ばす。その衝撃で壁にめり込んでそのまま停止した。腕の力を使って掴んでいたロボの上に乗る。すぐに飛翔して落下の勢いでもう一機を床にめり込ませる。後ろを振り返り攻撃動作をする一機に右腕でボディを貫いて動力源を引き抜いた。その場には三機のロボが煙を上げていた。
シャウラはこんなに強かったのか。
「ふふっ、なかなかやるでしょ? というか起こされたことの復讐みたいなものだけどね」
まだ怒っていたのかよ。
「おい、また来たぞ!」
こじ開けられた扉から新たに五機のロボが侵入してきた。シャウラでもさすがに逃げるしか無く、とうとうベランダへと飛び出した。
俺は咄嗟に拾い上げたルンバを盾として銃撃を防いだ。そのまま投げつけて一機撃破。
「逃げよう」
「は!? 落ちたらさすがに死ぬぞ!」
「落ちたらね。だったら上に上がればいい」
四階まで壁を登るとでも? 現実的とは思えない。
「飛ぶよ、掴まって!」
シャウラは背中からコウモリのような漆黒の羽を広げた。吸血鬼の大きな羽だ。驚く暇も無く手を握ると浮遊感に見舞われた。
「おいまりしろ!?」
「まりは壁から上がれる」
俺たち三人は上を目指し移動する。当然敵は追いかけてきて、その攻撃が間一髪で外れた。まりしろは壁の突起や飛来する敵機に飛び移り、獣人の身体能力でよじ登る。シャウラに手を引かれて屋上に到達した。
「走って!」
右側上空では《ブレイクスルー》と《ペレグリン》の激闘が見える。足場の悪い屋根上を疾走する。振り返ればシャウラはロボに応戦しながら逃げていた。変態でも吸血鬼の血は伊達じゃない。
まりしろが四本足で疾駆して先導する。
「二人ともこっち!」
まりしろは四階のベランダに飛び降りて合図した。俺もそこまで走る。
「避けてください!」
右上方から鬼気迫る声がした。《ペレグリン》がこちらに向かってくるところを見て俺は間一髪で回避した。髪の毛を掠めるほどの距離だった。しかし回避行動で勢い余った結果ベランダを通り過ぎ、身体が空中へ投げ出される。
「けいと!」
辛うじて手すりを掴む。衝撃で壁面に身体を打ち付けた。
「ぐあっ! 危ねぇ」下を見て高さに身が竦む。
「手つかんで! ぐぅぅぅー」まりしろの手を借りてベランダへ立つ。
呼吸を整える暇も無く上を見上げるとシャウラが三機のロボに追われていた。空を飛びベランダに降り立とうとするが、躱し切れずスタンガムを胸に喰らった。
「うぐっ……」力を失って、そのまま墜落していく。
まずい、いくら吸血鬼でも四階ある屋根から落下しては骨折で済むはずが無い。地面に勢い良く叩きつけられれば間違いなく命を落とす。
その時の俺はあとの事なんて考えていなかった。自分の命が危険になるとも知っていたが、彼女を見逃すことは不可能だった。深層心理で何か思考が働いて、人が死ぬのは絶対に見たくないと思った。
俺は柵を越え跳躍した。俺の身体を下にして、シャウラへの衝撃が軽減できれば満足だった。体を掴むことに成功すると瞳を閉じた。
「シャウラを離さないように」
しかし墜落する俺たちをナナが拾った。眼を開き状況確認。
《ペレグリン》とロボットクリーナーは未だ攻撃してくる。
「玄関に降ろしますので図書室へ向かってください。あそこなら扉も厚く頑丈です。しばらく難を逃れられます。それから、そろそろ決着がつきそうです」
ナナからの勝利宣言を聞きつつ俺たちは玄関に降ろされた。気絶したシャウラを背負い四階ベランダのまりしろに一階図書室へ来いと叫んだ。返事をした子猫は室内へ入った。
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