気絶だ気絶

 残された俺とまりしろに安全が確保されたのかと言えば、そんな訳にはならなかった。《ペレグリン》とほとんどのロボットクリーナーがナナによって屋外に誘き寄せられたものの、未だ五機のロボットがこちらに銃口を向けていた。

 どうやって逃げる? 後方はどうだ。一番奥に部屋が一つある。半ば物置と化しているが、それほど荷物が置かれている訳でもない。そこに篭ればやり過ごせるだろうか。

 まりしろは怯えた表情をして俺の手を掴んでいる。どうにかしなければ。

 考えている内にロボット達がピピピピピ! と電子音を鳴らした。発砲の前触れだ。俺はもうダメだと思い、だがせめてまりしろを庇おうと覆った。

 その時だった。すぐ近くにあった扉が開いて、中からシャウラが鬼の形相で飛び出してきたのだ。そう、今俺たちがいるのはシャウラの部屋の真正面だったのだ。

「人が! ぐっすり寝てる時なのに! 静かにしてよ! 起きちゃったじゃんか!」

 場所が良かったのか、それとも悪かったのか。

 タイミングが良かったのか、それとも悪かったのか。

 シャウラは俺たちとロボットの間に現れた。そして寝間着姿で薄着だったために、直にスタンガムを喰らった。

「うギャァァァァァァァぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 シャウラはその場に倒れた。一瞬何が起きたのか分からなかったが、すぐさま理解すると、俺はシャウラに目を向けた。

「シャウラ!」

 シャウラは完全に気絶していた。床に倒れビリビリと痙攣してその余韻を見せている。

 もうこれ以上悠長にはいられない。

 そして逃げる手段を思いつく。不確実な方法だが、それ以外に策が浮かばない。

「まりしろ、あの扉分かるか?」

「え、なに?」

「一番奥にある扉だ。俺はシャウラを背負って行くなら、その間に扉を開けてくれ、出来るな? さあ!」

「分かった!」

 奮い立たせると、まりしろは四足歩行で走っていく。

 俺はシャウラの身体を背負うと、急いで立ち上がった。

「ぬはっ!」

 背中に柔らかさが伝わってうろたえる。こんな危機的状況で俺は一体何を! そもそもパジャマ姿なので服が薄くて余計に……。

 その時の俺にはひとつの疑念が頭によぎっていた。どうして奴らは決定的なチャンスを見逃すのか。俺とナナが会話をしていた時、それから今。攻撃するなら今が確実であるのに奴らは伺うだけなのだ。遊んでいるから? 何者かによって外部から操作されているのならば、有り得る話だ。けれど何故? こちらをからかっている? 分からない。

 俺は疑念を振り払うと全力で疾走した。元陸上部を舐めるな。短距離走なら得意中の得意だ。

 五機のロボットクリーナーがスタンガムをのべつ幕無しに連射してくる。

 フェイントを仕掛けたり躱したりしながら走り続けると、ようやく辿り着こうとするところだった。

「けいと、早く!」

 ドアでまりしろが待ち構えていた。俺は飛び込むように部屋へ入った。

「閉めろまりしろ!」

 床に倒れこむ。冷たい感覚が頬に伝った。

 だがまだ安心してはいられない。まりしろは俺たちが部屋に飛び込んだ瞬間に扉を閉め、ロボの侵入を防ぐ為に全身で抑えている。気絶したシャウラをどけて、すぐさま俺も防衛に加わる。

 追ってきたロボが体当たりしたりスタンガムを発砲したりして扉が軋んだ。凹むができて、危うく喰らうところだったと恐怖する。ドアが金属性でなくて良かった。

 しばらくすると攻撃は収まり、連中はどうやら諦めたのだと分かった。

 ドアに背中を合わせたままズルズルと床に尻を着いた。どうにか窮地を脱した。全身から力が抜ける。しばらく静かな空間に荒い呼吸音が聞こえていたが、徐々に穏やかさを取り戻すと部屋は静寂に包まれた。隣にはまりしろがちょこんと座っていて俺の顔を覗き込んだ。

「なんとか、逃げ切れたみたいだな」

「けどシャウラ死んじゃったね」

「阿呆な事言うな。気絶だ気絶」

 ぐったりと床に倒れついているシャウラに眼を遣った。呼吸はある、大丈夫そうだ。寝間着姿なので服装がとてもラフで、布地がとても薄い。胸元が大きく開いている。

 近づいてシャウラの身体を揺さぶった。

「おい、シャウラ起きろ。朝だ朝」

 吸血鬼にとっては真夜中も同然だが今は緊急事態。起きてもらわなければ困る。

「うぅ〜……、朝ぁ。……はっ、ビリビリッ!」

「災難だったな」

「なんか外が騒がしいなって思って眼が覚めて、ドアを開けたらビリビリして、気がついたら暗い部屋で、もう訳わかんない。はっ、まさかケイト、昨日の仕返しに私の血を吸う為に」

「俺は吸血鬼じゃない」

 床に手をつきながらシャウラは半分身体を起こした。

「あれ、まりも一緒だったの。うわっ、なんか目眩が」

「大丈夫か」俺は倒れそうになった身体を支えた。

 シャウラはとても不機嫌そうな顔をしている。当然だ。夢心地を奪われたのだから。

「あたし今凄い怒ってるよ、鬼の形相になってるよ」

 そうは言っても、寝起きでパッチリしないただの女の子にも見える。あまり怖くない。

「仕方ないだろうよ、原因不明の緊急事態だ。起こして悪いとは思うけど昨晩のお前の事を考えたら」

「あー知るかぁ! もういい、ヤケ飲みしてやる!」

 シャウラは強い力で俺を押し倒すと、左首筋に噛み付いた。

「おい馬鹿いたい……ってあれ? 前ほど痛くない?」

「いったれほ、だんだんなれへいふっへ(言ったでしょ、だんだん慣れていくって)」

 この位だったら噛まれても怒るに怒れない。特に危害が加わるわけでもなし、甘んじてやろう。けれど血を吸われたのは初めてで献血をした事もない俺は慢心していた。血が減り過ぎたらどうなるのか。

 俺は貧血で気を失った。

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