ペレグリン
ナナの部屋は本棟の三階にある。ちなみにその隣はシャウラの部屋だった。今は太陽が空を支配する時間、彼女はぐっすり眠っていることだろう。
階段を登ると三階の廊下へと出た。廊下は森閑としており幾つかのロボットクリーナーが作動しているだけだった。
まりしろと足並みを揃えナナの背中について行く。
階段から見て右側の廊下を歩いていると突然ナナが立ち止まった。
「わっ!」
ナナが大きな声を出した。見ると先ほどまでナナの両腕で抱えられていたロボットクリーナーが、突然おどろおどろしい電子音を立てて動き出した。
「なんだ!」俺は驚き竦める。
まりしろも身構える。
腕から離れたロボットクリーナーは空中を飛行し、遠退いたと思えばこちらと対峙するように振り返った。ふわふわとその場に停滞し、ガガッと機械音を鳴らす。ランプが赤く点灯し、それがただならぬ状況だということはすぐに理解した。周囲に緊迫感が増す。
ピピピピピ! と電子音が鳴り響く。
「下がってください!」
俺はまりしろの身体を近付けて庇うように後退した。途端にロボットは円盤状の機体から銃口を伸ばすと銃弾を発射してきた。静かだった廊下が翻るように喧騒に変わる。
「お掃除ロボが発砲!?」
この暴走はロボットに起こった不具合の影響と思われた。発砲された床にはゴムのような物質がへばり付きビリビリと電気を走らせている。ナナがシャウラにお仕置きしていた時に見た、これはスタンガムだ。対象に粘着し電気を流し無効化する、非殺傷の武器。もっともあの時より高電圧の。
「これらにはセキュリティの要素も兼ねていたんです。幾つかの兵器が備わっています」
そんなものが暴走したら、タダでは済まないではないか。
「無力化します!」
ナナは姿勢を低くすると右腕をガトリング砲に変形させた。
右腕から銃弾を連射する。束ねられた銃口が回転し、耳をつんざく轟音が響く。
撃ち込まれているのは恐らく金属製の実弾だ。身軽に躱しながら飛び交うロボットクリーナーは幾つかの弾を喰らい機体を凹ませた。流れ弾は建物の壁に床に天井に喰い込み、幾つもの穴を開けた。
弾幕を浴びながら機体は接近してくる。とうとう間合いを詰められたナナはこれ以上の発砲は無意味だと悟ったのか、左脚で壁を蹴り高く飛翔するとロボットクリーナーの上面を捉えた。そして空いている左手で上から殴りつける。強烈な一撃を喰らったロボはたちまち床に食い込みそこに大きな凹みを作った。
完全に停止するまで左拳を離さなかったナナはそのままこちらを振り返ると、
「お怪我はありませんか」
と落ち着いた声で言った。当然ながら息は荒れない。衝撃的な戦闘能力を見せられた俺にはナナの顔が機人ではなく鬼神に見えた。
「大丈夫だ。まりしろも……」
「へーきだよ」
「ああ、よかった」
ナナは姿勢を正すと右腕を元に戻した。
「今のは不具合の影響か?」
「そうだと思います。ですが、不具合が半ば暴走のような状態を起こす原因なのだとすれば、……マズイですね」
ナナは険しい表情を見せた。
「実は不具合の報告はあれ一機だけではなく十数機に及んでいて……」
ナナが言い終える前に、突然幾つものガラスが割れた。
俺は状況が把握できず反射的に腕で顔を覆った。まりしろも同じだ。ガラスは細かく降り注ぎ床を危険地帯にした。その際腕を僅かに怪我した。
眼を開けると周囲には十数機のロボットクリーナーに包囲されていた。
「おいマズイぞ!」
「分かっています!」
このままでは全身蜂の巣だ。いやあれはスタンガムだから……、全身べちょべちょだ! 想像しただけで最悪の気分だった。
空中に留まり続けるロボットクリーナーたちはこちらの様子を伺っているようだった。無差別に銃弾を浴びせる仕様にはなっていないらしい。
後方を確認したり、また前方に振り返ったりとしていると睨み合う状態が数秒間続いた。横目でまりしろを見ると、尻尾の様子から怯えていることが確認できた。
続いて起こったのは上方から聞こえる破壊音だった。それは凄まじい轟音と共に天井を突き破り、三階の廊下に着地した。またもやロボットである。
しかしロボットクリーナーとは形状が違う。
人型をしたそれの背中からは金属の翼が生え折り畳まれている。体格は二メートル以上ある。全体的に流線型のフォルムをしていて、顔はさらに特徴的な形をしている。言うなれば鳥人。先端にかけてクチバシのように尖っていて、瞳もそれに攣られている。アメリカの戦闘機よりも高速に飛べそうだ。
この鳥人型ロボットもランプが赤く染まっている。
「おい、これもお掃除ロボなのか!?」
「これは《ペレグリン》といいまして、私の今の
戦闘に特化しているともなれば、非常に危ういという意味ではなかろうか。ロボットクリーナーとは格が違うのだ。異質過ぎる。警備用ではないのだから。
「なあ、これはきっと不具合と言うよりも、『乗っ取られた』って事なんじゃないか? 明らかに敵対してるようだ」
「はい。その線が強いかと。ロボットクリーナーの暴走だけならまだしも、シャットダウンしていたはずの《ペレグリン》が起動している事からして明らかに不自然です」
悠長に分析していると、痺れを切らしたのか対峙する《ペレグリン》は右手をこちらに突き出した。不思議な駆動音がして手の平に組み込まれているリング状のパーツが回転し始めた。段々と回る速度が加速し輝きが増す。知らずとも分かる。何かを発射するつもりなのだ。見渡すとロボットクリーナー達も銃口を向けている。
「マズイです! 今はとにかく回避する事を考えましょう。私が惹きつけているので、ケイトとまりしろはその内に避難を!」
ナナの機体から計八機の球形ドローンが姿を現した。ドローンにもそれぞれ武器が備わっており、ロボットクリーナーの攻撃を迎撃する。
ナナは《ペレグリン》に攻撃を仕掛けると、注目を惹きつけて外へと誘き出した。ガラスのなくなった窓から飛び出して、数体のロボットクリーナーもそれを追いかけていった。
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