子猫は上手に着地する
「もう抱っこは良いのか」
「もう一人で平気」
目を覚ましたばかりの頃、まりしろはあまり本調子ではないらしい。低血圧と言うべきか、目覚めが悪いと言うべきか、はたまた朝に弱いと言うべきかはいざ知らず、昼に近づいた今はすっかり元気な様子で、ずんずんと歩みを進めている。現在の時刻は大体「おはようございます」と「こんにちわ」のどちらを使えば良いのか迷う頃合いである。
来たばかりの俺に敷地内を案内してくれるというのは必要だからなのか親切心かただ俺と遊びたいだけなのかは判別が付かないが、こんな自然の中を歩くのはいつ振りだろうかと思案した。
自宅は田舎ではなく都会でもなかった。いわゆる住宅街で近所には竹藪や公園、神社の大樹くらいしか緑が無かった。だから久々に心が安らいだ。
「ここ森」
「わあー」
「ここ川」
「ほおー」
「ここ湖」
「おおー」
「ここ庭」
「へえー」
「ここ門」
「はあー」
「ここラボ」
「ひゃー」
移動にほとんどの時間を割かれ、気づけば太陽は頂点を過ぎている。景色に気を取られて忘れていたが空腹だった。まりしろも自分の腹には気付かず案内役に徹していたようで、「ふぇぇ」と掠れた声を上げながら途中で倒れた。その様は蚊取り線香を食らった蚊のようで、俺はしばしの間無言で突っ立っていた。
散々歩いた末結局ギブアップ。またもや抱っこする形となり、俺は本棟へまりしろを連れた。腹が減っては戦が出来ぬのでエネルギー補給をすると、まりしろはすぐさま完全復活を果たした。ガツガツむしゃむしゃと料理を喰らうその姿はまるで遠慮が無かった。しかし良く食う人とは良きもので俺も負けじと喰らったが、不意に喉を詰まらせて危うく霊になるところだった。
その料理はナナが作ってくれたもので、名を「ピプリ」と言った。名前だけ言われても全く訳がわからない。名前に反してプリプリした食感ではないのでなおさら訳がわからない。喉に詰まらせて死んでいたら【死因:ピプリ】となってさらに訳がわからない。
とにかくガイド再会である。次は本棟の中を案内してもらった。
「ここ玄関」
「はい」
「ここ扉」
「おう」
「ここドアノブ」
「え」
「こここここ」
「おい、まりしろちゃん!?」
五時間目の授業はなかなか辛いところがある。それは午前に溜まった疲れからくるものではなく、食後であるからだ。俺も稀に眠りこけてしまう事があった。つまりまりしろは現在おねむであった。玄関と言えば住むところをなぜか言い換えで何度も説明するし混乱している様子。
「休憩するか?」
「んー、いや、ダイジョーブダイジョーブ」
「頼みますぜガイドのお姉さん」
図書館。調理室。食堂。室内プール。大浴場。物置部屋。各人の部屋。屋根裏部屋と、様々な部屋を経由して、現在は四階にある一室のベランダに出ている。
「次は屋根」
まりしろはそう説明して、要領よく壁を登っていく。上手い具合に凹凸を使って、屋根へ登り着いた。獣人の身体能力の凄まじさを見せられた。
「ほら、けいとも早く」
「待てまりしろ。普通の人界人には壁登りなんて無理だ。屋根はいいから戻ってこい」
「ええー、綺麗な眺めを見せようとしたのにー! 散歩でいつも登ってるの。気持ちいいよ」
いや、この散歩道は険し過ぎだ。人の道ではなく獣道のようだ。
「登そう言われても登れない。そうだ口で言ってくれ、何が見えるんだ?」
「えーとねー……、お家の全体! 湖! あと街! あ、お庭にナナが見えるー!」
「そうか、ナナは何してるんだ?」
「なんかしてるー」
「なんだそりゃ」
「行ってみよーけいと」
子どもいういうのは気まぐれなもので興味は不思議な速度で移り変わっていく。まりしろの懇切丁寧な説明とお姉さんとしての大人な対応によってガイドは大体終わっていたので、二人でナナの方へ行ってみることにした。
「じゃーんぷ!」不意にまりしろが屋根から飛び降りた。
「おいばか危なっ……」
「ちゃくちぃ!」
してやったりという顔でこちらを伺う。獣人だから身体能力に長けているとは知っているものの、冷や汗を掻かされる。俺はため息をついた。まりしろは外に向かって駆けて行った。
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