立て続けに噛まれてる

 折角だからもう少しルーナの研究所を見学していくことにした。

 一階二階にわたって研究室があり、二階の一部には生活スペース、地下には倉庫があった。ずらりと並ぶ書物に研究器具、煩雑に記された手書きのメモなど、意味もなくそれらに風情を感じた。さすが魔法の研究室といったところで、独特な匂いと雰囲気が建物中を満たしていた。

 そんな中でも一際目立つものの一つがふと俺の目に止まった。

「なんだこれっ!」

 それは生き物だった。人の形をしているそれの肌は絵筆で塗ったように青い。額からは二つの角が生えており、瞳は真っ黒。大きさはりんご二つ分くらいで背中に透けた羽根が生えている。鳥籠に入れられており隙間から手を伸ばして動き回っている。たまに「キキキッ」と小動物的な鳴き声を出すのだから気味が悪い。

 俺は彼らの姿を見て身震いをした。しかしルーナは平然と言う。

「それはグレムリンですよ、妖精の一種です」

「妖精」

「はい。霊界の妖精ですね」

「こいつらも実験に使うのか……?」

 俺は想像した。先ほどマッドサイエンティストの頭角を現したルーナのことである。まさか妖精を切り刻んで熱して粉末状にするなどの猟奇的なことをしているのではと疑念が浮かんだ。それは想像するに容易く、次々と断末魔をあげて絶命するグレムリンたちの姿が絵に浮かんだ。

「はい、使いますよ。ってあれ、なんでそんな戦々恐々とした顔してるんですか……。もしかして、残酷な想像してません? いえいえ違いますよ。使うと言っても彼らの涙をちょこっとだけ頂くくらいです」

 俺は内心胸を撫で下ろした。この魔女、最低限の道徳は弁えている様子。

「今度やろうとしている実験ではこの涙が材料として必要なんです。ですからわざわざ都市まで繰り出してレンタルしてきたんですよー」

「妖精ってレンタルするものだったのか。いくらなんだろ」

「野生の妖精を捕まえるのは禁止されていますからねー」

 鳥籠の中でうごうごするグレムリンは全部で十〜二十ほどいた。彼らは個性が強いようで真ん中で縮こまっている者、空を優雅に泳いでいる者、格子を掴んで「俺を出せー!」と訴えている者までいた。俺の妹である七海羽織風に言うのであれば「キモカワ」であった。俺は奴らに可愛さなんて感じないが、何となく気になって鳥籠に手を伸ばしてみた。彼らを撫でようと試みたのである。

「いったぁ!」

 結果から言えば失敗である。俺は指を噛まれた。

「あーダメですよ無闇に手を出しては。グレムリンは悪戯好きで気性がやや荒いのが特徴です。舐めてかかると足元を掬われますよ」

「そうなのか」

 妖精だからといって下に見るのは、素直に愚かしく思えた。

 俺は独自に、神も仏も天使も悪魔も敬意を払うべき存在だと思っている。宗教的な話になってしまいそうなので危ぶまれるが、畏敬の意を示すのは妖精に対しも同じと考えることにしよう。八百万の神様とも言う。豊葦原瑞穂国以外で八百万の神々がいらっしゃるのかどうかは分からないが、きっといらっしゃると考えたほうが心は豊かになる。

「それにしても、ここに来てから噛まれるのは三回目だな」

「三回もですか!?」

「シャウラで一回。まりしろで一回。グレムリンで一回」

「シャウラに噛まれたんですかっ! 痛くなかったですか?」

「痛かったよ、相当」

「私も噛まれたことあるんですよ。本当どうにかならないものでしょうか」

 ルーナはシャウラの吸血欲に悩まされる被害者の一人であるらしい。俺はそうならない事を望む。もしなってしまったらルーナと共に被害者同盟を結ばざるを得ない。

 その後俺とまりしろは建物を後にした。ルーナはこれから研究をするのだと言っていた。地道な努力が結果に繋がる、そんな職業である。在宅勤務なのが救いだろうか。だったら俺も彼女に見習うとしよう。たとえ帰還に地道な努力が必要なのだとしても、必ずや果たさなくてはならない。ルーナの存在は俺にその意志を強くさせた。

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