一堂に会する

 長く大きな食卓に置かれた椅子に、七人の者が座っている。上座にはアリシアが。そこから近い順にミィリィさん、ナナ、見知らぬ女性、まりしろ、シャウラ、七海敬斗が座っている。

 テーブルには美味しそうな朝食が載っていた。鼻に訴えかける香りはとても良く、手が自然と伸びてしまうくらいだった。料理は見たことのないものばかりで、中には受け入れがたい様相をした料理もある。

 隣にいるまりしろはとても眠そうにしていた。朝に弱いのだろう。正面に対峙するシャウラがこの場にいることは意外だった。吸血鬼の血を持つ彼女は夜型の存在なので、てっきり日の出前に寝床に入っているものと思っていた。しかし実際のところ、シャウラにとっての朝食とは人間にとっての夕食のようなものであるとの事だった。

 ナナは機人であるので食事を摂るのだろうかと気になっていたが、有機物をエネルギーに変える事のできる胃腸のような機構が備わっているそうだ。ナナも食事のメニューは同じである。

 アリシアとミィリィさんは外行きの服装をしていた。アリシアは昨日見た時よりも凛々しく見えて、聡明な雰囲気があった。ミィリィさんは相変わらず大人な佇まいをしていた。

 目の前に座っている初対面の女性はこの屋敷に住む最後の一人であろう。俺と彼女を含んだ全七名がここの入居者である。一人の召喚士アリシアと各界から召喚された六人の従者がいるわけだ。ただし俺はまだ主従の契約を正当なものと認めてはいないので、従者は五人とも表現できる。いずれは元の場所に帰るのだから。帰れないのだと聞かされたがそんなもの嘘に決まっている。この世界は文明が非常に発展している。多様な人種もいるため、人権問題の法整備は万全であるはずなのだ。人界の法律よりも遥かに。

 窓の外に見える森からは動物の静かな囁きが聞こえる。風情を感じながら虚ろに見つめているとアリシアが口を開いた。

「朝食を食べる前に、みんなにお知らせがあります」

 注目が集まった。まりしろは空腹なようで、食べ物をツンツン押している。

「この家に新しく従者が来ました。六人目、人界からの従者七海敬斗君です」

 かしこまった言い方に不自然さを感じる。

「あー、どーも」

 椅子から立ち上がって右手を小さく挙げた。馴れ合ってばかりいるつもりもないが、一応礼儀として一礼をしておく事にする。

「知ってる」「知ってます」「けいとでしょ?」

 シャウラ、ナナ、まりしろの順に返事をした。

「あれ? もう話してたの?」

 アリシアが驚いた顔をする。真夜中の襲撃事件で二人と知り合った事など想像できるはずもない。かといって説明すればシャウラの悪事が公の場に出てしまう恐れがあるので言いづらい。昨日の拷問紛いのスタンガムで反省は十分にしただろうから、これ以上は酷な話だ。

「え、ちょっと待ってくださいよ。それじゃあまだ会っていないのは私だけだって事ですか!? みなさん酷いですよっ。仲間はずれ!」

 女性は立ち上がって両手をあたふたさせた。

「だって普段別棟に篭ってるからじゃん」アリシアが冷静に言う。

「それは研究の為ですから! というか人を引きこもりみたいに言わないでください!」

 アリシアは女性の勢いに呑まれている。女性はぷんすかと顔を熱くさせている。まりしろは卓に突っ伏して唸っている。

「じゃあ今名乗ります!」

 胸に右手を当てて女性は名乗る。

「私は聡明叡智たる魔女メレスウィアルの弟子にして一片氷心たる魔女ルーニヴィア・フレアローブ! 出身は霊界です。ルーナって呼んでください」

 霊界とは自然に宿る霊的な存在、妖精や精霊が暮らす世界である。

 四大元素の加護によって巧みに魔法を纏い操る者たちが住まう。ウンディーネ、サラマンダー、シルフ、ノームの四大精霊、それを束ねる精霊王が最高権力者として君臨している。種族は、エルフ、ドワーフ、ゴブリンなど多様だ。

 魔女。

 魔女というのは一般的に女性の魔術師に使われる名称であり、男女を合わせて呼ぶときには「魔術師」という言葉を用いる。

 霊界固有の種族で、生まれながらにして魔法に恵まれた才能を持っている。霊界以外のものでも魔力を持つ者もいるが霊界出身者には到底及ばない。魔法のプロフェッショナルである。

 魔力とは体力のようなものである。百メートルを走るのに必要な体力。炎を灯すのに必要な魔力。魔力は才能が八割で、努力が二割だと言われている。誰でも努力すれば身につくわけではないが、努力を怠った者に魔力は決してつかない。

 容姿は人間とほぼ変わらない。魔術師には霊界出身者かつ魔法を自在に操る者が分類されることになっている。魔術師にしか出来ないと言われる職業には「魔法技師」「魔法薬師」「呪い師」などがある。

「よろしく」

 俺は軽く挨拶をした。これで全員との自己紹介は終えた。

 中心界の召喚士アリシア。

 魔界の吸血夢魔シャウラ。

 機界の機人ナナ。

 獣界の猫獣人まりしろ。

 霊界の魔女ルーナ。

 あれ?

「てことはミィリィさんって……深界から?」

「はい」

 ミィリィさんはこちらと目を合わせて静かに言った。

「あー、確かにびっくりするよね。足生えてるし、見た目まんま人だし」とシャウラ。

「ああ、てっきり深界って人魚とか魚人とかのイメージが」

「人魚ですよ、私は」

 その言葉でさらに混乱する。本を読んで深界の事前情報は頭に入れたつもりだったが、確かにあれは分かりづらく記述されていたと思い出す。

 深海とは全てが水に浸された群青の世界である。水の上に顔を出す島は一つもなく、すべての生物は海の中で生活している。海中には空気だまりがあり沢山の生物が集まる。人界における河川付近のようなものである。そのため人が集まり海中都市が建設され、文明の拠点として機能している。人魚、魚人、多種多様な魚類、クラーケン、リヴァイアサンなどが住まう。

「人魚の下半身は陸上で脚になるからね。見分けがつかなくても仕方ない」

 アリシアが穏やかに言う。

 深界の人魚ミィリィ。これで全員だ。

「もう! まだ食べないの?」

 先ほどからうーうー唸っていたまりしろが痺れを切らした。確かにその通りだった。うまい料理も冷めては台無しだ。という訳で、その後すぐに食事に移った。

 食事はとても美味かった。聞けば今日の朝食を作ったのはミィリィさんである。食事は交代制で作るのが屋敷での決まり事だ。シャウラの料理は酷いらしく、調理禁止令が出ている。

 しかしその時の俺はこの食事に対して正体不明の物足りなさを感じていた。一体何が不足しているのか。美味いのに、どこが不服であるのか。後に判明することだが、その時の俺はまだ気付いてはいなかった。

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