夜の支配者の夜這い
寝室に移動して寝転がるは良いが、一向に眠りに落ちる気配がない。
目が覚めたのは夕刻だ。五日間も眠った挙句これなので脳が冴えに冴えている。
目を閉じて時間が過ぎるのを待つのは不服なので、俺はこの世界についての理解を深めようと企んだ。今ある不安な気持ちを払拭したかった。
二冊の本をベッドまで持ってきた。机の上に置いてあったので、これを読め、とでも言っているようだった。この世界を何も知らない現状、自分が今立っている場所を理解するためには、とても重要なものだ。無知ほど恐ろしいものはない。
どちらを先に読もうかと悩んだ末、俺は両方を並行読みすることにした。
種族図鑑の方はとても興味をそそられるものであったし、中心界の入門書は文字が多く退屈になりそうな本だった。睡眠をとるためには入門書を読んだ方が途中で飽きがきて眠りを促進されてくれるだろうとも考えたのだが、好奇心に勝る心などなかった。
一冊を手に取りベッドに横たわる。それにしてもこのベッド、猫の毛がよく付いていた。この屋敷では猫を飼っているのだろうか。布団に毛を置いていった犯人の顔を見てみたい。
「もしやお前の仕業か?」
と動きを止めているお掃除ロボット「そらゆき」に尋ねてみる。
けれど返事が返ってくるはずもなく以前静止したままだった。
猫の毛を一通りはらうと、俺は読書に集中した。
本を流し目で読むと一通りの知識が備わった。
この世界の成り立ち。文明のレベル。常識。社会の仕組み。魔法と機械の存在。
各界固有の人種。ドワーフ、機人、魚人、獣人、人間、オークなどなど。ざっと見ただけで百種は優に超える。それぞれの特徴、苦手なもの、タブー、能力などもわかりやすく記載されている。どうやら生まれ持った能力が種族ごとにあるらしく、エルフは魔法が使えたり、人魚は水中でも地上でも呼吸ができたりなど多種多様だ。
これで他人に質問されてもある程度の返答はできるだろう。
目覚めた初日としてこれほどの知識を得たことはとても大きなことではないだろうか。物事を知るにつれて、はじめに抱いていた恐怖心は薄れていった。
全く眠る気分にはとうとうならなかったが、灯りを消して形だけでも眠ろうか。最終的にその考えに至った。
けれど、部屋を暗くしようと思ったのだが様子がおかしい。灯りを消すスイッチがない。
思えば部屋に入ってきたとき、照明は自動で点いた。
自動で点いたのだから自動で消えるだろう、という浅はかな考えでは問題は解決しなかった。センサーか何かで点灯したのであれば、俺が部屋から出ない限り消灯しないとも限らない。こればかりはどうしたらいいのかまるでわからない。
仕方なく、俺はあたりを見回す。
すると、ひとつの不思議な置物を見つけた。
その物体は仄暗い光を放っている。見た目は球体で透けている。完全な透明ではなく、かといって物体としては不安定に見える。俺はその置物に手を伸ばして触れた。
感触はある。見た目はホログラフィーだ。ひと触れすると球体は振動し、平面状に開いた。SF映画で見たあれだ。中心界の技術の進歩は俺が元いた世界である人界よりも遥かに発展を遂げている。六つの世界の中心である中心界は、それぞれの特徴を混ぜ合わせ、さまざまな分野において最高の発展を遂げた世界。つまりこの球体は人界のまだ知らない技術を使っているのだ。
ホログラフィーのパネルに幾つかの項目が現れた。俺はその中からマニュアルを選択し読み込んだ。なるほど、この球体は部屋のあらゆる道具を動かすことのできる、システムコントローラーのようだ。窓ガラスを曇りガラスに変更したり、目覚ましの設定をしたり、モニターを点灯させたり、用途は多岐にわたる。
これで電気の消し方は理解できた。その他にいくつかの機能を覚えたが、試すのはまた今度にしよう。操作によって電気を消すと、俺はパネルを閉じた。球体に戻ったコントローラーは暗がりで青白い光を放ちプワプワと漂った後、スタンドのもとへ自ら戻っていった。
「とんでもねぇ技術だな」
思わず独り言がこぼれた。
男たるもの、ロボットだの魔法だのガジェットだのという未知の存在にはついつい少年心を抱いてしまうものである。これでまたいっそう、目が覚めてしまった。
けれどどうにかして眠ろう、と俺は布団をかけて眼を閉じた。
○
意識の続くことはや一時間、未だ俺は眠れていない。だがその間不思議な感覚に襲われた。
それが夢と現実の狭間の妄想であったのか、完全な夢であったのか、はたまた俺の記憶であったのは判然としない。ただ一つ言えるのは、とても恐ろしかったということだ。不意に叫びたくなるような恐怖。とても嫌な気分だった。
その感覚の中で俺は座っていた。座りながら何かを待っていた。時間だったような気がする。何かの時間まで待ちながら暇つぶしに考え事をしていた。また、誰かと会話をしていた。
そして恐怖は唐突に始まった。
突然の振動に襲われた。それと共に訪れる爆発音。
直前まで周囲は静まり返っていた。夜だったと思う。とても大きな音が響いて、眠っている人々は目覚めた。
俺はそのとき隣にいる誰かと眼を合わせていた気がする。とても不安そうな瞳で、とっさにその心配を取り除かなくてはならないと思った。
大丈夫だ。眠って、目覚めたときには着いてるよ。
そう声をかけた。
けれど、一体どこへ? どこに着くのを待っていたんだ?
声をかけても相手は不安な様子を収めない。周囲もどよめき出した。誰もが動揺していた。小さい子は泣き出し、夫婦は身体を寄せ合っていた。かくいう俺も恐怖していた。逃げ出したいくらい怖くて、だが逃げることはできなかった。席を立っても無意味だ。どこにも行くことができない。*******に着くまで。
俺は相手の手を強く握った。相手もそれに答えて強く握り返す。
揺れは収まらず、轟音がしきりに鳴り響いていた。人の泣く声、耳をつんざく音、恐怖の色が混ざり合って気持ちが悪い。
雷が聞こえた気がする。ポンッ、音がなって、辺りに電気が灯った。そこで見えた人々の表情には悲痛の色しかなかった。自分は死ぬのかと恐れをなしていた。
アナウンスが流れるが悲鳴でほとんど聴き取れない。
次第に揺れは強くなる。急激にかかる降下感。
それからしばらくしないうちに、人々は全身を冷たいものに包まれた。
呼吸もできない。声も出せない。
全身を貫くような痛みが襲い、俺が最後に見たものは、光を失った瞳だった。
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