中心界
とうとう俺は心折れ、その後のすべての説明に対して肯定する意思を抱かざるを得なかった。どうしようもなくただただ二人の口から飛び出す謎理論と謎固有名詞に耳を打ちひしがれるだけだった。
彼女たちの言う召喚士や従者、中心界などという単語がこの世界においてどのような意味合いを持たされているのかといえば、つまりは以下のようである。
そもそもの話、世界は一つではない。
それは大きく分けて天界、霊界、人界、深界、獣界、機界、魔界、冥界、虚界の九つだ。
この九つの世界は三段階に分けられる。上段、中段、下段だ。上段は天界、下段は冥界と虚界が当てはまり、あとの六つは中段になる。
世界が九つもあるだなんて、初耳なんてものではないが、仏教の十界だの、日本における天国だの地獄だの様々あるものだから、九つだと言われても特に否定する要素もない。ただ少し、九つという数字に対して中途半端だなと思ったくらいだ。
それぞれの世界について、二人は大雑把に解説してくれた。
まずは天界。
この世界は、全ての世界を束ねる、いわば王国における王のような立場にある。曰く世界の頂点で、絶対なる支配権を持っている。
各界を常に監視し、中段の六つの世界において起こりうる、凶悪犯罪や違反行為を取り締まる最高にして最終の絶対機関。
ここに住んでいるのは俺たち人間から見れば神様と呼ばれる存在だ。全世界の仕組みや存在理由、今後の運命に至るまで、複数いる有力な神々が日々会議を繰り広げている。
会議の内容は世界機構を存続させるか否かにまで発展することもあり、以前人界に対して天界が天罰を下したことがあるいう。それは聖書に書き記されている「ノアの方舟」だ。
どうやら天界は、地上に悪が蔓延った際に機能するらしい。世界情勢、平和、均衡を保つためには、一界のリセットなど躊躇なくやってのける。
だが滅多なことでは動かない様子だ。最後に機能したのが方舟伝説の時とは、神様も存外楽そうだ。だが一回の規模が恐ろしい。
つぎに冥界。
名前からして大まかな予想できるが、つまり死んだ後の魂が寄せ集められる世界である。日本人的に訳すと、閻魔大王様に生前のおこないから、生まれ変わり先を決定していただく場所。三途の川の先である。
この考え方は輪廻転生、同じ魂が別の存在となってサイクルをし続けるという概念そのものと言えるだろう。六つの中段の世界で死んだ魂が行き着き、生まれ変わっていくそうだ。
そして虚界。
虚界は、多くの場合冥界と一セットとして扱われる。と言うのも虚界とは下段である冥界の、そのさらに下方に位置する世界だからだ。
虚界は他の世界と比較すると、至る点で突出している。
名前の通り虚無なのだ。有機物と無機物も、魂も意識も存在しない場所。冥界で輪廻転生の審判が下される際の最悪の行き先が虚界である。
虚界に送られるほどの罪とは果たして何なのか、それは人智の及びうることのない想像だが、輪廻転生のシステムから排除された、その先なのだろう。魂の最終処理場とも呼ばれる。
辿り着いた者は一瞬にして消滅する。生まれ変わることも、死ぬことも、考えることも、もう二度と出来ず、消えた存在となる。理解が難儀で哲学的な領域だ。
次は中段に位置する六つの世界の話。
霊界、人界、深界、獣界、機界、魔界の六つはそれぞれ独立した世界であるが、一部重なった領域がある。
霊界かつ人界かつ深界かつ獣界かつ機界かつ魔界である世界のことを、中心界と呼称する。
俺はいま、その中心界にいるのである。
ちなみにこの後も、何やら突飛した理論や逸脱した説を長々と教えられたわけだが、それがあまりにも長ったらしかったがために、ほとんど聴き流す程度の注意力で会話していた。
一通りの説明を聞き終わるまでの間には、理解できるものも、難解なものもあったのだが、一応自分の理解の仕方が正しいのかどうか確認することにした。
「理解できた?」
「まあ、……大体は」
見た目おさなめなくせに意外と説明力があるので仰天だ。
「けどなぁ、なげーよ! ちょーなげーよ!」
「仕方ありませんよ。六つの世界を語らずして、中心界は語れません」
「まあ、取り敢えず大まかなことは掴めたが、念のために俺の要約聞いてもらえる?」
「どぞどぞ」
解釈の間違いがあっては困るだろう。
「こほん、えーっと」
「まず、ここは中心界。六つの世界が重なり合ったことによってできた世界。この世界が出来立ての頃は、生命は一つもなかった。だけど、何らかの現象によって、別の世界から移住するようにやってきた人々がいて、いつしか定住するようになった」
「ふむふむ」
アリシアが可愛らしい相槌を打つ。
「んで、その人らの中から、他の世界から生物を召喚する能力者――召喚士と呼ばれる存在が現れた」
「そそ」
「召喚士がその力を使い、六つの世界から様々な種族を呼び出すようになる。それによって中心界の文明は発展し、人口は肥大し、異なる文化同士が衝突した」
「ふぇー」
なんだよその相槌、舐めてるのか。退屈なのか。
「それで時代は積み重なって今に至る。便利な機械があって、便利な魔法がある世界。多種多様な種族が交流し、混在する場所」
「みゅーん」
「そんな中ひとりの小さな召喚士、自称俺と同い年のアリシアが人界から従者となる者を呼び出すために儀式を行った」
「ふんぬ!」
「その結果俺は人界から中心界に現れて、召喚された弊害として五日間寝込んでいた」
「……」
「寝ている間契約が交わされたため、俺はこれから従者として働かなければならない」
「うむー」
「うむーじゃねーよ!」
抗議せねばなるまい。
「おいどういうことだよ、なんでいつの間に契約が交わされてるんだよ! こんな訳のわからない話に合意したつもりは微塵もないぞ! てか契約の定義ってなんだよ!」
「まあ、人生上手くはいかないよねぇ」
「はあぁぁぁぁぁぁ!?」
「ちょ、ちょっとうるさいよケイト。耳に響くって」
「煩わしいですよ、ケイトさん」
「ねぇ、お二人さん。どうしてそんなに冷静でいられるんですか。あなた方自分がいったい何をしているのか自覚しているのですか?」
「召喚」
「召喚ですね」
即答である。
「簡単に言ってんじゃねぇよ!」
俺が現在進行形で受けている仕打ちが召喚された結果であるのだと発言するふたりは、まるで悪魔であった。
召喚だなんてひと言で表現していても、その実情は七海敬斗の人生史上かつてない悲惨さをはらんでいる。まるで火中の栗だ。
希代不思議なんて言葉では済まされない、空前絶後の大事件である。エマージェンシーコールなど虫の羽音ほども耳に入ってはこないが、心中はSOSを篠突くように発信している。
俺の現在置かれている状況を『召喚』で一蹴できるのならば、戦争は喧嘩であるし、デブはぽっちゃり、エイリアンアブダクションは任意同行である。
「拉致です」
「えっ?」
「はい?」
「ふたりが召喚だと頑なに言い張ってるのは、拉、致、だ」
「拉致ねぇ」
「そうだ、国際法でいうところの強制失踪」
ないしは誘拐。人さらい。かどわかし。言い換えれば枚挙に暇がない。
「それってどこの国際よ」
「えっ」
「先ほど説明した通りですよケイトさん。ここは中心界です。人界の法律はまかり通りません」
どんな法律なんだよ、この世界は。
どんなことを言われようが俺は抗議の波を緩めてはならない、と自らに喝を入れ続けざまに発言する。
「人権侵害だっ!」
「だから、法律が違うんだってば」
「異議ありっ!」
「却下」
「悪魔だぁぁぁぁ!」
「別に魔界出身じゃないし」
「屁理屈なんていらない……」
たすけてぇ……。神さまどうかこの私を元の世界にかえしてぇ。
「まあ当然、召喚が犯罪となるケースもないわけじゃあないけど、今回の場合はちゃんとした手順を踏んでるし、わたし資格持ってるし」
「資格があれば許されるのかよ……」
「うん、修召喚士の証明書、見る?」
「いーよ見せなくて」
どうせこんな異世界のことだ、これ以上抗議しても真実は揺らがないのだろう。
であるならば、俺はいったいこれからどうしていけば良いのだろうか。
重要なのは、今後のことを考えることだった。
しかし、いくら前見て歩けだの立ち止まってはならないだの上を向いて歩こうだのと助言されたとしても、こんな恐ろしい状況だ、立ち戻る方法を模索せずにはいられない。
「どうやったら帰れるんでせうか」
「無理だよ?」
「あー、えーと、よく聞こえなかったんだけど……」
「じゃあもっかい言う?」
アリシアは口を開いて、一文字ずつハッキリと言おうと息を吸った。
「いや! やっぱり言わなくていい!」
もう一度聞いても悲しくなるだけだった。
「まぢで?」
「…………」
返答は沈黙であった。肯定と受け取るか否定と受け取るかは俺次第だったが、この場合否定と受け取ると危機的状況に冒された人間の悲しき希望となってしまいそうで怖かった。
自分を疑りたくなく、ついに希望は無いと判断せざるを得なかった。
しばしの沈黙が流れる。
様々なものを懐疑的に見てしまう。
今の俺は眼光炯々とし、その炯眼たるや、小動物を睨み殺すほどに切羽詰まった様であるかもしれない。それは少し気分が悪い。
帰れないともなると、その先には数多くの問題が発生することになる。悩みを抱えずにはいられないだろう。
思考をマイナスの感情で巡らせる俺だったが、そんなところで、この暗い雰囲気をぶち壊す発言をアリシアは言い放った。
「人の目玉は前に付いている! それはなぜだ! 前を向いて歩いて行くためじゃないのか、どうだ!」
「一瞬いいこと言ってるな、なんて錯覚しちまったよ」
「実際いいでしょ?」
「自画自賛じゃねーか」
アリシアはにっこりと笑うのだった。そんな顔を見ていると危機感がないというか、俺の境遇が大した問題ではないように思えてきた。
前を向け、くよくよするな。マッチポンプのようにも考えられるの言動だが、少なからずこの二人が人攫いをして強制労働を強いる存在には見えない。
不満は数多あれど話もいよいよ終盤に入り、アリシアは最後のまとめをしようと図っていた。
「他に質問はある?」
「どうだろうな、これ以上なにかを尋ねたところで、現状からして全部理解し切れるとは思えないし。今はここまでに留めておくとしようかな」
「まあそれが良いかもしれないね。もし後になってから気付いたこととか、気になったことがあったら、当然返答するつもりではあるからね。遠慮なく声を掛けてくれればいいよ。わたしにでも、ミィにでも。それでいいよね、ミィも」
「はい、もちろん構いません。従者同士のよしみです」
目が覚めた当初の不安や恐怖は徐々に薄れていくように感じられた。二人の懇切丁寧な説明の中にはいくつかの理不尽が含まれてはいたが、それもまた一興だと、心に留めることができるのかもしれない。
「日もだいぶ暮れちゃったね。もうすっかり夜だ。それじゃあ今日はもうゆっくり休むことにして、明日から楽しくやっていこうよ」
ようこそ、と言わんばかりに優しく微笑む彼女の姿に、俺はなにか温かいものを感じ取った。
それが何なのかはこの時には分からなかったが、決して警戒をすべきのではなく、とても気持ちの良い和やかなものだったのは確かだ。
だけどまだ、完全に信用し切ったというわけでは決してなく。
「疑ってることには変わりないからな」
「疑いは、時間が解消してくれます」
ミィリィさんは自ら従者であると名乗った。だから恐らく、今の俺と似たような召喚の経験があっての発言なのだろう。自分が召喚された時そうだったから、きっと俺も時間の経過によって慣れていくものなのだと、そう言っているのだろう。
「歓迎するよ、ケイト。召喚士と従者、そして従者同士は仲間、みんな優しくしてくれるから」
みんな?
「そう、みんな。この屋敷にはわたしとミィを含めて計六人いる。ケイトを含めたら七人だね。ちなみにわたし以外はみーんな従者」
中心界出身のと中段に位置する六つの世界からひとりずつ、といった具合か。となれば俺は人界からのひとりって訳か。
「今日はもう遅いし、明日になったらみんなと話してみるといいよ。みんながみんな大歓迎だから」
「なるほど。それじゃあお言葉通りにするとしようかな」
しかしこの巨大な屋敷に俺を含めてたった七人しか居ないとは、この世界は土地が有り余っているのだろうか。それとも家主たるロリ召喚士が大富豪なのか、もしくは誰かからの援助を受けているのか。
「ケイトさんの部屋は、さっき目覚めた時にいた部屋とその右隣になりますので、そちらをお使いください。部屋に浴室はついていますが、もし大浴場がよろしいのでしたら、一階の東方にありますのでご自由にどうぞ」
まるで高級ホテルである。大浴場に一人貸切だなんて夢みたいだ。
「それじゃあまあ、……よろしく」
一応挨拶はしておいたほうが良いだろう。拉致した身とされた身の関係であっても、この扱いからして随分と丁寧な様子を受ける。もう拉致だなんて表現するのは止めようか。そんなことを考えた。
俺がひとこと言うと、アリシアはとても優しく微笑んだ。それはまるで陽だまりに包まれる感覚だった。
「よろしく、ケイト」
だが後になって思う。
この時の俺はいくら何でもちょろ過ぎないかと。
いくつか思考してみたが、どうしてすんなりと受け入れる形となったのかは忘れてしまった。
アリシアが可愛らしくて、ミィリィさんが美人だったということは、恐らく関係のない話。……のはずだ。
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