召喚士アリシア

「え」

 なんか思っていたのと違う。なんというか、……小さい。

 見た目は完全に子どもだった。子どもっぽい大人でも、大人っぽい子どもでもなく、明らかに、正真正銘、子どもの姿をしている。まず俺よりは年下であることが断言できるし、目測で中学生か、高校一年生くらいだろか? いや、高校生ってことはないかもしれない。最近の若者は発達が早いともいう。

「ロリ?」

「失礼な」

「幼女?」

「不服」

「女児?」

「心外」

「好きな食べ物は?」

「ハンバーグ」

「子どもじゃねーか!」

「憤怒!」

 言葉を言い換えるたびに少女の顔に苛立ちの表情が増していった。

「ねえ、こいつの首に縄をつけて吊るしたりできないかな?」

「アリシア様、犯罪です」

 なんて恐ろしいこといいやがる。けれどさすがにからかいが過ぎてしまった。ここは反省せねばなるまい。

 端麗な女性が『会っていただきたい方』なんて表現をするものだから、てっきり雇い主だとか主人だとかの類だと身構えていた。だから今目の前にいる少女が予想よりもはるかに若い姿をしていたため、驚いてしまったのだ。冷静に見れば大したことない。

「ていうか、だいたい同じくらいだと思うよ、年」

「ふっ」

 この少女が、俺と? いやいや。

「ありえないって思ったでしょ」

 心を読まれた!

 少女は険相な顔で俺を炯々と睨みつけた。

 メイドさんの様子からして、この豪邸の主人と面会するものとばかり思っていたが、どうやら予想は外れたらしい。考えられる話として、屋敷の主人の娘、つまりはお嬢様ってところだろうか。

「でも良かった、無事に目覚めたみたいで」

「ええ。ですが懸念していた通り、記憶の一部が欠けてしまっているようです」

 メイドさんと幼さを全身から漂わせる少女は、互いに言葉を交わし合う。

「それってどのくらい?」

「いえ、まだ大雑把にしか確認していないので」

「直接聞いたほうが早いか」

 置いてきぼりの俺である。目覚めてからというもの、未だ疑問のひとつすら解決されていない。この少女が色々と説明をしてくれるのだろうか。そうだったらば早々にお願いしたいところである。さすがに自分が置かれている状況を把握できていない現状に、そろそろ恐怖や、寄る辺ない不安を抱き始めていた。

 二人はこのあと二言三言交わしたあと、俺の方に視線を移した。

「ここで目を覚ます前の、最後の記憶はある?」

「あると言えばあるんだけど、これが何なのか、よく分からない。暗くて、冷たくて、苦しい……みたいな」

「出身地と名前、年齢は?」

「そのくらい言える。日本、七海敬斗、十八歳」

「なら良かった。そんなに深刻そうじゃないね」

 俺の方も色々と尋ねるべき問題がいつくかあって、訊きたい気持ちはもちろんあるのだが、なぜだろう。砂漠にひとり放り投げ出されたようなこの状況に呆気にとられて、思考が上手く働かない。相手方に完全にペースを握られている。

「名前を聞いたところだし、こっちも名乗らないとね。わたしはアリシア」

「アリシア」

 反復するように俺はつぶやく。

「そう、召喚士にしてこの屋敷の主人。それから」

「私はミィリィです。ミィリィ・アクアマリン。この屋敷で従者のひとりとして仕えています」

 召喚士とか、従者だとか訳のわからない単語を出されたところで、色々と突っ込みたい点があるのだが、しかし名前を耳にしたことにより、恐らく最も重要な事柄に気がついた。

 日本人ではない。

 アリシア。

 ミィリィ。

 名前からして既に俺とは違う。俺が知っている場所とは違う。

 それに見た目も。

 普通だったら、目覚めたときすぐに気付くはずだった。けれど俺はいまの今まで全く気にする様子もなく、まるでそれが見えていないかのように扱っていたのである。生まれてからずっと付き合ってきたこの馬鹿頭にもいい加減うんざりする。阿呆の次元を超えている。

 ミィリィと名乗った女性は日本人の顔立ちをしていない。白波を立てるように揺れ動く海色の双眸は、今までに見たことがない。

 また、アリシアもミィリィさんとはまた違う顔立ちをしていて、民族的親近感が薄い。白く透き通った肌。銀色の前髪からこちらを覗く、深く底の見えない聡明さを持ち、それでいて艶っぽい柔らかな瞳。それを守るように長いまつ毛。幼い見た目とは相反して、立ち振る舞いは冷静沈着だ。

 やは日本人ではない。

 この事実から、俺の心にひとつの疑念が生まれた。なぜ言葉が通じているのだろうか、という疑問である。

 しかし、コミュニケーションが成り立っているという事実から、俺はさらなる恐ろしい事柄に気づかされた。そのあまりの不気味さに、俺はただ絶句するしかなかった。

 目の前にいる二人、そして何より俺の口から吐き出されている言葉は日本語ではなかった。

 俺は大いに動揺し、頭が真っ白になるような感覚に呑み込まれた。

「おい、……この、……いま話してるこれって」

 狼狽する俺をよそに、しかし二人はあくまで冷静さを保っている。

「ああ、それはこの世界の公用語。いま会話が成立していることを含めて、どうして聞いたこともない言語を使うことができているかというと、魔法のおかげだね」

 なぜだろう。言葉は理解できるのに、意味が微塵も理解できない。

「ケイトが寝ている間に魔法をかけておいたの。言葉がわからないと困るでしょ?」

「…………」

 もはや絶句して言葉も出なかった。

「そこら辺を含めて、順を追って説明するつもりだったんだけど、やっぱりまずははっきりと要点を言っておいたほうがよかったかな? ごめん、ケイト。色々と動揺させて」

 ひとこと謝ると、アリシアはこちらを改めて見つめ直した。

「ここがどこなのかとか、どうしてここにいるのかとか、色々と不安はあるだろうけれど、できる限り説明するつもりだから」

 少女は小さな咳払いをする。

「ここは中心界。ケイトが今まで生きてきた世界とはまるで違う、異なる世界。天国でもなく、地獄でもなく、正真正銘中心の世界。そしてケイトが今ここにいるのは、召喚士である私がケイトを従者として召喚したからだよ」

「おい、いい加減真面目にしろや殴るぞ」

 人をからかうべからずと、そんな言葉を与えてやりたい。

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