第一章 見知らぬ空の下
目覚めたら異世界
身体を照らすように暖かな太陽の熱が伝わる。小鳥のさえずりがする。肌を優しく撫でるような心地良い風が吹く。そんな中、俺は目を覚ました。
背中には柔らかな感覚が伝わっている。どうやら俺はベッドで眠っていたようだ。
先ほどまでの記憶が随分と曖昧だ。何か、とても恐ろしい目に遭ったような気もするし、かといってそれとは真逆に、とても楽しい時間を過ごしていたような気もする。昨夜はどのようにして眠りについたのかも、全く思い出すことができない。
けれどなぜだか、とても心地の良い夢を見ていたような確信がしてならない。
誰かの温もりに抱きしめられていたのだと思う。
淋しさも恐ろしさもない、とても幸せな夢だった。
上半身を起こして、辺りを見回してみる。
最初に目が映したのは、窓の外の光景だった。開いた窓の先には臙脂色の空と、大きく傾いている太陽があった。それに加えて、地上には鬱蒼と生い茂った木々の数々が見える。
あれ、いまは夕方だったのか。昼寝していたのだったっけ?
俺が目を覚ました部屋はまるで見たことのない場所だった。普段使っている部屋はこれほど大きくはなかったし、天井から見るからかに豪華な明かりがぶら下がっていることもなかった。
おまけに理解できないことにシーツに猫の毛がいくつか散らばっている。
「どこなんだ、ここ」
現在に至るまでの過程がまるで不明だった。どうしたら知らないベッドの上で目を覚ますのか、なぜ今が夕刻であるのかが思い出させない。僅かに頭痛がして、欠けた記憶を取り戻そうと思考を巡らす気にはならなかった。
一度ベッドから立ち上がろうか。
そんなことを思い立った矢先、ふと扉が開き、ひとりの女性が入ってきた。
「お目覚めになられたみたいですね。安心しましたよ」
女性は優しい柔らかい声色でいった。
「え、……その」
誰だろう、初めて見る顔だ。見た目は、俺よりもいくつか年上で、綺麗な顔立ちをしている。瞳は海色で、白波を立てているように見えた。
窓から入る微風にそよぐ髪は、烏の濡れ羽色と呼ぶにふさわしい美しさで、そこから覗く明媚な肌も同様だった。『可愛い』よりも『美しい』と形容したほうが相応しいように思える。
「どこか身体は痛みますか?」
尋ねられて、俺は自分の身体を見てみる。両手を広げ、そして閉じてみたり足の先まで意識を巡らせてみたりしたが、どこも不自然な点はない。痛みもなければ違和感もない。
唯一挙げるとするのならば少し頭痛がするくらいだろう。けれど、俺が目を覚ましたばかりだからだという可能性も十分に考えられるので、申告するほどのことではなかった。
「いえ、どこも。至って普通……です。たぶん」
記憶が曖昧であるということを除けば。
「うまく思い出せないんです。ここがどこなのかとか、どうして自分がここにいるのかとか」
「ああ、やっぱりですか」
やっぱり?
「あらかじめ予想はしていたんです。意識を失った影響で、目覚めた時に記憶の齟齬がついてしまうのではないかと」
「あの、良く分からないんですけど」
「そうでしょうね。初めは困惑するものです。少し状況は異なりますが、私もそうでしたから。でも大丈夫ですよ。段々と慣れていくものです」
話が全く噛み合っていない。
「訊いてもいいですか?」
「ええ、なんですか? あ、いえ、ちょっと待ってください。やっぱり、質問は後ほどにしていただけますか? まだわからないことだらけでしょうけれど、あなたが目を覚ましたらまず、会っていただきたい方がいるのです」
質問を断られてしまった俺を前に、女性は続ける。
「もちろん、訊きたいこと全てにお答えするつもりではあります。ですが、まずは、今から私の案内する場所に同行して欲しいのです」
まだ頭がぼーっとしていて、上手く言葉を汲み取ることができないが、取り敢えずこの女性が連れて行ってくれる場所に行こう。いくつかの疑問が解決するだろう。
「ご自分で立てますか?」
「はい。大丈夫です」
自分で立てるに決まっている。当然のことをどうして尋ねたりするのだろう。
ベッドから起き上がるために、俺は身体に力を込めた。けれど上手く立ち上がれなかった。身体に力が入らず、まるで久しぶりに動いたみたいだ。
「大丈夫ですか? けれど、上手く動けないのも無理ありませんね、なにせ五日も眠っていたのですから」
「え!?」
廊下に出ると、この建物の大きさがはっきりとわかった。天井は普通の家よりも遥かに高いし、そもそも一般的な民家のような造りにはなっていなかった。まるで城の一部か、もしくはヨーロッパにある自然の中の豪邸のように感じ取られた。
いくつもの縦長の窓が柱と一定の間隔で並び、窓の外には広い庭が見えた。足元にはエレガントな雰囲気を感じさせる絨毯が敷き詰められている。壁面にも高価な装飾物がぶら下げられている。
メイドさんに案内されるがままに歩みを進めると、二階分ほど階段を上った。俺が目を覚ました部屋が目測で二階くらいだったのでここは四階だろう。
「ここです」
メイドさんが足を止めた。示されたその場所には、重厚感のある大きな扉が構えていた。この先に、俺に合わせたい人が待っているらしい。いったい誰なのだろうか。この超のつく広さを誇る豪邸の主人なのだとしたら、きっと大層裕福な腹をしているに違いない。
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