第8話 嵐の後

 マリーへの「報復」を終えてから数週間が経った。


 ハーバルの見えざる権力の行使あってか、まるで嵐が去るように、各紙におけるスノウについての報道スキャンダルは目に見えて減少しつつあり、それと同時に、世間のこの話題に対する関心も冷めていった。まったくマスコミ、そして大衆って奴は嘆かわしい生き物だと嘆息しつつも、俺は、なんとか世間の喧噪からスノウを守り通せた安堵感に浸っていた。

 いや、果たして、俺はスノウを守り通せたのかどうか。確かに彼女は、嵐の前の快活さを取り戻し、法廷から帰ってくる俺を泣き腫らした目で迎えることはなくなった。

 だが、それはスノウ自身のしなやかな心根の強さによるもので、俺がしたから、と胸を張り言える自信はまるでない。


「何言ってるのよ」


 ある夜、夕食後の団欒の時間において、俺は、そんなことをスノウにぽつりと漏らした。それを聞いたスノウの開口一番の台詞は、それだった。それから、彼女は、少し怒ったような、または呆れたような声音で、言葉を続けた。


「イヴァン、あなたは勇気を持ってマリーと対決してくれたでしょ。私はそれだけで十分すぎるほど、あなたに感謝してるのよ。それに……」


「それに?」


「あの夜、ベッドの中で私たち、確かめ合えたじゃない。私たちは似たもの同士だと。互いに傷を舐め合って生き延びていこうと。……そのことだけでも、私は、あなたに守られていると感じるわ……」

 

 さらに、スノウはソファーに腰掛けている俺に、その美しい顔を、ぐいっと近づけて、こう言った。すこし、頬を膨らませて。


「それとも、あの言葉は、嘘?情事のあとの興奮が、言わせた言葉?」


 俺はスノウのあらぬ疑いに、慌てて叫んだ。


「そんなわけないだろう……!」


「そうよね」


 スノウはにっ、と悪戯っぽく笑った。

 俺は、至近距離にあるそのスノウの笑顔が、憎たらしいほどに愛しく感じて、思わず、衝動的に彼女の手をつかみ、俺の体の上にその肢体を引き倒した。


「きゃっ、イヴァン……!」


「悪い子だな、スノウ。俺に意地悪なこと、言いやがって……」


 俺はそう言いながら彼女のうなじに指を這わせ、彼女の敏感な部分を存分に触れてやった。たまらずスノウは、俺の耳元で、甘い吐息を漏らす。力の抜けた彼女の身体が、心地よい重さと熱をもって、俺の身体にしなだれかかる。

 やがて、俺は彼女の首筋から指を離すと、その身体を思い切り抱きしめた。


「イヴァン……」


 俺の腕のなかで、火照った声のまま、スノウが呟く。


「イヴァン、好きよ」


「俺もだよ、スノウ」


 乱れた彼女の黒髪が俺の顔をくすぐる。俺はその髪をそっと指で絡めとる。すると、スノウは小さな、だが、はっきりとした声で、俺に囁いた。


「……何か、今度、あなたにあったら、そのときは私が守るわ」


「ありがとう、そのときは頼むよ、スノウ……」


 俺はごく自然にそう言った。傷を舐め合う者同士に最適な答えは、それしかふさわしいものがないように思ったからだ。そうだ、俺たち2人は、対等だ。互いに支え合い、守り合うことで、人生をともに歩いて行くのだと決めたのだから。

 

 ……俺を守ると言ったスノウの台詞は、そののち、嘘偽り無いことが証明されることになるが、それはまた、別の機会に語るべき物語としておこう。

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