第6話 その女の名は 

が分かったぞ。ドヴォルグ」


 それから数日後、出廷してきた俺を出迎えたのは、控え室の前で自分を待ち構えてたハーバルだった。彼は俺を認めるや、いつもの冷静な口ぶりで、開口一番、そう言いやった。


「スノウの記事を最初に書いた野郎か」


「ああ、ただ、ではなかったがな」


「……女か」


 俺は控え室のドアを開ける手を止めて思わず唸った。同時に、なるほど……という想いもあった。スノウの経歴のみならず、性癖や行為の途中の様子を詳細に書き記したあの記事は、同性ならではの洞察力による、の羅列でもあったからだ。


「女の敵は女、とはよくいったものだな」


 嘆息しながら控え室のなかに入る俺にハーバルが付いてくる。彼は面白くもなさそうな口調で背後から台詞を吐く。


「そんなことは紀元前からの常識だ」


「俺だってそれは知ってるさ、で、どうするんだ、その女を」


 すると、ハーバルは用心深くドアを閉め、鍵を掛けた。これで部屋には俺とハーバルのみだ。その様子から、俺はその女が只の記者ではないことを察した。


「……背後に国がいるのか?」


「いや、任意で話を聞いているところだが、今のところその様相はない。彼女自身も、誰に頼まれてやったことでもない、と言っている。……只の、だ、そうだ」


「……個人的な怨恨?」


「彼女の名前を聞けば腑に落ちるだろう……その女の名は、マリー・レイガンという」


 俺は虚を突かれて、その場に立ちすくんだ。体を支える杖を持つ手が微かに震えるのを感じる。俺の脳裏にの最期が蘇る。忘れたことはない、あの雪原での会話、奴の冷徹な視線、そして奴を撃ったときの、引金の、冷たい感触。

 ……恨まれるだろう、それは。俺は合点がいったとばかりに呟いた。


「キースの親族か……」


「従姉妹だそうだ。すまんな、彼の家族の動向はマークしていたが、従姉妹までは対象外だった」


 ぐらりと視界が揺れた気がする。そのとき俺の胸を襲ったのは、戦争を機にした見えぬ憎悪が、連鎖していく恐怖だ。それが見えぬ鎖のように、この喉を締め上げる錯覚に思わず陥り、俺は思わず呻いた。


「……で、執拗な悪意、の正体が、分かったところで、どうする?ドヴォルグ」


 俺はハーバルの感情を排した静かな声で、我に返った。


「裁判を攪乱する容疑がない以上、彼女は刑事訴訟には当たらないだろう。だが名誉毀損で訴えることは出来る、これは我々ではなく、君が決めることだが」


「いや……それは」


 ……もう沢山だ、と俺は思った。これ以上の憎悪の連鎖を俺は目にする勇気も無く、また、それをこの手で広げる気にもならなかった。確かに、完膚無くスノウを痛めつけたことは憎いが、それとこれとは別に考えなければ。そうしないと、また、俺か、スノウか、そのマリーとやらか、いやまったく他の別の人間かが、悲劇に陥る。

 その他の手段で、この件にはを付ける必要があった。


 ……俺は少し考え込んだ後、ハーバルに言った。


「その女は無罪放免してやってくれ。ただ、その前に俺は彼女と話がしたい。ふたりきりで」


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