32話 それぞれの空

 真依まいたちが本部に戻ると20階の多目的フロアに全員無事に集まっていた。


 フロア内は一間ひとま30畳ほどあり、ワインレッドのカーペットが敷き詰められていて、椅子やクッションが雑に置かれていた。龍五郎たつごろう水姫みずき姫乃ひめのが思い思いにくつろいでいた。


 全員集まったのを確認して龍五郎たつごろうが話し始めた。

「みんな、ご苦労だった。捕虜も何名か捕らえることができた。一応、各自報告してくれ」



『すごいわね!相模さがみは1人で南の敵を全て倒したのかしら?』

 くろが真依まいの頭の中で独り言のように呟く。


 それぞれが担当した区域の報告を行うと、龍五郎たつごろうは頭をもたげ考え込んでいた。


 水姫みずきもそれに気付く。

「どうした?相模さがみのおっさん」


「どうもやつらの目的がわからん。本部を攻め落とすにしては人数が少ないし、偵察するだけにしては多すぎる」


「仮にミズキくんらの加勢がなかったとしても、本部自体には核兵器にも耐えられる絶対不可侵の結界を張っているから…やつらの実力では到底本部に侵入、破壊工作などをすることは出来なかっただろう」


「おいおい、おっさん!それなら、俺らがわざわざ倒しに行かなくてもよかったんじゃねえのか?」


「どこまで獣聖会じゅうせいかいのやつらが把握しているかわからんが、できる限り本部に関しての情報は隠しておきたかった…そこは大目に見てくれ」


「それこそ目的が気になるなら捕虜に聞けばいいじゃない?」

 姫乃ひめのが気だるそうに提案する。


「そうだな…おいおい確かめてみるよ」


 会話が終わると姫乃ひめのはショッピングの予定があると言い放ち機関を後にした。


 真依まい信也しんやのメンタルケアができないか、龍五郎たつごろうに声を掛けた。

相模さがみさん。話しは変わるんですけど、相談がありまして…」


「突然どうしたんだい? 私にできることなら協力するよ」

 龍五郎たつごろうは突然の申し出にも嫌な顔一つせず笑顔で対応する。


「シンヤくんのことなんですけど…」


 龍五郎たつごろうはすぐに何かを察したようで真依まいが次の言葉をつむぐ前に話し始めた。

「あの時、九尾討伐に加勢してくれた生司馬いくしまさんのご子息のことだね。彼には申し訳ないことをした。私がもう少し早く駆けつけていれば…」


「いえ…命を助けてくれただけでも充分です」


「おっさん。知り合いでも職員でもいいんだけど、メンタルヘルスに特化した干渉者かんしょうしゃはいないのか?」


 龍五郎たつごろうは再び頭をもたげて考え込む。

「うむ、いないことはないんだが…生司馬いくしまさんのご子息の干渉力かんしょうりょくは少し特殊だからね。もしかしたら、他の干渉力かんしょうりょくを受け付けないかもしれない。それよりも一般のセラピストの方がまだ効果的だと思う」

「それと…もう一つ提案があるんだけど、あまりお勧めできない」

 龍五郎たつごろうはそこで言葉を止め言いよどむ。


「珍しくもったいぶるじゃねえか。早く言えよ」


「実はだね。生司馬いくしまくんの父親の大護だいごさんが、感情操作の干渉力のうりょくも有しているんだよ。だから、大護だいごさんを見付けるのが手っ取り早いんだけど…。あの人ほどの干渉力かんしょうりょくの使い手なら、生司馬いくしまさんのご子息の干渉力かんしょうりょくを無視して力を浸透しんとうさせれるんじゃないかな?」


「なるほどね。結局オレたちは大護だいごを追うしかないわけか…俺はこのまま機関に在籍して大護だいごを捕まえるけど、竹取たけとりさんはどうする?」


「私は…」

 真依まいが言い淀んでいると、これまで黙っていた十兵衛じゅうべえが、龍五郎たつごろうに提案を持ちかける。


「…相模さがみさん。竹取《たけとりさんも機関で就職させることは…できないでしょうか?」


「彼女の実力は…僕が…保証します」


 十兵衛じゅうべえの言葉を聞いて龍五郎たつごろうは目を輝かせていた。


「ほう!あの十兵衛じゅうべえくんにそこまで言わしめるとは。一度ぜひ干渉力ちからを拝見したいものだ」


「いえいえ、私なんて… 」

 普段、誉められ慣れていない真依まいは適当な返しが思い付かず言葉が出なかった。


 真依まいとくろは脳内会議を始めた。


『まい…結局どうするのよ?』


『できればシンヤくんのそばにいたいけど…このままじゃ、まともに生活を送ることもできないよね』


『とりあえず、機関でお金を稼ぎながら信也しんやの父親を探したら?』


『そうだね。私の親には援助を頼めないから、自分で何とかするしかないよね』


 水姫みずきや他の人たちも真依まいの返答を待っていた。


「わかりました。シンヤくんが元気になるまでここで働かせて下さい」


「そうこなくっちゃ」

 十兵衛じゅうべえがいつになくハイテンションになっている。


「おっさん!くれぐれも御三家のごたごたに竹取たけとりさんを巻き込むなよ」


「無論そのつもりだ。竹取たけとりさん。決心してくれて嬉しいよ。改めてよろしく頼む」


 そう言って龍五郎たつごろうが差し出した手を真依まいは返事をする代わりに握り返した。


「待っててねシンヤくん!今度は私が助ける番だから」


 後日、真依まい水姫みずきは正式な手続きを行い境界保全機関きょうかいほぜんきかんへ入職することとなった。


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