31話 虚空の闘技場

 狼人間ワーウルフが間合いを詰める前にくろが叫ぶ。

「まいっ!早く干渉力ちからを使って!」


「わかった。ドリームハ…」

 真依まい干渉力かんしょうりょくを発現しようとしたその瞬間、狼人間ワーウルフの爪が真依まい目前まで迫っていた。



くろ獄衣ごくい

 くろが咄嗟に真依まいの髪を使役し攻撃を防ぐ。それでも、狼人間ワーウルフ刺突しとつの衝撃に耐えきれず、吹き飛ばされる。


「くろちゃん。私の髪で防ぐのやめてよ!いたむじゃない」


「命には変えられないでしょ。イヤならさっさと倒しなさい!」


「まったくもう、みんなして私の髪の毛をないがしろにして!!」


夢想無双ドリームハイ

 真依まいこめかみに指を当て、白い光の糸を引っ張り出す。糸が人差し指に巻き付き、それを振り下ろす。


「きて!」

“シンヤくん(verバージョンプリンス)”

 真依まいを後ろ手に隠すように白馬に股がり、白いマント、白い中世の貴族のような風貌の信也しんや顕現けんげんされた。


「まい…なによこれ…」


「なにって、シンヤくんだよ!」


「しかも、気持ち美形になってない?」


「なに言ってるのくろちゃん。シンヤくんはもともと美形だよ!」


「はっ、なんだよそのふざけた干渉力のうりょくは、式神しきがみか?」

 十兵衛じゅうべえそらに浮かびながら大爆笑している。


「もうみんなして、バカにして!」

「シンヤくんお願い!」


おおせのままに、姫君ひめぎみ

 白馬に股がった信也しんやは携えていたレイピアを抜き、狼人間ワーウルフへと突撃する。


 狼人間ワーウルフはプリンス信也しんやの刺突を軽やかにかわし、一瞬にして真依まいの背後に回った。

式神しきがみ使いは本体を叩くのが定石じょうせきだろ、嬢ちゃん」

 いやらしい口調で狼人間ワーウルフがそう言うと、鋭い爪を振り下ろした。


「まずい!」

 くろが再び真依まいの髪を広げ防御を張る。


 しかし、次の瞬間には真依まいではなく狼人間ワーウルフが吹き飛ばされていた。

ひめを狙うとは不届ふとどき千万せんばん。騎士の風上かざかみにも置けん奴だ」


「はやい!シンヤくんが護ってくれたの?」

 先程まで真依まいの数メートル先にいたプリンス信也しんや真依まいの背後に立っていた。


「なんなんだ、その式神しきがみは!?」

 ワーウルフは後退して、真依まいから距離をとる。


無様ぶざまに逃げるがよい。不逞ふていやからよ」


式神しきがみ風情ふぜいが!」

 狼人間ワーウルフはプリンス信也しんやの挑発に乗って突っ込んできた。


「フッ。バカな獣は扱いやすくて助かる。いでよ聖剣せいけん

 プリンス信也しんやは天にレイピアを掲げた。それに呼応するように空から光が射し、レイピアを照らした。


 天からの光を集めレイピアはきらめくつるぎへと変化する。


“シンヤカリバー”

 プリンス信也しんやは掛け声と共に、光の剣を振るった。


 直後、光の斬撃が閃く。そして、その軌跡上に立っていた狼人間ワーウルフに一筋の光がほとばしる。


「ばかな…」

 狼人間ワーウルフが地面に膝を付き倒れ込むのと同時に、斬撃の衝撃が遅れてやって来て空気が振動する。


 その衝撃に当てられ狼人間ワーウルフは意識を失い倒れ込んだ。


「勝負ありだな」

 今まで傍観していた十兵衛じゅうべえが終了の判断を下す。


 地面に突き刺さっていた長刀が消えると…周りの景色が元の森の中へ移り変わりプリンス信也しんやも消え去っていた。


 十兵衛じゅうべえが仰々しく拍手をしながら、真依まいの元へ歩み寄る。


「素晴らしい干渉力かんしょうりょくじゃねえか。その能力を機関で活かさないか?」


「えっ!?そんな事、急に言われても…」


「まい…やめといた方がいいわよ。コイツなんか胡散臭いし」


「手厳しいな。お友達のみずちの使い手も誘うつもりだから二人で相談してくれても構わないぜ。機関は一応、公務員扱いになるし生活には困らないと思うが…」


「私たち。まだ高校生なんだけど…」


「もともと非公式の組織だ。干渉力ちからさえされば年齢なんて関係性ねえ」


「公務員なのに非公式ってなんか矛盾してない?」


「お前、意外と鋭いな…まぁ、世の中の境界なんて曖昧ってことだ」


 突然の誘いに真依まいの頭の中は軽くパニックになっていた。

「…少し考えさせて」


「わかった…っと、勧誘なんてしてる場合じゃないな。コイツから情報聞き出さねえと」

 十兵衛じゅうべえは気絶して、地面に倒れている狼人間ワーウルフを軽く蹴飛ばす。


 狼人間ワーウルフうめき声を上げながら目を覚ました。


「ほら、おっさん早く獣聖会じゅうせいかいについて洗いざらい吐けよ。誓願せいがんを破ると死ぬぜ?」

 十兵衛じゅうべえは脅しにかかる。


 すると、狼人間ワーウルフが思いがけない行動にでた。


「どうせ、情報を漏らした者は教祖様きょうそさまと交わした誓願せいがんで死ぬ。だから何一つ話さない!」


 狼人間ワーウルフが声を張り上げ宣言した。その言葉を最後に彼は糸が切れたように倒れ、それっきり動かなくなった。


「ちっ、こんなことなら誓願せいがんなんて掛けない方がよかったか?」


「えっ…このおじさん、死んだの?どうしよう救急車をよばなきゃ」

 真依まいは初めて人が死ぬ瞬間を見てパニックに陥った。


「救急車って…頭大丈夫か?」

「こういうことに慣れないと、俺たちの仕事は務まらないぜ」

 十兵衛ワーウルフは呆れながらも真依まいを諭す。


「私、人を殺すような仕事はやりたくないよ」


「別に無理に殺す必要はねえ。ただ、相手に殺す気がないとも限らない。相手を殺さず、自分が殺されないようにするには、強くなるか逃げ足の速さを鍛えるしかないだろ」


「まい…あんたは普通の変な女の子なんだから無理する必要はないわよ」


「変は余計だよ」


 そんな時、十兵衛じゅうべえの携帯が鳴動する。相手は相模さがみからであった。

「…わかり…ました。竹取たけとりさん。向こうも片付いた…みたいです。本部に戻りましょう」

 いつの間にか十兵衛じゅうべえの口調が元に戻っていた。


 十兵衛じゅうべえの性格の変わりのようが気になった真依まいは尋ねずにはいられなかった。

「ねえねえ、十兵衛じゅうべえくん。さっきはどうして急に性格が変わったの?」


「それは…またの機会に…話します。とりあえず本部に戻りましょう」


 本部へと向かう道中、真依まいは頭の中でくろとやり取りをする。


『くろちゃん。私、機関で働くべきかな?』


『アンタには学生生活があるじゃない。無理にその選択をしなくてもいいと思うわよ』


『でも、シンヤくんが学校に来ないなら、私が行く意味はないよ』


『まったくアンタは…。そもそも、ここに来た目的はしんやを治療してくれる人を探す為なんでしょ?』

『それを聞いてから考えれば?』


『そうだね。そうする。相談に乗ってくれてありがとう、くろちゃん』


『どういたしまして』


 普段、真依まいに対して当たりが強いくろであるが、基本的には真依まいの事が心配なのだ。


 守護霊という役割をかんがみると当然といえば当然なのだが。

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