30話 天草十兵衛

 同時刻、真依まい十兵衛じゅうべえは、獣聖会じゅうせいかいからの刺客を迎撃げいげきすべく北へと向かっていた。


「ねえ、十兵衛じゅうべえくん。急がなくていいの?」


「たぶん…向こうから来てくれるから…待ってていい…。大まかな位置もアプリでわかるし…」

 十兵衛じゅうべえは手元のスマホを操作して真依まいに画面を見せる。


「そのアプリってどういう仕組みなの?」


「本部の周囲に…半径5km圏内の干渉力かんしょうりょくを感知する…結界を…張ってるんです」


「どうせ聞いたってわかんないでしょうに」


 くろがいつものように真依まいをディスっていると、十兵衛じゅうべえの表情が険しくなる。


竹取たけとりさん…そろそろ来ますよ」


「えっ、でも木がいっぱいで、なんにも見えないよ?」


 困惑する真依まいの眼前には木が幾重にも乱立していて数メートル先の見通しもきかない。


「大丈夫…僕に任せて」


 そう言うと、十兵衛じゅうべえは虚空に手をかざした。直後、十兵衛じゅうべえの手元の空間が歪む。


天叢雲あまのむらくも

 そして、突如、十兵衛じゅうべえの手に3メートルはあろうかという長刀が現れた。刀身が日差しを反射し、白銀の輝きを放つ。


一騎当千いっきとうせん

 十兵衛じゅうべえが刀を真横に振う。


 瞬間、その一振りで視界を遮っていた木々が刀の軌跡に沿うように薙ぎ払われる。


十兵衛じゅうべえくん、すごい!」


真依まい!気を抜かないで」


 驚きのあまり跳び跳ねる真依まいにくろが警戒を促す。すると、木々の残骸ざんがいから、姿勢を低くして斬擊を回避していた魔狼ワーグたちが這い出てきた。


「さすがにあのくらいじゃ、死なねえよな」

 十兵衛じゅうべえはニヒルな笑みを湛え、語気が荒くなる。


「あれ、十兵衛じゅうべえくん、なんかキャラ変わってない?」


 そんな真依まいの疑問などお構い無しに、勢いよく数えきれない魔狼ワーグが迫ってくる。


「オラァ!」

 十兵衛じゅうべえが再び長刀を振り下ろした。

 すると、目の前の全ての獣に一筋ひとすじの白線が閃く。直後、獣たちは血しぶきを上げて真っ二つになった。


「ちっ!張り合いがねぇな」


「性格の変わりようが気になるけど、スゴいわね」

 くろが先ほどみせた嫌悪感とは、うって変わって感嘆かんたんの声を漏らす。


「あぁ?1人逃げたか、ギリギリ届くか…」


一罰百戒いちばつひゃっかい

 十兵衛じゅうべえは標的に狙いを定めるように、刀の切っ先を前方へ向ける。



「よし!捕らえた。竹取たけとり、一気に翔ぶぞ!!」

 十兵衛じゅうべえ真依まいの了承を得ず、真依まいの体を抱えた。


「ちょっと待ってよ十兵衛じゅうべえくん!?もう、なにがなんだか…」

 そして、真依まいが言い終える前に、十兵衛じゅうべえ真依まいを抱え煙のようにたち消えた。


 真依まいが咳き込みながら顔を上げると、周囲には草木が生い茂っており、少なくとも十兵衛じゅうべえが木々を両断した位置から離れていることが、真依まいの頭でも理解できた。


 そこには無数の白刀が牢のように組み上がり身動きが取れない中年の男性が捕らえられていた。


「コイツが主犯格だ」

「おい、お前。いくつか聞きたいことがある」

 十兵衛じゅうべえは、長刀の切っ先を中年男性へと向ける。


「まさか…こんな化け物がいるなんて、聞いてねえぞ」

 中年男性は十兵衛じゅうべえを見て酷く怯えていた。


「おれは末端の者なんだ…。許してくれ!」


 十兵衛じゅうべえは、中年男性を威嚇するように刀を振るう。

「ごちゃごちゃうるせぇ!お前らの教祖の居場所!干渉力ちから!目的を教えろ!」


「はっ、それは話せないな。話したら誓願せいがんで死んでしまう。俺たちは機密を遵守することで干渉力かんしょうりょくを得ている」

 中年男性は突然、開き直り白刀の牢の中でふんぞり返る。


「その事は話してもいいんだね」

 真依まいが率直に疑問を投げかける。


「交わした誓願せいがんの内容によりけりだが…コイツもバカでなければ喋っていい範囲で答えるだろ」


 十兵衛じゅうべえは少し考え込んだかと思うと頭をくしゃくしゃ掻いて提案した。

「あぁ、めんどくせぇ!拷問やら、面倒な駆け引きはしょうに合わねぇんだよ。シンプルにいこうじゃねぇか」


 十兵衛じゅうべえは、真依まいを指差し、こう告げた。

「コイツと勝負をして勝てば逃がしてやる。その代わり負けたら洗いざらい吐いてもらう」


 突然の提案に真依まいとくろが困惑する。

「あんた、なに言ってんの!」

「えっ、十兵衛じゅうべえくん…冗談だよね?」


「誰がそんな話し信用するか」

 真依まいとくろとは違った意味で、中年男性は十兵衛じゅうべえの言葉に対して疑問を口にする。


「まったく、こういう時の為の誓願せいがんだろうが」


異界いかい一竿風月いっかんふうげつ

 十兵衛じゅうべえが手にしていた白刀を地面に突き立てた。


 すると…周囲の景色が一変、一瞬にして真っ白な世界に飛ばされた。


 白い大地。白い景色が一面に拡がっている。

 そして、空には無数の白銀の刀が星空のように明滅めいめつしていた。


 緑に覆われていた景色が嘘のように消え去っていた。この真っ白な世界には真依まいと中年男性、十兵衛じゅうべえ以外に存在するはいなかった。


天草家あまくさけ干渉力ちからは空間をつかさどる。ここは完全に現世うつしよから切り離された。お前らに逃げ場はない」


「おっさんの信用を得るために誓願せいがんを立ててやるよ。フルネームを答えろ」


石井いしいひろし

 中年男性は、すんなりと自分の名前を告げた。


石井いしいひろし竹取たけとり真依まいを戦闘不能にした場合は逃がしてやる。逆に負け場合は俺の質問に答えてもらう。また、勝負が決するまで天草あまくさ十兵衛じゅうべえの手出しを禁ず。誓願せいがん破棄の代償は死とする」


 十兵衛じゅうべえの手に白いくいのような物が2本出現した。それを一方を中年男性に投げ渡し自身の胸にくいを打ち込んだ。


「わかった。その条件なら飲もう。負け時点で」

 そう言うと中年男性は渡されたくいを自身の胸に打つ。すると、杭は光の粒子となって中年男性を包み込んだ。


「ねぇねぇ。十兵衛じゅうべえくん、その約束に私の承諾はいらないの?」


竹取たけとり誓願せいがんはかけてないから必要ない。ただ、あのおっさんは死に物狂いで攻撃してくるぜ、なんせ竹取たけとりを倒さないと死ぬんだからな」



 十兵衛じゅうべえがそう言い終わる前に、中年男性は雄叫びをあげた。


 「グォォォォ!!」

 中年男性の体毛がみるみる伸び、狼人間ワーウルフへと変態へんたいした 。


「さぁ、竹取たけとり。お前の干渉力ちからを見せてくれ」

 十兵衛じゅうべえは宙に浮かび、ニヒルな笑みを浮かべ見下ろしていた。


「まったく、なんなのよ。まださっきのもやしだった頃の方がよっほど常識人だったじゃないの」

 くろが文句を言うが状況が変わるわけでもなく、狼人間ワーウルフが飛び掛かってきた。


 「真依まい、来るわよ」

 くろの言葉に真依まいは臨戦態勢をとる。

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