29話 狼人間

 水姫みずき姫乃ひめのは、担当する西の方角へと向かう。


「ちっ、何でよりによってこのドキュン女と一緒なんだよ」


 水姫みずき姫乃ひめのに聞こえるようわざと悪態をつく。


「アンタさっきから何なの!私には篤島あつしま 姫乃ひめのって名前があるのよ。それと、白髪のアンタに髪のことだけは言われたくないわね」


「姫なんて似合わない名前をしやがって」


「アンタの名前にだってひめが入ってるじゃない。男のアンタの方がよっぽど似合わないわよ!」


「なんだよ俺の名前知ってんじゃねぇか」


「うるさい。郡山家こおりやまけのボンボンを知らない方がおかしいわよ」


 郡山家こおりやまけは、過去に水姫みずきの父である海斗かいとが分家を切り離し、勢力こそ衰えたものの御三家の称号は未だ剥奪されていない。理由はみずちが持つ干渉力ちからと当代最強と言われていた海斗かいとの存在が大きいからである。


「それより、そろそろヤツらとかち合うわよ」


 姫乃ひめのは、水姫みずきにスマホの画面を見せる。そこには、対象の正確な位置情報が記載されていた。


「結界で割り出した位置情報とアプリを連動させているのか?すげぇな、いくらなんでも万能すぎるだろ」


「本部周辺の結界は護りというよりは、探知に特化してるから、いくら位置が分かっても対処できなきゃ意味ないわ」


「それもそうだ。ところで、今更なんだけど奴らの目的ってなんだ?」


「さっき相模さがみさんが言ってたじゃない、国家転覆よ」


「転覆してどうすんだよ、獣聖会が代わりに日本を統治するってのか?」


「そんな生易しいものじゃないわよ。アイツらの目的は人類を野生に還すことよ」


「なんだよそれ」

 水姫みずきが鼻で笑うが、姫乃ひめのの表情は至って真剣だ。


獣聖会じゅうせいかいの厄介なところは、一般人や動物に干渉力かんしょうりょくを与えれることにあるの。教祖は犬を魔狼ワーグに、人間を狼人間ワーウルフに変えることができる。干渉者かんしょうしゃの中でも干渉力かんしょうりょくを伝染させれる人なんてそうはいないわ」


「厄介な能力だな…人手不足の本部を物量で攻め落とす気か。機関も自衛隊に干渉具かんしょうぐを持たせればいいのに…多少の戦力にはなるだろうに」


境界保全機関きょうかいほぜんきかんは本来、非公式の組織だから表立って人を集めれないのよ」


「人員が少ないなら、あんな高層ビルなんていらないだろ」


「確かにね。でも、お陰で私は広い職員寮しょくいんりょうに住めてるからいいんだけど」


「…っと」

 敵の気配を察知した水姫みずきは更なる敵の情報を得る為に指笛を鳴らした。


蒼天そうてん制覇せいは

 その瞬間に大気が震える。


 水姫みずきは大気中の水分を周囲に張り巡らせ、大まかな地形情報、生物の輪郭を型どり探知した。


「人型が3人、犬みたいな奴が20匹ぐらいか…距離は100mを切っている。結構数が多いな。俺たちだけで大丈夫か?」


「何とかするしかないでしょ」


「とりあえずお前の干渉力かんしょうりょくを教えてくれ、連携もなにもあったもんじゃない」


「仕方ないわね。仕留めるついでに私の干渉力ちからも見せたげる」


 姫乃ひめのは、自身のピンク色の髪を数本抜き人差し指に巻き付ける。そのまま指鉄砲を作り構えた。


 次の瞬間、巻き付けた髪があわいピンク色に発光し徐々にその輝きが強くなる。


「いくわよ」

“レーザービーム”

 彼女の指先から数発の光線が放たれる。

 光線は着弾点を中心に爆炎を起こし拡散した。


 獣の悲鳴と肉が焼ける独特の臭いが森の中に漂う。


「すっげ…なんて攻撃範囲だよ」

 想像以上の威力に水姫みずきは感心の声を漏らす。


 しかし、爆炎を逃れた魔狼ワーグ水姫みずきたちの前に姿を現した。一見、狼のような見た目をしているが、異常に発達した顎、棘のように突き出ている体毛、2,3メートルはある体躯。それらが、水姫みずき姫乃ひめのを取り囲むように襲いかかってきた。


蒼双刀そうそうとう二天にてん

 水姫みずきは声を発し水の双刀を精製する。


 勢い良く飛び掛かってきた2匹の魔狼ワーグの攻撃を、避わしざまに斬激を浴びせる。


 魔狼ワーグは、一瞬、ひるむが傷が浅かったのか再び体勢を立て直す。


「コイツらタフだな」

 水姫みずきは双剣を構え迎撃態勢をとる。


「もうっ!私、接近戦は苦手なのに」

 姫乃ひめのはそう言いながら、髪を数本抜いて宙に流した。流れた髪が光を放ち収束する。


“ビームセイバー”

 収束した光は細長くなり、ピンク色の光剣と化した。


 彼女は光のつるぎを持ち雑に振り回す。

 魔狼ワーグは、光の剣を恐れてか後方へと 後退る。


「剣の扱いがなっちゃいない。このままじゃ、いずれやられるぞ」


 水姫みずきの言葉通り、魔狼ワーグが隙をついて姫乃ひめのの懐へ潜り込んだ。


「止まれ!!」

 水姫みずき語気ごきを強め言葉を発した。


蒼天そうてん凪伏なぎふし

 水姫みずきが発した音により、魔狼ワーグたち体内の水の分子にくさびが打ち込まれた。それを隷属することで、魔狼ワーグたちの動きに制限が掛かる。


 魔狼ワーグたちの動きが一瞬止まった。

 すかさず姫乃ひめのが光剣で切りつける。切られた魔狼ワーグたちは発火し跡形もなく燃え尽きた。


「お前の干渉力かんしょうりょくって独特だよな…相伝そうでんってよりは、趣味をこじらせて発現させた感じがする」


「うっさいわね、別にいいじゃないの。私はス◯ー・ウォーズが好きなの!文句ある?」


「いや…文句はねぇけど…」

「それより人型はどこに潜んでるんだ?目の前には魔狼ワーグしかいないぜ」


「アプリで確認してみる」

 姫乃ひめのがスマホを取り出そうとした瞬間、彼女の背後に黒い影が現れた。


「危ない!」

 水姫みずきが声を挙げるが間に合わず、黒い影が腕で薙ぎ払い、姫乃ひめの勢いよく弾き飛ばされた。


 同時に水姫みずきの背後にも黒い影が迫っている。それを察知した水姫みずきは咄嗟に振り向き双刀でガードする。


 しかし、黒い影の薙ぎ払いで双刀が砕け散り、水姫みずきも同様に吹き飛ばされる。


 幸いにも水姫みずき姫乃ひめのは同じ位置に吹き飛ばされていた。


「いったー。なんなのよ…まったく」

 姫乃ひめのの怪我は軽い擦り傷程度で済んでいた。攻撃を受ける瞬間に、咄嗟とっさ水姫みずきが、水のクッションを間に割り込ませていたのだ。


 水姫みずきも、すぐさま起き上がり黒い影を見据える。シルエットは人であったが、その体は獣のような体毛に覆われていた。


「お前ら一体何なんだよ!」

 目の前の狼人間ワーウルフ水姫みずきの問いかけには答えず、低い唸り声を上げてる。


 姫乃ひめの光剣ビームセイバーを再び構えると敵の動きが止まった。姫乃ひめの剣の腕を差し引いても、一撃必殺の威力を持つ剣は怖いようだ。


「ピンク頭。奥の手があるなら出し惜しみしなくていいぞ」


「ないわよ。あんたこそ、さっさとみずちを呼び出しなさいよ」


みずちの事まで知っているのか…でも、みずちを顕現させたらお前もただじゃすまないぞ」


「じゃあこういうのはどうかしら?」

 敵に聞こえないように、水姫みずき姫乃ひめのが耳打ちをする。


「面白そうだ。それに賭けるしかないな」


 作戦を立てていると、獣たちが一斉に飛び掛かってきた。


 水姫みずきは姫乃からを受け取り両手を叩く。その手から水が溢れ出し、 それを周囲にばらまく。


蒼影そうえい群青ぐんじょう

 散布さんぷされた水は拡張し形を成し、水姫みずきと瓜二つの分身をいくつも作り上げる。


 魔狼ワーグ水姫みずきの分身に食らい付く。


「今よ」

“ホログラム・ボム”


「名付けて『合体技・群青ピンク』ね」

 青だかピンクだか分からない技名を姫乃が叫ぶとと共に、食らい付かれた水姫みずき分身が爆発した。


 その爆風に呑まれ、噛み付いた魔狼ワーグが消し飛んだ。


 水姫みずきが作り出した水の分身に姫乃ひめのの髪の毛を混ぜ込み、魔狼ワーグが食らい付いたところで爆発させたのだ。


 しかし、その隙に2人の狼人間ワーウルフが背後から攻撃を仕掛けていた。


「ヤバい!」


蒼刀そうとう村雨むらさめ

 水の刀で、水姫みずきが一方の攻撃を受け止め、金属を弾くような音が鳴り響く。


 もう一方の狼人間ワーウルフは反応が遅れてる姫乃ひめのに襲いかかる。


 水姫みずきは攻撃を受けた際に、発生した金属音で次善の手を打つ。


みずち部分解放ふぶんかいほう龍尾りゅうび


 次の瞬間、水姫みずきのお尻から白い龍の尾が生え、姫乃ひめの狼人間ワーウルフの攻撃を受けるよりも先に、狼人間ワーウルフの胴体を龍の尻尾しっぽが貫いた。


 狼人間ワーウルフは遠吠えを上げ、事切れる。直後、村雨むらさめ鍔迫つばぜり合いをしていた狼人間ワーウルフ干渉力かんしょうりょくが一気に跳ね上がった。


 そのまま、水姫みずきは押し負け弾き飛ばされる。


「やめろ!」

 姫乃ひめのは、水姫みずきに追い討ちをかけようとする狼人間ワーウルフを止めようと、全ての髪をピンク色に発光させた。


「やめろ!姫乃ひめの

 狼人間ワーウルフの体格は一回りは大きくなっていた。姫乃ひめのとの圧倒的な干渉力かんしょうりょくの差を察知した水姫みずき姫乃ひめのを声で制す。


「大丈夫よ」

 姫乃ひめのは自信満々の笑みをたたえてピンク色に光る髪の毛を伸ばし、狼人間ワーウルフへと巻き付けた。


 狼人間ワーウルフはそれを振りほどこうと必死にもがく。


「おい、まさか自爆する気か!」

 水姫みずきは吹き飛ばされた衝撃とみずちを少し解放した反動で体が思うように動かせないでいた。


「やめろー!!」

 水姫みずきの叫びもむなしく、姫乃ひめ狼人間ワーウルフは激しい爆炎に包まれた。


「くそっ!また間に合わなかった。いつも俺は手遅れになる。こんなことならみずちを完全解放すべきだった」

 水姫みずきは、A樹海で仲間が襲われた映像が、フラッシュバックし地面に膝を折る。


 そんな中、爆炎の中から嫌味ったらしい声が水姫みずきの耳に届く。


「あんたって、意外と女々めめしいのね。自分の力で死ぬなんてバカなことはしないわよ」


「お前…生きていたのか?」

 姫乃ひめのは燃え盛る炎の中で、事も無げに立っていた。だが、頭には何故かスカーフが巻かれていた。


「その頭…」


「うっさいわね。この技は自分が巻き込まれないように、周囲に同等のエネルギーをぶつけて相殺そうさいする必要があんのよ。…だから髪の毛をほとんど無くなんのよ」


「数日もすれば元に戻るから、髪のことには触れないでね。なんか言ったら殺すから」


 「わかったよ…。無事で良かった。…そういえば、あと一人、人型がいるはずだ。さっきは感知で捉える事ができたけど…」


 水姫みずきが再び、辺りを探知するが、アプリにも敵の位置は標されていなかった。

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