33話 新婚生活(仮)

 金毛九尾討伐から2年ばやし月日が流れた。

 19歳を迎えた花守はなもり かなめは鼻歌混じりで夕げの支度をしていた。


 かなめは黄色の向日葵柄ひまわりがらのエプロンの紐を締め、“よし”と自身の両頬を叩き気合いを入れる。


 信也しんやの外出恐怖症は2年の月日を経てもなお完治しておらず、自室に引きこもる信也しんやかなめが甲斐甲斐しく世話を焼いた。


 A樹海の話を持ち出すと信也しんやのトラウマがよみがえることもあり、かなめはあの場所に信也しんやが居た理由を聞き出せずにいた。


 献身的に信也しんやの身の回りの世話をするかなめに対して徐々に心を許すようになってきた信也しんやであったが、それでも彼が部屋から出るまでには至っていない。


 なぜかなめ信也しんやの家で晩御飯を作っているのかって?

 …それは、信也しんや新妻にいづまになったから…いやこれはあくまでかなめの脳内での妄想であり、書類上で公的な手続きをした訳ではない。


 2年前、信也しんや真依まい水姫みずきの3名は夏休みが明けてすぐ高校を中退した。


 寝耳に水であったかなめ真依まいの自宅を訪ねたが、親御さんから「あの子は出ていった…」とだけ告げられただけで、それ以上の事はわからなかったのだ。


 かなめはクラスの担任である藁科わらしなに無理を承知で信也しんやたちの事情を聞いたが、個人情報の取り扱いが厳しい昨今 、かなめの頼みが聞き入れられる訳もなく、藁科わらしなからは「失恋の傷は時間が解決してくれる」という訳の分からない回答が得られただけであった。


 かなめ信也しんやの自宅をクラスメイトから聞き出し、その日から毎日信也しんやの家に通うようになった。


 当初は居留守を使われてたが…毎日通い食事などを差し入れているうちに、籍をいれるまでに至る…いや、かなめがそう思い込んでしまうぐらいの関係までになった。


 かなめ真依まいに負けず劣らずの天然娘であり、男女が一つ屋根の下で暮らせば夫婦になるのだと本気で思い込んでいる。


 かなめはA樹海の一件で干渉力かんしょうりょくを発現させていたが、彼女自身は植物を育てる才能がある程度にしか思っていなく、野菜や果物は種がなくても一瞬で実らせることができる。…このことに対して彼女は何の疑問も抱いていない。

 天然とは末恐ろしい生き物なのである。


 かなめ干渉力かんしょうりょくにより食費はかなり抑えられていた。


 加えて毎月100万円の仕送りを父親から受けていた信也しんやは、何一つ不自由無くニート生活を送れている。


「仕上げにオリーブオイルをかけてっと…、完成!」

 メインディッシュのロールキャベツ、コンソメスープとライスをトレーに乗せ、かなめ信也しんやの部屋まで運び扉をノックした。

生司馬いくしま かなめです。夕食を持ってまいりました」


 返事は返ってこなかったがかなめは気にせずにゆっくりとドアを開ける。


 信也しんやの部屋の間取りは6畳程で味も素っ毛もない。

 ただ…窓を締め切っているのにも関わらず、部屋の中は異常なくらい清潔であった。空気は澄んでいて一片のホコリすら見当たらない。


「…そこに置いといてくれ」

 覇気の無い声で信也しんやは反応する。

 部屋の電灯は常に照らされていて信也しんやは何をするわけでもなく、付けっぱなしになっているテレビを眺めているだけであった。


 かなめ信也しんやに何があったのか知りたいがどうにも出来ないもどかしさを覚えていた。


 お金には困らないけど、このままの関係っていうわけにはいかないし…、とかなめは心の中で愚痴をこぼす。


信也しんやくん、髪伸びたね。私が切ってあげようか?」

 髪も伸び放題で爽やだった顔もボサボサの前髪で隠れている。


「ハサミが怖いから…いい」

 信也しんやは九尾に腹を貫かれてから刃物に対して恐怖心を抱くようになっていた。


 別にこのままでも可愛いからいいんだけど…とかなめは安易に考えているが、この先信也しんやのトラウマが克服される見込みもない。


「わかった。切ってほしくなったらいつでも言ってね」


 こんな日時が何ヶ月か続いたある日。

 かなめはいつものように夜飯の支度をしていた。

 …すると、突然、玄関の鍵が開き見慣れない黒服の男性が侵入してきた。


「きゃあ!?だれ?ドロボウ!?」

 かなめは突然現れた不審者に驚き警戒する。


 不審者は黒づくめの服を着ていて、目が隠れるぐらい深く黒い帽子を被っている。華奢きゃしゃな体つきで、窺える口元だけでイケメンだとかなめは思った。


「君は誰だい?」


「それはこちらのセリフです。私は生司馬いくしま かなめです」


「はて…?私にこんな可愛い隠し子がいたかな?」


「私にもこんな真っ黒な父親はいません。私は信也しんやくんの妻です」


信也しんやの奴、いつの間に婚姻を…」


「そんなことよりもあなたは誰?」

 普段怒らないかなめであったが、徐々に口調がキツくなる。


「これは申し遅れた。私の名前は生司馬いくま 大護だいご。いつも愚息ぐそくがお世話になってるね」


「ぐそくってなんですか?もしかして、信也しんやくんのお父様?」


「そうだよ。私は一応、信也しんやの父親だね。ところで信也しんやはいるかな?」


「お部屋にいますけど…今、話せるような状態じゃないですよ」


「おおよその話は朝水あさみから聞いている。心配いらないよ」

 大護だいごはそのまま2階に上がり信也しんやの部屋まで向かう。


 いまいち状況が飲み込めないかなめであったが、何も言わずに大護だいごの後に続いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る