20話 運命の歯車

 郡山こおりやま海斗かいと。21歳の春。


 海斗は産まれた子どもに水姫みずきと名付けた。一族と絶縁したにも関わらず掟に則り息子の名前に水に準ずる、いや水そのものを刻んだ。


 子どもには一族のしがらみなど気にせず生きてほしいと願いつつも水の名を刻んだ方が干渉力かんしょうりょくの恩恵も受けれるからと海斗の中で損得勘定が働いてしまった。


 海斗とアキ、息子の水姫はささやかながらも幸せな日々を送っていた。


 そんなある日、郡山家から一通の手紙が届く。


 文面には海斗を正式な当主として迎えアキを正妻に据えるとの旨が記載されていた。


 その為の、成人の義と挙式を郡山家で盛大に執り行いたいとの事。


 アキは家族が仲直りするチャンスなんだからと喜んでいるが、海斗は何となく嫌な予感がしていた。


 ただ、海斗自身もどこかで父である瀑両ばくりょうとけじめを付ける必要があると考えていた為、海斗とアキは生まれたばかりの水姫を抱え指定された日時に郡山家へと向かっていた。


 郡山家総本山の参道を海斗たちは休憩を挟みつつ登っていた。


「カイト、凄いね。いつもこんな険しい山道を登り降りしてたなんて」

 アキは水姫を抱えながら感心していた。


 海斗はアキに干渉力については話していない。


 郡山家に嫁ぐのであればいずれは話さなければならないことだが一般人に干渉力の説明をして理解させるにはハードルが高いため先送りにしていた。


「山登りがきついんならおんぶでもしてやうろか?そしたらアキの体も触り放題だからな」


「もうカイトったら。お父さんになったんだから少しは自重なさい。教育上よくないよ」


「これでも自重してる方なんだけどな」

 アキは海斗と結婚してから性格が丸くなった。二人が喧嘩することも殆ど無いくらいだ。


 そんなやり取りをしながらも参道を進んでいると、海斗かいとを察知した。


「アキ止まれ」

 海斗かいとは小声でアキを制す。


 アキも海斗かいとのただならぬ様子を察して、指示に従う。


「おい!そこの3人それで隠れているつもりか」


 海斗かいとが声を上げると、黒子のような格好の3人組が姿を現した。その手には鈍く光る小太刀が握られている。


「よく分かりましたね。さすがは郡山家こおりやまけの御当主様だ」


「お前ら馬鹿だろ。干渉力かんしょうりょくが駄々漏れなんだよ」


「なに!この人たち」

 アキは怯えながら水姫みずきを守るように抱き締めた。


「アキ大丈夫だよ!俺が付いてる」

 海斗かいとは優しくアキを宥め、会話を続ける。


「お前ら父上の手の者か?」


 3人組は海斗かいとの質問に答える代わりに、突如、手にしていた小太刀で切りかかってきた。


 刺客は正面、左右に展開し、同時に刃を振るう。


 海斗かいとは微動だにせず三本の刃を受ける。しかし、刃が彼の体を切り裂くことはなかった。


 全ての小太刀の刀身は折れ、折れた刃が頭上へと跳ね上がる。刺客たちは海斗かいとに刃が通らなかったことに驚き、たじろぐ。


 海斗かいとはその隙をつき、一瞬で刺客たちの溝尾みぞおちに拳を見舞う。


 勢いよく吹き飛ばされた刺客たちは木々に激突した。

「動きは鋭いし連携も悪くないんだが…相手が悪かったな。俺は最強なんだよ」


 海斗かいとは余裕の笑みを浮かべ刺客たちを見据える。


 海斗かいと干渉力かんしょうりょくは体内の水分操作。それにより肉体の強度、瞬発力、膂力りょりょくといった全ての身体機能を底上げている。徹甲弾でも彼の体は貫けない。


 アキは状況が飲み込めず困惑していた。


 刺客は1人だけ意識があり呻き声を上げていた。海斗かいと はそいつの胸ぐらを掴み片手で持ち上げる。


「もう一度聞く。父上の指示か」


「そうだ」

 刺客が答えると、そいつの顔を覆っていたお面が地面に落ちた。


 驚く事にそこには、海斗かいとのよく知る旧友の顔があった。


「お前は…、逢海おうみ!」


「オウミくん…」

 海斗かいととアキは驚きのあまり言葉が続かなかった。


「久しぶりだねアキ、海斗かいと。2人ともどうしてって顔をしているね」


「嬉しいよ。海斗かいとの困惑する顔が見れて」

 目の前の旧友は、海斗かいとたちには今まで見せたことのないようなよこしまな笑みを浮かべていた。


「どうしてお前が…、村から出て行ったって」

 海斗かいとは想定外の事態でパニックに陥る。


「そうだね、理由を知らないのも可哀想だから、説明してあげるよ」


「僕は中学を卒業してすぐに、母さんが亡くなったんだよ。しかも病に伏した死に際にとんでもない事実を明かされた」


「母さんは僕の実の母親ではなかったんだよ。郡山家こおりやまけからお金を貰って僕を引き取ったらしい」


郡山家こおりやまけってどういうことだよ?」


「僕の本名は郡山こおりやま逢海おうみ郡山こおりやま 瀑両ばくりょうの息子であり、郡山こおりやま 海斗かいとの双子の弟だったんだよ」


「まさか何気なく仲良くしていた相手が、自分を捨てた家の実の兄だったなんて…とんだ笑い話しだよ」


 一族という枠組みにこだわる御三家は、双子は跡目争いの種にもなり、集約される干渉力かんしょうりょくが2人分散されるから、不吉の象徴とされていた。


「でも別に僕はそんな事を恨んじゃいないし、始めはそんな話を信じてなかった」


「でも…母さんが亡くなってから、僕は隣町の工場で勤めだした。そこで酷いイジメに合ってね。ある日、とうとう我慢の限界がきて、気がついたら僕はいじめていた上司、同僚を病院送りにしていた」


「その時、自分の中に眠っていた干渉力ちからに気付いたのさ。幸いにも警察沙汰にはならなかったけど工場は辞めざるを得なかった」


「途方に暮れていた僕にある名案が浮かんだ。自分が本当に郡山家こおりやまけの人間なのかを確かめに行き、もしも海斗かいとが当主になってたら、真相を話せば、憐れな僕にお金でも恵んでくれるかなと思って」


「ところが、郡山家こおりやまけに行ったら、海斗かいとは当主の座を蹴ってアキと駆け落ちしたって言われてね」


「そして、僕を棄てた父は僕が郡山家こおりやまけの人間であることを認めた。本来、双子の片割れは殺すらしいんだけど、あんな父でも情があったみたいだね」


「別に僕は父の事を恨んでないし、母との生活はそれなりに幸せだった」


「今、僕が恨んでいるのは海斗かいと、キミだけだよ」


 唐突に明かされた、親友の過去に海斗かいとの頭は混乱していた。


「いったい何で…どうしてだよ!俺たち親友だし、父上の言うことが本当なら血を分けた兄弟だろ?」


「そうだよ。キミは僕が欲しいものを全て手に入れていた。僕が産まれながらに奪われた当主の座を呆気なく蹴って、挙げ句のはてにアキまで奪った!」


「まさかお前もアキの事か…」


「そもそも僕の片想いだったし、アキが海斗かいとの事を好きなのは気付いていた。キミがアキの事を好きなのもね。だから無理に関係をこじらせるような事はしなかった」


「ただね、これだとあんまりも自分が惨めで…僕の怒りは、不満はどこにぶつければいいんだ!」


 逢海おうみは、これまで溜め込んだものを吐き出すかのように言葉が止まらない。アキも怯えて何も言えずにいた。


「怒りに震えていた僕に、父上がある提案をして下さった」


「提案?」


郡山こおりやま 海斗かいとを暗殺し、その子どもを奪えば当主にしてやるとね」


「父上が俺の暗殺を…」

 海斗かいとは驚きのあまり言葉が続かなかった。


「カイトは確かに強い、でも頭は弱いんだね。僕たちが干渉力かんしょうりょくを微塵も隠してなかったのは、もう一人の刺客を潜ませる為だよ」


「うっ…」

 逢海おうみが告げた瞬間、アキから途切れるような声が漏れ聞こえる。


 慌てて振り向く海斗かいとであったが、時既に遅くアキの背中に刃が突き立てられていた。

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