19話 しがらみ

 郡山こおりやま海斗かいと。19歳、秋。


 海斗は郡山家の当主としての一方で、一族には内密にアキとの関係を続けていた。


 海斗が内密にしている理由はアキとの交際を父に打ち明けても反対される可能性があったからである。


もし、正妻として認められなければ一族を捨てアキと添い遂げる覚悟が海斗にはできていた。


 海斗はそれ程にアキを愛していたのだ。


 郡山家は排他的な一族で山から降りて村に出ることも殆どなく、年に一度の豊饒祭ほうじょうさいを執り行う時ぐらいしか村人との交流もなかった為、二人の関係がバレる事はまずなかった。


 そんなある日、二人に転機が訪れる。


 アキは高校卒業後、地元の定食屋で働いていた。

 海斗は一人暮らしを始めたアキのところに入り浸るようになり、この日も実家を抜け出しアキの家でくつろいでいた。


 四畳半の和室に台所と風呂、トイレが付いている築80年の木造アパートだが実家よりよほど居心地の良さを感じている海斗。


 海斗からすればアキと一緒に過ごせるなら場所なんて関係ないのだ。


 アキはとにかく気が強い。てきぱき家事もこなしい仕事と両立させている。


 がさつな海斗は小言を言われる事が多く揉めることが多かったが、何だかんだ言って相性が良いのか二人の関係は続いている。


 そんなある日、いつもせわしなく動いているアキであったが、今日は普段とは違う意味で落ち着かない。


 そんな様子に気付いていた海斗であったが敢えて尋ねることはしなかった。


 夕食後、食器を洗い終えたアキはテレビを見ながら寝そべっていた海斗の前に正座する。その顔に深刻の二文字が浮かんでいた。


 アキは何かあるとそれが態度に出る為、海斗も薄々なにか大事な話があるのだと察していた。


 海斗がテレビの電源を切ると二人の間に沈黙が流れる。海斗はとくに急かす事もせずアキからの言葉を待った。


 ようやく決心がついたのかアキが話を切り出す。

「カイト。相談があるの」


「どうしたんだよ…改まって」


「……………」


「なにか…あったのか?」


「できたみたい」


「何が?」


「赤ちゃん」


「ホントか!やったじゃん。よし決めた!アキ、結婚しよう」

 海斗は喜びのあまりアキをお姫様抱っこで抱き抱え部屋中を飛び跳ねながら舞った。


 するとアキが突然泣きじゃくりだした。


「わりい、つい嬉しくて…どっか痛めたか?」


「ううん違うの。…カイトの家は名家だし当主になるんでしょ?私なんかじゃ釣り合わないよ…」


「大丈夫だって!父さんを説得するよ。もしもダメなら当主なんて蹴って俺がアキの家に婿養子に入るよ」


「ホント!嬉しい」


 海斗とアキは互いのしがらみを忘れ二人で結婚の前祝いをした。


 翌日、海斗は実家へ戻り父の元へ結婚の報告に赴く。


 海斗の父である郡山こおりやま瀑両ばくりょうは厳格な人柄で知られており何よりも秩序を重んじる。


 海斗はそんな瀑両に反発することが多く、親子としての関係性はあまり良好とは言えなかった。


 海斗が瀑両の元に訪れると、瀑両は神社の裏手にある先祖の墓石の前で瞑想していた。


 瀑両は海斗の気配を察知して振り向きもせずに声を発す。


「何か用か海斗。最近、修行を怠けとるみたいじゃないか。そろそろ成人の義も近いというのに」

 瀑両は瞑想を終え海斗の方へ振り向く。


 歴史を感じるその表情は険しく、太い眉毛を歪ませていた。


 貫禄のある出で立ち。これまで一族を背負って時には己を押し殺し非常な決断を下してきた。


 その胸の内を図り知る事など到底できない。


「父上お言葉ですが、これ以上修行することなんてないですよ。俺、強いですし。父上にご相談があります。今まで内密にしてたのですが…私、真剣に交際をしている人物がいまして正妻としてめとりたいのですが…」


「なんだと!」

 瀑両の表情が一層、険しくなる。


「その者の名は?」


「西川アキです」


「駄目だ。どこの馬の骨とも知れぬ奴に郡山の血筋は汚させん」


「ですが…既に子を宿しておりまして」


「このたわけが!」

 瀑両の怒声が境内けいだいに響き渡る。


「貴様というやつは。ここまで当主としての自覚が無かったとは!」

 海斗の父親は怒りのあまり海斗の胸ぐらを掴む。


「こうなっては致し方無い。その娘を側妻そばめとするなら認めてやろう。体裁を保つ為、正妻はこちらで用意する」


「はっ?ふざけんな!俺の妻はアキだけだ!」

 今まで、父に面と向かって反抗したことなかった海斗であったが、積り積もった不満もありつい言葉が過ぎてしまう。


 瀑両も今まで見たことのない、形相ぎょうそうで怒った。

「貴様の言葉は郡山家を御三家まで成り上がらせたご先祖様を侮辱するものだ。貴様のせいで日の目も見れず苦労を強いられている者の気持ちを少しは考えたことがあるのか!」


「俺はそんなこと頼んでないし好きで当主になった訳でもない。そんなに苦労が耐えないならこんな一族、解体したほうが皆幸せになるんじゃないのか?」


「もうよい!しばらく寺から出て頭を冷やせ。成人の義も当面は見送りとする」


「勝手にしろ、俺はこのまま家を出ていく。代わりの当主を見つけるなり好きにしろ」


 海斗かいとは勢いのまま実家を飛び出し、アキの家で暮らすようになった。

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