16話 金毛九尾

 蟒蛇うわばみかなめと別れた信也しんやは、干渉力かんしょうりょくが爆ぜた位置まで辿り着いていた。


「みつけた!」

 薄暗い樹海の中に真依まいがうつ伏せに倒れている。


「真依、大丈夫か!」


「この子は大丈夫よ。干渉力を使いすぎて気絶してるだけ」

 真依の体から、くろがぬっと顔をだして答える。


「うぉ!なんだくろか、脅かすなよ」


 かなりシュールな絵面えづらだが、今はそんなことを気にしている場合じゃないと信也しんやはかぶりをふる。


「とにかく無事でよかった。それにしても何があったんだ?なんだか真依の髪が短くなってるし…この穴はなんだよ…」


 真依の目の前の地面には巨大な穴が空いており、その周囲は黒く焦げ付いている。


 事態が飲み込めていない信也に対して、くろが逃げるよう促す。


「まいが九尾を倒したのよ。詳しく説明してあげたいけど、早くここを離れた方がいいわ…何だか嫌な予感がする」


「マジかよ。オレも一度、なまの九尾ってヤツを見ておきたかったが…」


「バカ言ってないでさっさと逃げるわよ」


 くろにかされながら信也は真依を担ぎ上げる。


「逃がさぬ」

 そこへ、体の芯に響くような低くくぐもった女の声が響く。


 信也は驚きながらも、声のする方へ振り向く。

 その先には白装束で黄金色の髪をした女が、明らかなる敵意を持って信也たちを睨みつけていた。


 狐らしき耳が生えておりふさふさとした尾が八本見える。


「なぁ…くろ。九尾って尾は九本じゃないのか?」


「真依を襲ったときは一本だったわよ 」


「なら、こいつが本体か?」


 信也の疑問に答えたのは意外にも九尾自身であった。


今日こんにちは豊作じゃったから。体をここのつに裂いて餌を探してたまでよ」


「真依が尻尾一本分を削ったってことか?」


 信也は九尾を警戒しつつ、くろと小声で逃げる算段をつける。


「くろ、真依の体を動かせるか?オレが引き付けるから、真依を逃がしてくれ」


「そうしたいとこだけど無理ね。守護霊になった私は真依の干渉力から力を捻出しているの。残念だけど、まいの干渉力はスッカラカンだからどうしようもないわね」


「何をだべっておる、わらわも混ぜてくれぬか」

 気が付くと九尾が信也たちの真横に立っていた。


「うぉ!」

 それに驚いた信也は咄嗟とっさに真依を地面に放り投げ、そのまま九尾に

 殴りかかる。


 拳が九尾を捉えるより速く九尾の腕は真也を払い飛ばした。


 信也の体は宙に浮き、木々を薙ぎ倒しながら飛ばされる。


 辺りに土煙が舞い上がり視界が遮られる。


「クソッ!何とかガードしたが…防いだ右腕が思うように動かない」


 信也しんやの右腕は腫れており、徐々に今まで味わったことのない刺激が襲ってきた。


「ぐあぁ」


 初めて感じる“痛み”というものに信也の表情は苦痛に歪む。


「落ち着けオレ…このままだと真依がヤバい。だいぶ距離を離されちまった」


 痛みを堪える信也。


 土煙が晴れると数十メートル先では九尾が真依の頭に手を伸ばしていた。


「駄目だ間に合わない。今のオレじゃあ、ここから攻撃するすべがない」


 信也の脳裏に海斗かいととのやり取りが甦る。


「いいか、小童こわっぱ干渉力かんしょうりょくを扱う上で一番重要なのは正確なイメージじゃ。特にお主の干渉力はイメージの影響が顕著けんちょにでる」


「せっかく汎用性の高い干渉力を宿しているのに、肝心のお主のイメージが乏しいから宝の持ち腐れじゃわい」


「そんなこと言われても、こんなとんでも能力を数日で上手く扱えるようになるのは無理があるだろ。それに、イメージが乏しいのは昔っからなんだよ」


 九尾の手が真依に届くまでに、信也にある名案が浮かぶ。


 ミズキの干渉力ならこの身で体験しているからイメージしやすい。


 信也は必死に水の粒のイメージを左手に集中させる。


 すると、信也のイメージに呼応するように白いもやの粒がいくつ浮かび上がる。


「食らえ!」

“オレ流・飛沫しぶき


 信也しんやのイメージするままに白い靄の粒が九尾目掛け勢いよく放たれた。


 九尾は信也の攻撃を察知して飛び退いてかわす。


 その隙に信也は急いで真依の元へと駆け寄る。


「おい、九尾!ここに倒れている女より、オレのが美味いぜ!」


 気絶している真依が狙われている限り、信也の戦い方がかなり制限される。


 九尾もそれを見透かしてか怒気の籠った笑みを浮かべる。

「くくく…挑発するにしてももっとマシな文句はないのかのう」


「くっ…」


「ただ、その娘子がいなければわらわと渡り合えると思おとるのは腹立たしいことじゃ。ならば、そんな目論見もくろみが無意味と思えるほどの絶望を味あわせてやろうぞ」



「結局挑発に乗ってんじゃねぇか」

 信也は最強の自分をイメージすると、両手から出る白いもやが全身へ行き渡る。


 そして、そのまま九尾へと突っ込んだ。


 しかし、信也の体は不自然に止まる。腹部に違和感を感じそれ以上は前に進むことはできなかった。


「ぐっ…」

 九尾の尻尾が信也の腹部を容赦なく貫いていた。


「だから言ったであろう。うぬの目論見もくろみなど無意味だと」


 九尾との次元レベルの差があまりにも大きく干渉力の鎧なんてまるで意味をなしてない。


 信也の体は徐々に脱力していく。


「オレは死ぬのか…」


「ぐぎゃああ」

 信也が死を覚悟したとき突如、九尾が白いもやに弾き飛ばされていく。


 貫かれ穴の空いた信也の腹から飛び出たものは、血液でも、はらわたでもはなく白いもやだけであった。


「オレの体はどうなってる。オレは人間なのか?」


 腹を貫かれた痛みと、訳のわからない自身の中身を見てパニックに陥いる信也。


「オレは何なんだ?」


 心が限界だと気付いた時には、信也の意識はブラックアウトしていた。

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