15話 孤立

 場面は少し遡る。

 水姫みずきの目の前で信也しんや真依まいが樹海の中へと消えていった。


「クソッ!俺のミスだ。やっぱり竹取たけとりさんは連れて来るべきじゃなかった。あの信也バカも、考え無しに樹海の中に飛び込みやがって!」


 水姫は自身の額を拳で軽く殴り、一旦、冷静になるよう努め、軽く深呼吸をしてから朝水あさみの方へと向き直る。

「朝水、当主を危険にさらすわけにはいかない。お前はここに残ってろ。間壁まかべさんは俺と来て下さい」


「朝水様。坊っちゃんに付き添っても宜しいでしょうか?」


「いいですよ、間壁さん。兄さんを頼みましたよ」


「かしこまりました」

 間壁は朝水へ一礼すると、樹海に突入する準備を整える。


「待ちたまえ。君たち2人だけでは危険だ。蟒蛇うわばみくんをチームに加えたまえ」

 そこへ、一部始終を見ていた辰五郎たつごろうが、蟒蛇を引き連れ水姫たちに話し掛ける。


「わかった。俺は誰と組んでも構ない」


「ワシも構わんで」


 水姫たちの承諾を得ると辰五郎は全体に、任務開始の合図を出す。

「全チームに次ぐ。標的を発見し次第、発煙筒をあげろ。無理はするな。準備が整ったチームから突入せよ!」


「オッサン、アンタの命令なんか無くても突入するぜ」


 水姫たちは合図を待たずして、既に樹海の中へと飛び込んでいた。


 水姫が想像していた以上に樹海の中は暗く、無音である。


 木々をかきわけ前へと進む水姫であったが、突入して僅か数秒で違和感を感じた。


「ん?」

 水姫が周りを見回すと、一緒に突入したはずの間壁と蟒蛇の姿が見当たらない。


「結界の能力か…。こうも簡単に分断されるとは…。蟒蛇は危ないかもしれないが、間壁さんなら1人でも大丈夫だろ。とにかく竹取さんを見つけるのが先決だ」


 水姫は口に指を咥え、指笛を鳴らした。


蒼天そうてん制覇せいは

 空気が震え、甲高い指笛の音が響き渡る。


「クソッ!結界の作用かほとんど感知できねえ」


 水姫は独り言を呟きながら次の手を考えていると、周囲に違和感を感じた。


「なんだ…?」

 風は止み。時が止まったとさえ感じられるほど辺りを静寂せいじゃくが包む。


 水姫は何かの気配を察し背後を振り向く。


 振り向いた数メートル先に、白装束の女性が立っている黄金こがね色の長い髪からは狐の耳が生えていた。


「九尾か…」

 水姫は一目見て討伐対象だと理解し、自然体で相手の出方を窺う。


 九尾の尻尾が1本しかないことを疑問に思う水姫。


 低くくぐもった女性の声で九尾は水姫に話し掛けてきた。

「ここにも上玉がおるわい。今日は祭ごとかえ?」


「祭といえば祭だな。ただ…、アンタを仕留める為のな!」


 水姫は自身の恐怖を相手に悟られないよう、軽口で返答し即効で攻撃を仕掛ける。


 水姫は両手を思いっきり地面に叩きつけた。


蒼槍そうそう竜起りゅうき

 九尾の足元から硬化された無数の水の槍が飛び出す。


 九尾は片腕を振り容易く水の槍を蹴散らす。


蒼弓そうきゅう竜牙りゅうが

 九尾の意識が水の槍に向いているうちに、水姫は特大の弓でげきを射る。


「これは信也に撃ち込んだものとは比べものにならない威力だぜ」


 先日、信也と闘った際、強気に出ていた水姫であったが、ある程度殺さないように気を遣っていたようだ。


 水姫の目論見通り檄は九尾の胸部を射ぬいた。しかし、貫通したそばから胸に空いたあなはすぐに塞がっていく。

「なんじゃ。うぬの力はそんなもんかえ」


 水姫が次の攻撃を繰り出す前に、九尾は水姫の目の前まで間合いを詰めていた。


そうと…」

 水姫は水の刀を形成しようとしたが九尾の左腕に弾き飛ばされ、次の瞬間、その体は宙を舞っていた。


 数十メートル吹き飛ばされた水姫は岩肌に激突した。


「ぐはっ!」

 衝突する際、咄嗟に岩にくさびを打ち込み衝撃を最小限に抑える。


 九尾は余裕の笑みを浮かべ、水姫の元へと歩み寄る。


「さすが4次元クラス…。瞬間火力の高い技で一時的でも4次元まで力を高めれば、勝機はあるか」


「うぉぉぉぉ!」

 水姫は声帯を振り絞り雄叫びをあげた。


「良いのう…その怯えた表情…たまらぬわ」


 九尾が艶やかな声を出し水姫の元へゆっくりと近付く。

「そろそろ喰ろうてやろう」

 九尾は卑しい笑みを浮かべ、尻尾を揺らす。


「さて喰われるのはどっちかな」

 余裕綽々よゆうしゃくしゃくな九尾は水姫の攻撃など大したことないと高を括っている。


 そこに、勝機を見出だした水姫が攻撃を仕掛ける。


蒼天そうてん降魔こうま

 九尾の頭上から、水で形成された竜のこうべが口を空け襲いかかる。


 先程の雄叫びで大気中の水分子にくさびを打ち込み、仕込んでいたのだ。


「そんなもの、当たらぬわ」

 さすがの九尾も危険を察知したのか、攻撃を避けようとする。


蒼鎖そうさ自戒じかい

 突如、水の鎖が九尾の足元から出現して、その足に巻き付き地面に繋ぎ止める。

「ぬっ!なんじゃ足が動かぬ」


「さっきの会話の最中に鎖を仕込んだんだよ。油断したな九尾」


「このようなもの…」

 九尾は鎖を引きちぎるが、間に合わず竜の頭部に喰われる。


 その衝撃で大地が揺れ、水しぶきが周囲の木々をえぐる。


「ふぅ…。何とか片付いたか」

 水姫は安堵のため息をつき地面に座り込む。


「ヴォォォォ!」

 一息ついたのもつかの間。九尾は先程の姿とは別の“化物”になっていた。


 身に付けていた白装束の服は破れ、数メートルはあろうかという妖狐ようこへと変貌していた。


「やっぱ無理だったか…」

 水姫は発煙筒を焚き目の前に放り投げる 。


おごったか。さっさと発煙筒を焚いとくべきだったな」

 水姫は死を覚悟し構えを解いた。


 そして、九尾はうなり声をあげながら水姫に飛びかかってきた。


 しかし、九尾の牙が水姫に届く前に周囲が一瞬、白くまたたき大地が揺れる。


「なんだ!?いったいどうなってる」


 九尾は突然苦しみだし苦悶の表情で顔を歪めている。

「グゥゥ…一本殺られた…許すまじ」


 そう言い残すと九尾は煙のように消え去った。


「なんだ…逃げたのか?」


 別の方角で膨大な干渉力かんしょうりょくが爆ぜた。


 この瞬間、真依まい無双夢想ドリームハイが九尾の分身体を仕留めた事など知る由もない水姫みずきは呆気に取られるばかりであった。


 理由は不明だが、とにかく助かったと水姫は安堵する。


 九尾の言葉から察するに自分の尾を媒介に九つに分裂したのだと水姫みずきは結論付けた。


「九分の一であれほどの干渉力を有しているのか…マジで化物だな」


「発煙筒を焚いたのにオッサンの奴こねぇじゃねえか」


 水姫は愚痴をこぼしながらも歩きだした。少し動くだけで体中に激痛が走り服もボロボロだ。

 先程の干渉力の暴発に微かに真依の気配を感じた。



 水姫は九尾を追い、干渉力が爆ぜた方角へと走り出した。

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