14話 蛇花

 信也しんやと別れた蟒蛇うわばみは結界の外へ逃げようと気絶したかなめを肩に抱え走っていた。


「あれ。私、気絶していた?」


「おっ!気いついたか」


 意識が戻った要は蟒蛇の強烈な糸目の顔を間近に見て驚く。


「ギャー!化け物~」



 蟒蛇は肩の上でジタバタと暴れる要を落とさないよう抱えながらも決して足は止めなかった。

「誰が化け物や。ワシは蟒蛇いうもんや」


「…あなたは確か生司馬いくしまくんといた…。あれ、そう言えば生司馬くんは?」


「ああ、あいつなら九尾のとこへ行ったで」


「きゅうび?」


「そうか、嬢ちゃんは一般人やったな。そういえば他にも一般人が結界内に取り込まれとるんやろ?」


「よく分からないけど、旅館に私のパパとママがいる。そしたらいきなり木に囲まれたの」


「わかった。そっちはワシがなんとかする。とりあえず嬢ちゃんを一旦テントまで避難させるから」


 蟒蛇は人を抱えているとは思えない速力で走りだす。


 要は蟒蛇の左肩から先が欠損し出血していることに気付く。


「蟒蛇さん、肩が…」


「このくらい心配いらんて。嬢ちゃんはボーイフレンドと家族の心配だけしとき」


「ボーイフレンドってそんな。私と生司馬くんは、まだそこまでいってないよ」


 声のトーンに変化は無いが蟒蛇の顔色は優れず、どんどん蒼白くなる。


「蟒蛇さん、せめて左肩の止血してからでも…」

 要がそう言い掛けた時、蟒蛇の左肩に突如草が巻き付く。


「うぉ!なんやこれ」

 蟒蛇は驚き、立ち止まって左肩を確認する。

「こいつは弟切草おとぎりそうか。まさか嬢ちゃん、干渉者やったんかい」


 巻き付いた弟切草により、蟒蛇の左肩の出血は治まり傷口も塞る。


「私にもわかんないよ。でも血は止まったみたい」


「この弟切草は干渉力で止血効果の底上げがされとるし、全て具現化されとるやないか」


 蟒蛇は一人で納得した表情を見せ、気を取り直し走り出した。


「取り敢えず助かった。今、ワシの蛇たちに周囲を探らせとる。テントか旅館が見付かるのも時間の問題や、ただ…この結界のせいで出口がようわからんわ」


 要は旅館の周囲に朝顔を生やしたのは自分かもしれないと薄々気付き始めていた。


「嬢ちゃん。ワシの蛇たちが旅館の方を先に見つけたみたいや。すぐ近くやから助けに行くで」


「うん、わかった。お願いします」


「うぉ!凄い数やな」


 朝顔とその蔦で覆われている旅館の周囲に文字通り黒い人集ひとだかりが出来ていた。


「さあ、みんな、行くで!」

 蟒蛇が合図をすると、何処からともなく蛇の大群が現れ、黒い人影は瞬く間に蛇に呑まれていった。


「すごい…」


「みたか。ワシの力!」


「うん、すごい!気持ち悪い」


「気持ち悪いとは何や。嬢ちゃんには蛇の素晴らしさがわからんのか。あのつぶらな瞳、規則正しく並んだ宝石のように輝くウロコ!今度、たっぷり教えたるわ」


「謹んでお断りさせていただきます…って、こんなことしてる場合じゃない。蟒蛇さん、旅館を覆っている蔦ってどうにかなりませんか?」


「どうにかって言われてもなぁ。ワシもそろそろ干渉力の限界や。むしろこれ…嬢ちゃんの干渉力やろ?」


「どういうことですか?」


「嬢ちゃん。あの蔦に触れてみ、そんで、蔦が還るのをイメージしてみいや」


「かえるって、意味がわからないんですけど…」


「そうか…なら枯れるとかでもええ。とにかく蔦が無くなるイメージをしてみ」


 要は半信半疑になりながらも、蔦が枯れるイメージをしながら、旅館を覆う蔦に触れる。


 すると、蔦は枯れ、朽ちて跡形も無くなった。


「うそ…」

 要はそれ以上言葉が続かなかった。


「しかし…嬢ちゃん凄いな。ここら辺は弟切草やら朝顔なんて群生しとらんで。零から植物を具現化させたんやろ…御三家もびっくりの干渉力やで」


「よく分かんないですけど急いで中に入りましょう」


 要は驚く蟒蛇を急かしながらも旅館の中へと入る。


 旅館のエントランスには要の父と母、数名の旅館のスタッフが集まってきた。


「要、無事だったの?」

 要の母親が駆け寄り要を抱きしめる。


「要。この方は?」

 父親が蟒蛇に気付き。いぶかしげに睨んでいる。


「この人は蟒蛇さん。私を助けてくれたの。怪しい人じゃないよ。いや、怪しいけど不審者じゃないよ」


「嬢ちゃん。そんな誤解を招くような紹介はやめてえや。ワシは蟒蛇いいます。嬢ちゃんに頼まれて助けに来ました」


 蟒蛇がそう言うと、旅館の女将もこちらに駆け寄ってきた。

「いきなりで申し込ございませんが、外には出られるんですか?突然、扉が開かなくなって、窓には蔦が覆われていて閉じ込められてたんです」


「いや、蔦は無うなったけど今は出らん方がええ。旅館の中にいるのが安全や」


「いったい何が起こってるんですか!」


「説明すると長くなるからな。大妖怪やら悪霊が出たっていうので納得してや」

 蟒蛇はそう言うと自身のジーンズのベルトを外しだした。


「蟒蛇さん何を?」


 蟒蛇はベルトを床に落とし、ポケットから釘を出した。そしてそのまま釘を持ち、外したベルトをすでで床に打ち付けた。

家守神やもりがみ青大将あおだいしょう


 不思議な事にベルトが煙のように消えた。


「しばらくは青大将が旅館を護ってくれる。この人数を無事に結界から出すんはまず無理や。ワシらは救助を待つしかない。後は頼んだで相模さがみのオッサン」


 そのまま、蟒蛇は地面に倒れ込んだ。

 慌てて要が駆け寄り様子をみる。気を失っているだけだと気付き要の口から安堵の溜め息が漏れる。


 異常事態のせいで、誰も蟒蛇の状態に気付いていなかった。


「この方、ひどい怪我ですね。誰か空き部屋で手当てをお願いします」

 女将の掛け声で何人かの男性スタッフが蟒蛇を担いでいった。


「電話も繋がらないので、私が助けを呼んできます」

 青年スタッフが旅館の外へと出ようとする。


 扉を開けたとこで、目の前には巨大な蛇が旅館を覆うように巻きつていた。

「ぎゃあああ」


 驚いた青年スタッフは慌ててドアを閉める。


「皆さん旅館からは出ないようにお願いします」

 この蛇は蟒蛇が出してくれたものだとすぐに気付いた要は、そう告げると蟒蛇の様子を見に奥の客間へと向かった。


 要の父親と母親は状況が飲み込めず、しばらくその場に立ち尽くしていた。

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